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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第一章 見失っていく

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1-3

 原因が分かっているのに改善できないのが悲しい。だって、インフルエンサーの仕事は好きだし、毎日忙しくしていないと明日の仕事がなくなる気がして、怖いのだ。

 会社員とは違って、毎月同じお給料が保証されているわけではない。今はかなり稼いでいるほうだが、いつ仕事がなくなかどうかも知れない。一度失敗して信用を失ってしまえば取返しのつかないことになる。そんなシビアな世界で私は生きることを選んだのだ。もちろん、会社員だってどんな仕事だって、明日を完全に保証されていることはないのだろうけれど。会社員だった時代とは、気の持ちようが一線を画していた。


 と同時に、相手に愛情を伝えそこなうのも怖くて、つい「好き」という気持ちを何度も伝えてしまう。相手が「好き」と発する頻度と自分とでは、圧倒的に自分のほうが多い。

 あまり会えないわりに、会ったときは好きを全力アピールしすぎて引かれてしまう。


「ああ、もう。辛気臭いこと考えるのはやめよっと」


 私は基本、明るい性格をしているほうだと思う。

 こうして好きだったひとから別れを告げられても、切り替えて頑張るしかないと意気込んでしまうぐらいには。

【分かった。悲しいけど、あなたが下した決断なら仕方ないね。短い間だったけれど、ありがとう】


 午前七時十五分。彼に送ったメッセージは永遠に「既読」がつかないまま。いつのまにかブロックされていたようだ。


「返事も聞かないうちにブロック!? なんてひと……!」


 無性にイライラして、つい近くにあったクッションをぽこぽこと叩く。その男を選んだのは自分だろ、と脳内で自分の声が響いて虚しくなってきた。


「私って、恋愛向いてないのかな……」


 どんなに明るくいようと思っても、ひとりでいるとつい弱音がこぼれ落ちる。

 ネット上での出会いだって、私は大切にしようと思っているのだ。そういう出会いが「続かない」のは統計的に見てもそうなのかもしれないけれど、少なくとも私自身は、一度好きになったひとは最後まで愛しぬこうと思いながら交際をしている。

 “最後”っていつ?

 心の中で問いかける。

 結婚するとき? いや、それだと結婚したら愛が冷めるみたいじゃないか。じゃあ、命尽きるとき? 

 この気持ちって“重い”のかなぁ……。

 交際三ヶ月でさすがにそこまでは口には出していないけれど、裕もそんな私の気持ちを察知して重いと感じてしまったのだろうか。


「忘れるしかないよね」


 そう。忘れるしかないのだ。恋に破れたときの痛みなんて、時が経てば忘れられる。忘れられると信じていなければ、やっていけない。

 ふと脳裏に、高校時代に初めて恋をした相手の顔が浮かんだ。誰かとひとつの恋が終わると、いつも思い出してしまう。叶わなかった初恋の思い出は美化されて、記憶の海を長い時間漂っている。一度交際をして別れたひととの思い出は風化して何も思い出せなくなるのに、あの初恋の喜びや痛みだけは、どうも心の中にずっと棲みついている。まるで、少女時代に持っていたおもちゃを宝箱にしまって鍵をかけてしまっているかのように。で、鍵がなくなって、中に入れたものを取り出せなくなるのだ。あの初恋も――昴への恋心もきっと、鍵付きの大切な思い出なのだ。自分の中では。



「って、時間やばい。準備しなくちゃ」


 感傷にひたりながら目にした時計を意識して、ふと我に返る。

 時刻は七時半を回っている。最初の仕事であるコスメブランドの『セキレイ』さんとの打ち合わせは九時からだが、朝食を食べてメイクして着ていく服を選んで――としているとなかなかに時間がかかる。『セキレイ』さんのオフィスは渋谷だが、私の住む中目黒からは徒歩で向かうつもりである。電車に乗れば十分程度で着くが、運動のため。また、電車に乗ると少なからず私を知っているファンのひとに出会う可能性があり、そうなると笑顔で対応しなくちゃいけないから、約束の時間に間に合わなくなるのだ。


 運動も美容には大切だからね。

 そう自分に言い聞かせて、八時十五分に家を出た。渋谷まで約四十分。九月上旬の今日、皮肉なほどに晴れている。この時間にも関わらず気温は三十度を超えているし、ぎらぎらとした太陽がアスファルトの地面に反射して、照り返しに顔が灼けつくような感覚に陥る。サングラスはかけているものの、頬が日焼けしてしまわないか、常に気を張りながら歩いた。

 世界は今日、私が恋人からふられたことなど知らない。

 すれ違うひとたちの中にも、同じような境遇のひとがいるはずなのに。

 みんな、なんでもないふりをして仕事や学校に向かっている。

 変なの、とつぶやいたら、頭が急速に仕事モードに切り替わっていくのを感じた。


「よーし」


 ひとり、歩きながら気合を入れる。

 今日も完璧な自分、完璧なインフルエンサー・ハナとして生きてやる。

 心の中で喝を入れて、ハイヒールの靴を踏み鳴らしながら、東京の真ん中へと向かっていくのだった。


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