8章 試み
八章 試み
喜ぶ身近な人々、考え込む彼、安堵する少女。
それだけの出来事が今まさに起こっている。
母親は泣き止み、病室から姿を消す。
病室には幽霊の彼と少女だけが残されていた。
「時間をかけながら治そうね、栞菜ちゃん。」
彼はそう発言する。
〈本当に治るのかな?治って昔に戻れるのかな?〉
彼女は疑心と希望、喜びの感情を露わにしている。
「あくまで栞菜ちゃんの回復のスピードによると思うよ、以前のようには動かせないかもしれないけど、話せる様にはなるかも知れないね。
希望を持ってれば治るスピードも早くなるよ。
だから早くお母さんと話せる様に頑張ろうね!。」
彼は変な希望を持たせたくはなかった。
彼女が今後回復をしても、長い間病室に居た事で、外の世界に順応できるかの確証も無かったからだ。
「うん、私頑張って話せる様になりたい。」
彼女も話せる様になる事しか今の願望が無かった。
それを聞いた彼はふと閃いた。
〈栞菜ちゃんにもっと願望を持たせれば脳もそれに対応しようとして回復しないか?。
だが、栞菜ちゃんがこれ以上回復しなかったら傷付けるのでは無いか?。
彼女の同意の上でやろう。〉
彼は戸惑いながらその重い口を開く。
「栞菜ちゃん、もしかしたら回復する方法があるかもしれない。
けど失敗するかもしれないんだ、栞菜ちゃんが傷つくかもしれないんだ。
僕は栞菜ちゃんの意思を尊重したい、だから栞菜ちゃんに決めてほしい。」
彼女は少し考えた。
しかし彼女は知っている、彼の才能を、幽霊になってなお、彼が自分のために尽くしてくれたことを。
彼女はそのメリットもデメリットも多い質問に答えた。
「治るかもしれないんだね。私は貴方を信じるよ。
けど何をするか聞いていい?。」
彼女の意思には少し迷いはあるが信じてくれている事を悟った彼はその質問に答える。
「栞菜ちゃんに外の事や楽しい事を教えたい。
もしかすると栞菜ちゃんはしたくても出来ないから苦しむかもしれない。
けど君のやりたい気持ちが今のこの状況を打開するかもしれないんだ。
それでもやるかい?。」
彼は今一度質問をする。
「大丈夫、私外の事もっと知りたい。
楽しい話もっとしてたい。
だから頑張る!。」
彼女の意思はより強くなった事に彼は気づき不躾な質問をしてしまった事に赤面になった様に思えた。
「じゃあ、何から話そうか?」
彼ははぐらかすように質問する。
〈じゃあ、貴方の名前は?〉
彼は驚いた。昨日から話してはいたが名前を教えていなかった事に気付く。
「僕は瀬戸 宮緒 みやおでいいよ。」
これ以上彼は、何も言えなかった。
彼女を担当して今の状況に至らせた自分のことを伝える事で彼女が傷つくと思い口を開けなかった、彼女はもうすでに恨んでないのを知っていながらも彼の良心が発言を許さなかった。
そんな彼を背み彼女は彼の意にそぐわない発言をした。
〈宮緒さんは私の先生だったんでしょ?宮緒先生て呼んでいい?〉
彼はその彼女の純粋なお願いに驚きとともに報われない気持ちになる。
彼女は彼を許している、それどころか彼に感謝までしている、そんな彼女の気持ちを知るからこそ、彼が起こしてしまった彼女への過ちが深くのしかかった。
「先生はやめてくれ、僕は君に辛い思いをさせた。君に先生と呼ばれる資格は無い…。」
彼は耐えきれない罪の意識から泣き崩れた、涙は出てなかったが、彼女にはそう思えた。
〈昨日の夜は、半分恨んでた。私やお母さんが苦しいのは宮緒先生のせいだって。
けど、貴方は私に治るまで尽くしてくれると言ってくれた。
貴方は私のことを思い泣いてくれた。
現に頑張ってくれているし、私も治ろうと思えた。
だから私は宮緒先生のことを先生と呼びたい。
ダメ?〉
彼は罪悪感を顔に出す。だが彼女のために尽くすと決めていた彼には彼女の願いを断れなかった。