透明な虹 ②
病の表現を含みます。前章の続きです。
「二人より、三人の方が絶対に安心ですから」
俺たちの向かいの座席で、車窓の景色を眺めながら眞白はそう言った。
「お前、遠足か何かと勘違いしてるだろう」
「いいじゃないですか。一緒にお出かけなんて、中々出来ないし」
瞳の輝きを隠しきれずに笑う姿は、子どものようだ。
俺の隣で車椅子の上の琥珀は、静かな瞬きを繰り返している。
長旅は身体が堪えるだろうと心配したけれど、まだ平気そうで安心する。
どこにでも連れて行くと格好つけたものの、今日はもうあれから数日が経っていた。
目的地は遠方で、新幹線を使わないといけない。その手配が中々つかなかったのだ。
琥珀と移動するには、車椅子席に空きがないと難しい。
車内は狭くて、琥珀はいつもの声を出すことが出来ない。言葉を交わすための機械は全て、取り外してある。
残された呼吸器の音は、状況に違わず規則的に鳴り続けた。
「でも、僕だってちゃんと考えたんです。ただ遊びに行く訳じゃないって、分かっているつもりです」
緩んだ表情はそのまま、眞白の声は仄かに憂いを帯びた。
今日の眞白はニット帽を被っていない。羽織ったカーディガンは白くて眩しい。落ち着いた春の装いがよく似合っている。
琥珀もじっと、眞白を見つめているようだ。
眞白に声をかけたのは、俺ではない。琥珀だ。どこへ行きたいのか、俺には言うことを躊躇ったくせに。
「それに二人きりだったら、お二人とも辛くなったとき、誰が助けるんですか」
そう言った眞白は、いつもの調子で胸を張った。小さな身体は使命感に満ちていた。
***
「なあ、親御さんたちのところ行くのって、その、今日がやっぱり、大切な日なのか」
身支度を整える前に目的地までの道のりを調べた後、蒼葉は明らかに肩を落とした。
ボクに向けられた声は、慎重に言葉を選んでいるような口振りだった。
「お前と乗れそうな席、今日は空いてないんだよ」
申し訳なさそうな顔をされて、こちらの方が罪悪感に駆られる。
〈春に行きたいんだ。今日じゃなくていい〉
「そうか、悪いな。明後日。調子が良ければ明後日、一緒に行こう」
詫びるように手を合わせてから、蒼葉は微笑んだ。そうして見せられたスマホの画面には、予約完了の文字が表示されていた。
切符の枚数は三枚。どうやら考えていることは同じで、ボクの迷いも消えた気がした。
蒼葉が傍を離れた隙に、こっそりメールを作成した。相手は眞白だ。元より、ボクが連絡を取る相手など限られている。
【明後日、付き合って欲しいところがあるんだけど。無理にとは言わない。体調が良くて、予定が空いていたら。もし、眞白が良ければ】
言葉を発したいときと同じように、視線で文章を作る。
あとは送信を押すだけだ。ただ、またしても、あと一歩の決心がつかない。
遠出をするなら三人で。ボクは勝手に、朧げなイメージをしていた。
ボクを伴う外出は、どうしたって周りに負担がかかる。眞白には申し訳ないけれど、彼がいてくれたら蒼葉が一人で無理をしなくて済む。そう思った。
けれど、眞白はボクと同じように大切な人を失くした過去を持つ。旅の同行はきっと、辛くて悲しい記憶を連れて来るだろう。
躊躇わない訳がない。ボクの誘いは、眞白を傷つけるだけなのかもしれないのだ。
画面に表示される文章を、ボクは全て消した。そうして、新たな言葉を選ぶ。迷うように、視線の影は何度も立ち止まった。
【明後日、ボクの家族のお墓参りに行くんだ。蒼葉と。もし平気だったら、眞白にも着いて来て欲しい。辛かったら断って。気にしないで】
眞白は聡い。自分のことも、人のことも、よく分かっている。ボクの心配は、多分稀有に終わる。
蒼葉が戻って来る前に、ボクは送信のボタンを押した。
***
「そろそろですかね」
「多分そうだと思う。長かったな」
飽きずに車窓の景色を眺めていた眞白は、ようやく身体を伸ばしながらそう言った。
俺たちの声に反応して、琥珀も目を覚ます。適度な揺れが心地良かったのか、夢の淵を行ったり来たりしている様子は俺の心を落ち着かせた。
「具合変わりないか」
俺が顔を覗き込めば、琥珀は静かに瞼を閉じて、開いた。肯定のサインだ。
流れるように、琥珀の視線が外を向く。その景色に何を想っているのか、俺には分からない。いつもは分かりやすい表情も、今は平坦で揺らぎがなかった。
「琥珀さんの大切な場所なんですね」
眞白は琥珀を見つめていた。
規則的な呼吸も、静かに座っている身体も、琥珀の様子に変わりはない。けれど琥珀は、確かに感じているはずだ。それは複雑なものかもしれないし、ごく単純なものかもしれない。
俺には想像しか出来ない。眞白は、琥珀の感情の機微を理解しているようだった。
唐突に、心の中で風が吹いた。俺の胸がざわついて、視界が揺れた。
次回へ、つづく
何を書いても虚しくなってしまうこの頃です。
止めてしまったらもう終わってしまう気がして、書いています。
どこかの誰かがお一人でも読んでくださっていたら、それが私の創作意欲に繋がります。
早くまた、書くことが純粋に楽しく思えるようになりたいです。
すみません。ここにだけ、今の本音を残します。




