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同情から始まる恋愛事情  作者: 桔梗


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4/4

最悪の朝

ーー翌朝。


セラは、頭痛で目を覚ました。

正確にはーー頭痛と、眩しすぎる朝日と、それから……何かが腰に乗っているような妙な重さで目を覚ました。


「……ん……」


重い瞼を開くと、見慣れない天蓋が見えた。

深い青の布地に、銀糸で蔦草の文様が縫い取られていた。

その向こうには高い窓があり、昨夜の月明かりではなく、すでに淡い朝の光が厚いカーテンの隙間から差し込んでいる。

明らかに、自分の寝室ではない。


(……ここは……どこ?)


ぼんやりした頭で考える。

まだ酒が残っているのか、頭の奥が鈍く痛む。

身体も妙に重い。

セラはもう一度目を閉じた。


昨夜は色々あった。

エドワードが婚約して、グレンと酒を飲んで話をして、それから――。


「…………」


記憶がその先へ行くことを、脳が全力で拒絶した。

セラはゆっくり目を開ける。

そしてーー自分の腰に回されているものを見た。

立派な男の腕だった。


「……」


見なかったことにして、もう一度、目を閉じる。


(きっと……これは夢よ)


数秒めを閉じて、再び目を開けたが、夢ではなかったようだ。


「…………嘘でしょ」


すぐ隣に、グレンが眠っていた。


「…………」


声が出なかった。


普段は皮肉を言うために細められている灰青色の瞳は閉じられ、乱れた黒髪が額へ落ちている。

いつもなら憎たらしいほど隙のない男が、眠っている時だけは妙に年相応に見えた……などと観察している場合ではない。

問題は、そのグレンの腕が自分の腰を抱くように回されていることと、布団の下で肌に触れるものが、寝衣どころか何一つないことだった。


そして、昨夜の記憶が、堰を切ったように戻ってきた。


ーー暖炉。

ーー酒。

ーーグレンの手。

ーー近すぎた灰青色の瞳。

ーー触れた唇。


扉の前で一度だけ、グレンが立ち止まって、こう言った。


『セラ』


『……何?』


『今なら戻れるぞ』


珍しく、ひどく真面目な声だった。

酔っていても、その意味くらいはわかった。

だからーーセラは自分で彼の手を取った。


『……今夜だけ』


そう言った。

グレンはしばらく何も言わなかった。

そして、『ああ。今夜だけだ』と答えた。


――今夜だけ。

自分で言った。

確かに……言った。

二度目の口づけの後、グレンに力強く抱き寄せられてーー。


(いやぁぁぁあ!!!)


セラは声にならない叫びを心の中であげた。


***


「……死にたい」


小さく呟いた。


「朝から物騒だな」


真横から聞き覚えのある声がした。

セラは勢いよく振り返った。


「――っ!!」


すぐ隣で、グレンが目を開けていた。

黒い髪は珍しく乱れている。

いつもならきっちり整えられている前髪が額へ落ちていてーー寝起きだからか、普段より随分幼く見えた。


「起きてたの!?」


「今起きた」


「もう一回寝なさい!」


「なぜ」


「できれば一生!」


「それは死ねという意味か?」


「察しがいいわね!」


グレンが顔をしかめながら起き上がる。

そこで、二人とも固まった。

毛布が少しずれたからだ。


「……」


「……」


セラは無言で、毛布を自分の首元まで引き上げた。

ついでにグレン側からも奪い取る。


「おい!」


「見ないで!」


「何をだよ!もう昨夜全部ーー」


「ーー言ったら殺す!」


セラは枕を掴んで、そのまま思いきり投げる。


「ぐっ」


見事にグレンの顔面へ命中した。


「何するんだ!落ち着けよ」


グレンが視線を向ける。


「……忘れましょう」


「何を?」


「昨夜のこと全部よ!というか、わざと聞かないで……」


「確認しただけだろ」


「私たちは酔っていたし、失恋したばかりで……どうかしていたのよ。正常な判断ができる状態じゃなかった。だから……」


言葉が止まった。

その先を口にすると、本当にすべて終わってしまう気がした。

でもーー他に何と言えばいいのかわからない。


「ただの過ちだったのよ」


グレンはすぐには答えなかった。

長く感じる沈黙だった。


「……同情したんだろ」


セラが顔を上げる。


「同情?」


「同じだったから」


グレンは淡々と言った。


「お前も俺も、好きな相手に選ばれなかった」


「……同情」


セラがぽつりと口にする。


「そうだ。お互い同情しただけだ」


グレンが言った。


それなら説明がつく。

同じ傷を持った相手が、たまたま隣にいただけのこと。


「……そっか」


セラは少しだけ安心した。

同時に、なぜか、少しだけ寂しかった。

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