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その日の夜、私は昴が作ってくれたりんごサラダとチキン南蛮を頬張りながら、昴の壮大な計画について、話を聞いた。
「カフェをつくりたい?」
突拍子もない言葉が昴の口から紡ぎ出された。サクッとしたチキン南蛮の食感と、甘酸っぱいタルタルソースの味すら感じられなくなるほどびっくりして思わず身を乗り出す。
「ああ。みんなに星見里の魅力を知ってもらえるようなカフェ。実は前から、カフェをやってみたいと思ってたんだ。コンセプトは“デジタルとリアルをつなぐ場”」
「デジタルとリアルをつなぐ……?」
昴は満天の星空を見上げる少年のように目をきらきらと輝かせながら、自身の計画について熱く語っている。まさか、彼がカフェをつくろうだなんて言い出すとは思ってもおらず、私はただ食事をする手を止めて、彼の計画にひたすら耳を傾けるばかりだった。
「ああ。俺思ったんだ。波奈が案件で星見里のPR活動に来てくれたり、SNSで星見里のことを投稿してこの場所の魅力を発信してくれたりしてるところを見て。いくらデジタルなんて必要ない暮らしをしていても、やっぱり観光客や農作物を買ってくれるお客さんは必要だろ? この村のひとたちは高齢の方がほとんどだから、あんまりそういうことに気づいてないんだ。でも、波奈が来てくれて痛感した。今日のりんご農場で波奈を囲ったお客さんたちだって、波奈の発信を見て来てくれたひとがほとんどじゃないかな? だから、お店にはWi-Fiを完備して、メニューもSNSに“映える”ようにしてさ。もちろん、食材は星見里の農作物を中心に使う。……どうかな?」
頭の中に広がる計画を一心不乱に話す昴は、これまでこの場所で目にしてきたどの昴よりも輝いていて、一生懸命だなと感じた。
「もちろん、波奈には波奈の仕事があるだろうから、無理にとは言わないけど。普段は東京で活動して、週末に手伝ってくれるだけでもいい。俺はもちろん、波奈にはずっとそばにいてほしいけど——でも、波奈の仕事だって尊重したいから」
私が星見里に来てすぐの頃は、私の仕事を馬鹿にしてきたこともあったけれど、今はこんなふうに私の仕事を尊重してくれる。それが嬉しくて、心臓がとくりとくりと温かく鳴っている。
「私——やってみたい」
昴の話を聞いて、カフェなんてできるのだろうか、と純粋に疑問に思うところは多い。だけど、少なくとも昴の料理は最高だし、星見里で育てたお米も野菜も美味しいに決まっている。
私の素直な気持ちを聞いた昴は、心の底からほっとしたような笑みを浮かべた。
「ありがとう、波奈。正直一人じゃ不安だから、手伝ってくれて嬉しい」
昴が私に微笑むだけで、私はこんなにも胸が高鳴っている。
ああ、そうか。
普段からSNSやネット上で自分の評価ばかり気にしていたけれど。今、一番気になるのは昴の気持ちだし、昴が笑ってくれるのが一番嬉しい。こんな当たり前のことに今更気づくなんて、私は馬鹿だな。
「よし、そうと決まれば早速明日から準備開始だ。計画するところからだけど、これからよろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げた昴は、ダイニングテーブルにこつんとおでこをぶつけた。「いてて……」と額を抑える彼がおかしくて、思わず「ぷっ」と吹き出す。
「ねえ、もっとくっついてもいい?」
夜眠るとき、普段ならそれぞれの部屋で布団に入るのだが、今日は私が昴の部屋の布団に一緒に入っていた。誰かと同じ布団に入るのはたぶん、小学生ぶりだろう。狭い掛け布団の中で昴と密着するのはこそばゆい思いだった。昨日まで友達だった人が、今日から恋人なのだ。それにただの恋人じゃない。十年前の初恋の人が、私の隣で横になっている——。この状況で緊張するなと言われるほうが酷だ。
「もちろん。こっちおいで」
恋人になった昴は思っていた以上の包容力で私を包み込んでくれた。私の頭を腕枕してくれて、彼の体温を身近に感じる。全身が密着しそうな勢いでくっついていると、自然とこれまで感じていた自分の人生に関する不安がするりとほどけていくような心地がした。
ああ、大丈夫だ。
昴と一緒ならきっと大丈夫。
まだ何も具体的なことなんて決まっていないのに、ただ隣にいるだけで安心をくれる。星見里の夜空にいつも星が瞬いているように、昴ならずっと私の近くにいてくれる気がした。
昴が私の顔に自分の顔を近づけて、甘い口付けをする。
以前、私のほうから眠っている昴にキスしてしまったことがあったけれど、その時以上に胸が喜びで満たされた。
たっぷりと時間をかけて、お互いの唇の温度を確かめ合う。恥ずかしいことこの上ないのに、離れたくないという気持ちが湧き上がっていた。
「……もう、急にびっくりした」
あえて文句を垂れるのも、照れ隠しだ。
「急じゃないよ。でもごめん。波奈がすぐ隣にいると思うと、居ても立ってもいられなくなった」
「その気持ち、私も同じ」
もう一度、唇を重ね合わせる。
今度はより深く、濃密な時間だった。
昴がこんなふうに自分を愛してくれる日がくるなんて。高校時代、昴が後輩と付き合い出した頃は思ってもみなかった。あの日、諦めて手放してしまったはずの恋が、もう一度赤く燃え上がって、私の心ごと覆い尽くそうとしている。
「昴、好きだよ」
夜半の二人の時間が、ゆっくりと溶けていった。




