1話
――私は君のいる今がいい。
†
「ねえねえ、来夏!」
燦々とした黄色い瞳を向け、こちらを見上げてくる。街中で腕を組んでくるので、少々気恥ずかしい。
八柱虹彩。
中学からの友達で、毎日こうして一緒に帰っている。
「いつもの店のさ、新作スイーツ食べに行こうよ!」
どこかを指差し、ニカッと微笑む。
黄みがかった鮮やかな赤色の髪が、肩で揺れる。
今日はやりたいこともないし、予定もないはず。了承すると、組まれていた腕が外される。そのまま、手を握られた。
「そうと決まれば……」
虹彩は勢いよく駆け出し、私は引っ張られる。転びそうになるが、ギリギリのところで耐えた。
「レツゴー、レツゴー!」
「そんな急がなくてもよくない!?」
「女子高生でいられる時間は短いんだよ? 少しも無駄にできないんだからね」
子供のように口を尖らせる。
虹彩らしい言動に、自然と表情が綻んでしまう。
行き交う人たちの視線が気になるが、虹彩についていくので精一杯だ。だけど、浮き立ったように足が動く。
この時間が、ずっと続いてほしい――
その時、空気を裂くように虹彩の悲鳴が響いた。道を塞ぐように、数人の男が立っている。無機質な顔で、虹彩だけを見ていた。
その内の一人が、虹彩の手を掴んでいる。
「なに、あなた達は……」
震えた声の虹彩。男は表情を変えずに言う。
「我々と来てもらう。黒髪のお前は必要ない、手を離せ」
嫌だ、離したくない。この手を離したら、もう会えない気がする。握る手に力を込めた。
私は虹彩を掴んでいる男の脛を、思いきり蹴る。
「虹彩、逃げて!」
「えっ、でも……」
虹彩の足が震えていて、とても動けそうになかった。怯えているのか、私を心配しているのか分からない。
すぐに虹彩の手を掴む。そのまま、逃げ出そうとした時、背中に熱を感じた。
この一瞬だけなのに、額から汗が流れている。
振り向くと、男の拳が燃えていて、殺意に満ちた目でこちらを見ている。
「手荒な真似はしたくなかったんだがな……」
拳が振り下ろされる。
思わず、目をつぶった。意味がないことは分かってる。だけど、できることがなかった……しかし、いつまでたっても、拳が振るわれない。
ゆっくり目を開けると、手が燃えている男は消えていた。二人の男は、状況を飲み込めていないように、一人の少女を見ている。
その少女はこちらを向くと、私たちの腕をつかんだ。
有無を言わさないように、腕を引かれる。
少女の勢いに引っ張られ、何度も転びそうになる。それに、この手の感触。確かめるように、何度か力を込める。
ビルの間を抜け、人混みを縫う。そして、細い路地へと引き込まれる。
いつの間にか、周囲の喧騒は遠ざかっていた。
肌寒い風が吹き抜ける。気づけば、路地裏のような場所に立っていた。
薄暗く、湿っぽい。
三、四人が横に並んで通れるかどうかの広さ。
膝に手をつく。ようやく、息が上がっていることに気づいた。
「こ、怖かった……」
良かった。虹彩も無事なようだ。
胸をなで下ろしていると、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
「……よかった。少々手荒ですまなかったね」
声がした方を見れば、そこには少女が立っていた。
銀白色のミディアムヘアに、サイドテール。黒のノースリーブにスカートを合わせ、白衣のようなものをラフに羽織っている。
背丈に見合わない、落ち着いた微笑みを浮かべていた。
「助けてくださり、ありがとうございます」
少女はくすんだ白色の瞳を揺らしながら、私を見る。眉が下がっていて、どこか安堵したように見えた。
少女の目が気になり、つい見つめてしまう。それに気付いたのか、ハッとしたように喋りだす。
「あー、すまない!
つい、嬉しくなってしまって」
私は、恐る恐る尋ねる。
「あの、いろいろ聞きたいことがあるんですけど、どうして助けてくれたんですか? それに、あの人たちって」
返答に困りかけたかのように、口を尖らせながら、白衣の袖先をつまんでいる。
「そうだねー、助けたかったから。それじゃ駄目かい? それで、男たちについてだけど……いや、それよりも、君たちの名前を聞いてもいいかな」
少女は胸の前に手を当てる。
「私は、久遠風花。年齢は秘密だ、気軽に風花って呼んでくれ」
私たちも自分の名前を言うと、風花は微笑んだ。
「それで、男たちについてだね」
わずかに視線がズレる。心の内にあるものを、見せないように。
「君たちも気付いているだろうが、虹彩が狙われているんだ」
「なんで!」
悲痛交じりの声が、路地裏に響いた。しかし、次第にその声が力なく、掠れたものになっていく。
「私、なんにも悪いことしてないよ……」
徐々に視線が下がり、俯いてしまう。無理もない。心当たりもないのに、知らない男に狙われているのだから。
虹彩の背中をさする。追い込まれた小動物のように震えていた。
「そうだ、君は何もしてない。
強いて言うなら、膨大な魔素を持って生まれてきたことだ」
風花は右手を握りしめる。血管が浮き出るほどに。
「魔素って、魔法を使うのに必要な……」
「でも、私魔法なんて使えないよ!」
虹彩が訴えかけるように言った。
「だが、膨大な魔素を持っているのは事実だ」
風花はきっぱりと告げた。虹彩の薄い希望を断ち切るように。虹彩は大粒の涙を流す。コンクリートには、不格好な円状のシミが作られていく。
何とか慰めようと、手を尽くすが意味はなかった。
それを証明するように、複数の足跡が路地裏に響く。元凶を見なくても、すぐに理解した。
だけど、どうしたらいいの。魔法を使える相手に、まともに戦ったところで結果は見えている。
心臓が早鐘を打つ。耳の奥に響くほどうるさい。
「……来夏」
風花がこちらに寄ってくる。
私の瞳の奥を覗くような視線。私の右手が包まれる。こんな状況で、何してるの?
私を試すような、不敵な笑み。
体が触れ合うほどの距離。風花の鼓動が伝わってくる。
年相応なのか、私よりも早い。風花は一度、瞼を閉じる。そして、一言……
「私の血を飲んでくれ」




