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昴は私の切実な視線を受けたからか分からないが、臆することもなく私の前に躍り出て、テレビ局のカメラとマイクの前に立ちはだかった。
「悪いけど、彼女のプライベートを勝手に撮らないでください。撮るなら事前にアポとってきてください」
凛とした声色に、胸がきゅんと鳴る。後ろ姿しか見えないけれど、昴は今、キリッとした表情をテレビ局のひとたちに向けているに違いない。
「き、きみはもしかしてハナの恋人さん?」
「僕の話、聞こえてますか? 星見里の魅力を世に広めてくださるのは嬉しいのですが、今日のところはお引き取りください。みなさんも、もし自分が見知らぬ誰かから突然カメラを向けられたらどう思うか——想像してください」
昴の一言に、私を囲っていたひとたちがさっとスマホを下ろした。圧倒的な正論を前に、誰も何も言い返せない様子だった。一人、また一人、とその場を離れていく。最後に残ったテレビ局のひとたちも、申し訳なさげに眉を下げながら、なんとも言えない表情で立ち去っていった。
りんごの木の下に残された私と昴は、澄み渡る空の下、どっと息を吐き出す。
「はあ……。さっきの野次馬、びっくりしたな」
こういうことに慣れていないであろう彼は、両肩をぐるぐる回しながら私のほうを振り返る。
「う、うん。でも……守ってくれて、ありがとう」
「いや、当然のことをしただけだけど。……波奈があんなふうにコンテンツ化されて、消費されるのを見てらんなかった」
“コンテンツ化”
“消費される”
昴の口から飛び出してきた言葉が、私の胸を深く穿つ。
そうか……私、ずっとそういう世界で生きてきたから気づかなかった。自分の生き様をコンテンツとして消費されるのって、当たり前のことじゃない。むしろ、人生でそんなことが起こることのほうが少ない。
「昴——」
昴は、どういう気持ちで今まで私が役場に足繁く通い、SNSを更新するのを眺めていたのだろうか。呆れているのかと思っていたが、本当はそうじゃなかったのかもしれない。
「ごめん。出過ぎた真似をしてるって自覚はあったんだ。だけど、波奈のことが心配でさ……。ここんところ毎日役場に行ってるだろ? その、だめとは思わなかったけど、星見里に来てまで、やっぱり自分をコンテンツにしないと生きていけないのかなって心配してた。波奈が自分を切り売りすることで収入を得ているのももちろん理解してるつもりだった。でも俺は、単に波奈の友達として——いや、違う。好きなひとが、画面の向こうの世界にばかり目を向けて、俺のことは二の次、三の次なんじゃないかって思うと、不安だった」
“好きなひと”
昴が確かに私のことをそう呼んだ。聞き間違いじゃ、ないよね……? 昴が心配していたのは、私がデジタルに依存していたことそのものだったはずなのに、いつのまにか、私の気持ちが自分に向いていないって感じて、不安に思っていたの?
「なに、それ」
なんだろう、この感じ。胸にとくりと灯火がともっていく。温かくて切なくて。かつて彼に抱いていた気持ち以上に、私の中で燃え上がる恋心が、爆発しようとしていた。
「昴の気持ちも、りんごの赤色と一緒だったってこと?」
「え?」
分かりにくい喩えを口にしたのは、もちろん直接言語化するのが恥ずかしかったからだ。
昴は、きょとんと目を丸くして、それから「ふっ」と吹き出して笑った。
「まあ、そういうことだな。俺、波奈のこと好きだったよ。過去形じゃない。今も、好きだ」
まっすぐな彼の気持ちを受けて、心の隙間が幸福で満たされていくようだった。
ああ、そうか。私、ずっと何かが足りないと思っていたんだ。足りないのは、好きなひとからの「好き」の気持ちだった。どんなに新しい恋を始めても、昴への気持ちはずっと眠っていたんだから、満たされるはずがなかったんだ。
「私も好きだよ。十年前から好きだった」
「それ、なんかいいな。十年愛ってか」
「昴も一緒でしょ。てか今更遅すぎっ」
「遅すぎなんてことはないだろ。今からでも十分間に合うよ」
何がどう「間に合う」のか、詳細を聞かなくてもまあなんとなくは想像がついた。
「でも昴、大丈夫? 私と一緒にいたら、さっきみたいなこと度々起こるよ。きっとさっき写真撮られたの、今晩にはSNSに上がってると思う。いい感じに昴と一緒のところをさ、こう恋人っぽく編集してあることないこと書かれるんだよ」
「別に、気にしねえ。それに俺たち今日から恋人だし、間違ってないじゃん」
「え!?」
今日一番の驚嘆の声を上げた。昴は、「なんだ、恋人にならねえの?」と不思議そうな、それでいて意地悪そうな表情を浮かべている。
「な、なる! なるなる! 恋人っ」
自分で面と向かって「恋人」と口にするのがこんなに恥ずかしいことなのか——今の私の顔も、きっと木になっているりんごと同じくらい、いやそれ以上に真っ赤になっていることだろう。
「お、おう。じゃあ、あたらめてよろしくな。波奈」
「……はい。よろしくお願いします」
まるで結婚の申し入れを受け入れたかのような恭しいやりとりに、むず痒さを覚えた。昴は「そういえば」とまださっきの話が終わっていなかったように続ける。
「もし……波奈が嫌じゃなかったら、の話なんだけど」
「え、なに?」
ひどくあらたまった物言いに、私はきょとんと聞き返す。
「その、さっきみたいに波奈がこれからもプライベートを勝手に抜き取られて、コンテンツ化されてるのが俺には耐えられない。だからさ……オフラインでも輝ける場所を、一緒につくらないか?」
「え?」
どういうことだろう。
オフラインでも一緒に輝ける場所?
昴が言わんとしていることがよく分からない。
目を丸くしたままの私を見て、昴はニッと歯を見せて笑った。




