三文小説の世界②
文章には若者特有の粗雑さはこもっておらず、一字一句に気を配る丁寧さがあった。
その時、後藤も津川教授も栄二をほめていたが、内心気味が悪がっていた。どうしてこんな文章が書けるのだろうか理解できなかった。
だが、栄二の部屋を調べてその理由がようやく判明した。
クローゼットを開けてみると、何十冊ものレポートや論文の書き方、文法についての本が見つかった。
どうやら栄二はそれらの本を無意識に活用していくうちに、文章が上達していったようである。
後藤が全ての本を開いてみると、至る箇所に赤線が引いてあった。力任せに引いたためなのか、インクは血のように赤黒くにじんでおり、ほとんどのページが破れかけていた。
後藤はその光景に、身震いした。
「ところで、スーパーの方はどうだった?」
津川教授が尋ねた。
「はい。栄二のマンションの近くにあるスーパーに行ったら案の定、複数の店員がひとり言を呟いていた珍妙な客がいたのを覚えていました」
「ほう」
おそらくあのスーパーだけではないだろう。他の店でも栄二は奇怪な行動をとっていたはずである。
できれば、誰にも危害を加えてなければいいのだが、と後藤は切実に願っていた。
津川教授は自身の顎に手を当てると、物思いにふけるかのように唸った。
後藤は梅酒のロックのグラスに手を伸ばすと、一気に飲み干した。
グラスを机上に置くと、合図となったのか津川教授は口を開いた。
「田中君は現在、実家で療養中だったね?」
「はい。何回か手紙が届きました」
栄二に統合失調症の診断が下されると、実家である福岡から家族がやって来た。その福岡から後藤のもとに幾度か手紙が届いていたが、いつも字はいびつであり、読みづらかった。
宛先だけ丁寧なので、そこは親が書いているのだろう。
「後藤君、内容はどうだった?」
「…………」
「やはり有坂かなめのことか?」
「ええ。『かなめが遊びに来た』、『かなめと買い物に出かけた』といった具合で、療養の効果が出ている気配はありません」
「そうか」
深い溜息をついた後、ビールのジョッキに手を伸ばした津川教授だったが、すでにジョッキが空だということに気付いた。




