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「美空〜三番テーブルさんに“田中さん家のピーマン肉詰め定食”、運んで〜」
「はあい」
トコトコという小さな足音と共に、ポニーテールの小さな美空が厨房まで駆けてきた。私は、小学一年生の美空の手にお盆を持たせて、「お願いね」と小さく微笑む。
お店を手伝い始めた頃はちょっと不安に思いもしたけれど、半年も経つと堂々と料理を運ぶことができるようになった。たくましい後ろ姿に感心しつつ、「おまたせしましたー」とお客様のもとに無事料理を運び終えたのが分かるとほっとした。
「美空は大丈夫か?」
「うん。今日も元気に運んでくれてる」
「それなら良かった」
『Dining café花と星』をオープンしたあの日から十年の月日が流れた。
あの日から一年後に結婚した私たち。バラの花束を持ってポロポーズしてくれた時は最高潮に胸が高鳴って、心底嬉しかった。
私、昴と結婚できるんだ。
高校時代、ずっと片想いだと思っていた相手と。
なんだかすごく不思議な気分だったけれど、感極まって「うん!」と昴に抱きついた時、大好きな昴の匂いが全身を包み込んでくれて、絶大な安心感を覚えた。
東京と星見里で二拠点生活をしていた私は今後の身の振り方を考えて、結局昴と一緒に星見里で暮らすことにした。昴には「いいの?」と本気で心配されたけれど、インフルエンサーの仕事は星見里からでもできるから、と強気の決断をした。
「これから星見里はどんどん日本に、いや世界に羽ばたいていくんでしょ。そのお手伝いができるかもしれないじゃない。そのために通信環境も整えてる最中なんだし」
そう。私たちのカフェがオープンしたこと、それに伴い様々なメディアが星見里での暮らしや星見里の魅力を発信してくれたことにより、星見里は今、新たな観光地として日本中で注目を浴びている。
今まで中途半端だったインフラ整備も進んでいて、ネットが繋がらない今の状況も、変わっていこうとしていた。
「そうだけど、東京に住むのに比べると波奈の仕事、減っちゃうんじゃない?」
「それでもいいよ。私は昴とずっと一緒にいたいから」
「波奈……」
高校生の時から今も変わらない想いを胸にした。あの時は素直に言えなかった。たった一言、“昴の隣にいたい”という言葉を、今こそ口にするべきだと思った。
「分かった。波奈がそんなふうに言ってくれるなら、俺も責任持って波奈と生きていけるように頑張るわ」
「ありがとう。私だって一緒に頑張らせて」
決意を口にすると、これから待ち受けるどんな困難だって昴と一緒に乗り越えられる気がした。
その後、仲良く『Dining café花と星』を経営しながら、インフルエンサーの仕事も続けていた。確かに東京にいた頃より仕事は減ってしまったけれど、それでも要望があれば東京に飛んで帰って依頼を受けた。そのおかげで、今も変わらずインフルエンサーとして働くことができている。
それどころか、星見里の観光大使的な扱いを受け、“星見里といえばハナ”というような方程式がファンの頭の中で出来上がっていた。ありがたいことだ。
それから二年が経ち、娘が生まれた。雲ひとつない晴天の日に生まれてきたから、思わず“美空”という名前をつけた。子どもが生まれた瞬間、自分の中でこの子を絶対に守るんだという強い意志が芽生えて、不思議な気分に包まれた。昴はずっと「ありがとう。波奈。これからよろしくな、美空」と言って私たちをまとめて抱きしめてくれていた。
美空が小学一年生に成長した今、一緒に『Dining café花と星』の手伝いをしてくれている。まだまだ危なっかしいところはあるけれど、一生懸命仕事をしてくれる美空はお店の看板娘になりつつある。客足はオープンの時よりは落ち着いたものの、これまで廃れずに続いてくれて、仕入れ先にも、いつも来てくれる地域おこし協力隊のみなさんにも、観光客にも感謝しかなかった。
「波奈、美空、次もよろしく!」
厨房から昴が私たちを呼んでいる。窓から吹き込む秋風が、店内の空気を自然の中に連れて行ってくれる。
私は美空と顔を見合わせてニッと微笑むと、二人で大きく「「はい!」」と返事をした。
<了>




