第十五章 三文小説の世界
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どうにか卒業することはできた。何人かは卒業論文を提出できなかったり、出来がよくなかったので留年したが、それでも専攻にいる半分は卒業ができた。
当然、首席合格の人物も出た。
田中栄二だった。卒業論文を小説と言われた人物が、ついに首席となった。
しかし、その首席が卒業式に出席できなかった。表向きは病欠となっているが、卒業生で欠席の真実を知る者がいた。
後藤準平だった。
栄二は意識を失った後、すぐに救急車で病院に運ばれた。命に別状はなかったが、医者の診断の結果は、統合失調症と判明した。
統合失調症は心身の病の一種で、幻覚や幻聴に悩まされたりして、時にはその場にいるはずのない人物と会話をしたりする症状も見られる病気である。
「ふむ。聞けば聞くほど不思議な話だ」
後藤から栄二に関する話を聞き終えた津川教授は、ビールのジョッキに口を付けた。
二人がいるのは居酒屋だった。
卒業式も終わったので、卒業生と教授たちで打ち上げパーティ―を行っていた。
参加者のほとんどが騒ぐか酔いつぶれる中、後藤と津川教授だけ隅で静かに語り合っていた。
「田中君は卒業論文を『有坂かなめ』という女に添削してもらっていたらしいが、結局それも幻想だったということか?」
「そうです。栄二の部屋を調べたら、何十本も赤ペンが出てきました。いくらなんでも持ちすぎです。ようするに、添削は自分でやっていたのです。あの卒業論文も自分で考えたのです。これと同様にハヤシライスを有坂かなめに作ってもらったというのも、でっち上げでしょう。部屋には料理の道具が、一通りそろっていましたから……」
「なるほどね。でも、あの卒業論文は見事だった。大学生の腕とは思えないよ」
それは後藤も一緒だった。かつて後藤も栄二の卒業論文を読ませてもらったことがあった。




