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『セキレイ』さんでの仕事は、秋の新作コスメの紹介案件だった。インスタグラム、YouTubeでのPRを求められたので、いつ・どんなふうに紹介をするか細かく打ち合わせしていく。こういうPR案件は、顧客によって大体2パターンある。基本的にPRする時間やSNSでの投稿内容はすべてこちら側にお任せします、というタイプと、顧客側が戦略を立ててどんなふうにPRをしてほしいかを詰めて考えていくタイプだ。『セキレイ』さんは後者のほう。私としては、こっちのほうがいろいろと自分で考えなくてよいので楽ではある。その分、自分らしく紹介するという、オリジナリティのようなものは出しづらくなる。求められた条件の中で、いかに“私”にしかできない紹介を行うかが肝だ。
報酬はスポンサー契約を結んでいる会社から案件ごとに発生することが多い。他に私の収入源はYouTubeの広告料、雑誌モデル代、広告出演料などがある。どの仕事も同じように力を入れていて、仕事を失わないように毎日必死に笑顔を浮かべて顧客と話をしている。
「最近、ハナさんの動画を見て購入してくださっているという方が増えているようで。今後ともぜひハナさんには唯一無二のPRをしていただきたいと思ってるんです」
PRの方法についていろいろと話を詰めたあと、担当の女性がにこにこと笑顔を浮かべながら打ち合わせを締めにかかる。
「ありがとうございます! そう言っていただけて、私もとても嬉しいです。ぜひ、これからもお仕事をご一緒させていただきたいと考えています」
丁寧さと、明るさ。
それが、私が打ち合わせの際に大事にしているモットーだ。明るいオーラを放っているひとには、もう一度会いたくなるという心理を利用させてもらう。あとは、必要最低限の礼儀と、仕事をもらえて嬉しいという気持ちを全面に押し出す。そうすることで、先方に嫌な印象は与えないで済む。
私のようなインフルエンサーは個人で活動しているひとが多く、いろんなひとがいる。会社に所属しているなら会社名や、先輩たちの行いが自分の信用を保証してくれることもあるけれど、私たちは違う。まるはだかの自分で、生きるために戦っていかなくちゃいけないのだ。少しのミスも許されない。顧客のオフィスは私にとって戦場だった。
「引き続きよろしくお願いしますね。ハナさん」
会議室の中を漂う金木犀の香りを名残惜しく思いつつ席を立つ。コスメを扱う会社ではこういった香りがすることが多く、仕事をしつつも癒されるから不思議だ。かくいう自分も、香水の紹介案件をよく受けるので、自分の身にまとうことが多い。あとは部屋でルームフレングランスなんかも多用している。生活にストレスが多いぶん、せめて香りで癒されたいという欲求が自然と湧き上がってくるのだ。
『セキレイ』さんを後にした私は、近くのカフェでお昼ごはんを食べて、十三時前にアパレル雑誌『HaNa23』さんの撮影に向かった。こちらのオフィスは飯田橋にある。ここはさすがに徒歩ではなく電車に乗っていく。歩くのは朝だけだ。東京二十三区内では基本的に電車に乗りさえすればどこも短時間で移動できるから、その点は楽だなと思う。地元の町田市は東京といっても郊外だから、どちらかというと自分は田舎者だと思っている。
町田か……。
ひとたび故郷のことを思い出すと、つい彼の顔が浮かんでしまう。
大学から二十三区に繰り出してきた私としては、町田での思い出は高校時代のものが色濃い。中学だって同じ三年間を過ごしたのに、最後の三年間、彼の――昴の隣で過ごしたあの日々の記憶は今でも脳に、いや心臓に、深く刻み込まれている。
「ずっと隣じゃなかったのにね」
三年生になって、昴は後輩女子と付き合い出したから、それ以降は隣にはいられなかった。友達としては変わらず一緒にバカやったりはしゃいだりしたけれど。私の気持ちはずっと彼を想いながら、実ることのない片想いをこじらせていた。
……て、やだ私。
昼間から、しかも今から顧客に会いに行くというときに思い出すことじゃないって。
頭の中から邪念を振り払って飯田橋のオフィスへと向かう。見上げた空には今日一日でいちばんの灼熱を放つ太陽が、容赦なく私を照らし続けていた。
「終わった……」
あれから、『HaNa23』さんの撮影と、旅行情報PR会社『ベストツーリズム』さんとの打ち合わせを終えて、十七時過ぎ。電車に乗って中目黒駅まで帰ってきた。ここから自宅までは徒歩五分で到着する。自宅に帰る前にスーパーに寄って行こうと、ふらふらとした足取りで川沿いの道を歩いた。
歩きながら、今日の仕事を振り返る。
『HaNa23』さんでの撮影はいつも通りだった。ファッション雑誌のモデルとして起用していただいているので、決められた服を着て指示通りのポーズをとる。「ハナちゃん今日もいい笑顔」とカメラマンさんに褒められても、特に感情が動くことはない。お世辞でも本音でも言われすぎて、心が麻痺してしまっている。
普段と変わっていたのは、旅行情報メディア『ベストツーリズム』さんでの打ち合わせのほうだ。
『ベストツーリズム』は日本各地の観光地や、穴場スポットを紹介しているPR会社だ。旅情報メディア、SNSなどで様々な施策を打ち、旅行産業を盛り上げるべく活動している。
担当の北村プロデューサーが、きりりとした眉を上下に動かしながらとある企画について話してくれた。
『ハナさんは山梨県にある星見里という村を知っていますか?』
『星見里、ですか。聞いたことないですね』
『小さな村だから仕方ないと思います。星見里は自然豊かな村で、星が美しい村として注目を浴び始めているんです。あと、農作物の栽培も盛んで。そんな自然に囲まれた地域のPRとして一緒に取材をしていただけないかというご相談でして』
『ロケということですか』
『そうなりますね。当日の交通費、食費等はすべてこちら持ちです。撮影した映像は編集して各種SNSとうちのオウンドメディアにて配信する予定です。いかがでしょう?』
『ベストツーリズム』さんのオウンドメディアである『ザ・ベスト』は月間数百万人のひとが閲覧する、今や日本の代表ともいえる旅行情報メディアだ。そこに動画で載るということは、かなりの価値がある。
報酬のことだけではない。自分という人間を売り込むには絶好の機会に違いなかった。
『分かりました。ぜひ、ご一緒させてください』
そういうわけで、私は『ベストツーリズム』さんの企画の一環として、山梨県星見里郡星見里を訪ねることになったのだ。
普段とはちがう仕事に、ずっと胸がドキドキと鳴っている。でもこれは、ときめきなどというきらびやかな感情ではない。うまく仕事をこなさなくちゃいけない、というプレッシャーからくる緊張だ。
自宅のタワーマンションは駅からすぐに見えるので、目印に向かって歩いていく。見上げた空には沈みかけた太陽が、東京の街を夕闇へといざなう。目黒川の水面も、ゆらめく陽光を映し出す。すぐにマンションにたどり着いた。こんな立派なマンションに住んでいたって、なんだか心はずっと満たされない。
星見里の空は東京の空なんか比較にならないぐらい満天の星が見えるのだろうな、と思う。
吐き出した息が、まだそこかしこに居座る夏の空気に溶けていった。




