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そして今日、十月十二日、日曜日。
私は昴と、とあるりんご農園にやってきていた。
「ながしま農場」。あの、星見高原のロープウェイの受付をしている長嶋さんの家が運営している農場である。長嶋さんも、農家とロープウェイスタッフを兼任していた。
「ちーっす」
私と昴が農場に顔を覗かせると、長嶋さんが軽い口調で片手を上げた。
「長嶋さん、今日はよろしくお願いします」
昴が恭しく頭を下げるのにつられて、私も「よろしくお願いします」と挨拶をした。
「ちょうど今収穫時だからかなり甘いのが採れると思うよー。何個でも採ってよし! じゃあ楽しんで〜」
特に収穫の仕方などの説明もなく、長嶋さんは小屋へと戻っていく。たぶん、相手が私と昴だからだろう。私たちのすぐ後にやってきた観光客には一から説明をしていた。
緑の葉っぱの中に点々となっているりんごの木は緑と赤のコントラストが美しい。たくさん実がなっている木の下まで行って、昴が一つのりんごをひょいと掴む。
「これ、めちゃくちゃ甘そう。採ろうか」
「う、うん」
りんご狩りなんていつぶりだろうか。小学生ぐらいの時に家族で行ったような気もするが、それ以来初めてな気がする。
昴は真っ赤なりんごに手を添えて、少し傾けながら手首を少し捻った。ぷつん、とあっけなくりんごが枝から離れる。
「簡単だろ」
「そうだね。ハサミとかも使わなくていいんだ」
「そうそう。ほら、波奈もやってみ」
促されるがまま、甘そうなりんごを見つけて昴と同じように手首を捻ってみる。稲を収穫した時とは違って初心者でも簡単に採ることができて嬉しい。
「お、いいじゃん。ちょっとそれ貸して」
昴に言われてりんごをはい、と手渡す。自分のりんごと私のりんごを二つ手にした昴は、二つのりんごを私の両頬に押し当てた。
「ほら、これ波奈のほっぺみたい」
「え、ちょ、何言って!? ばか!」
二つのりんごを取り上げると、けたけたと笑っている昴に投げるポーズをとる。さすがに実際に投げるのは踏みとどまって、むっとした表情で彼を睨んだ。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん。面白かっただけだって」
「恥ずかしいからやめてって」
頬を膨らませて怒ると、また「りんごみたい」と笑うのでぷいっとそっぽを向いた。
昴と一緒にいると、高校時代に戻ったみたいに感じるな。
お互いに茶化し合って、ばかとかあほとか、小学生の悪口みたいなことをたくさん言ってしまう。
私たちはそれからも、ふざけ合いながらりんごを収穫した。いくらでも採っていいと言われたので、制限時間を決めてどちらが多く採れるか、なんて遊びを交えながら。久しぶりに童心に帰ったようにはしゃいでいた。
そろそろ終わりにするかー、と遠くから籠にいっぱいのりんごを抱えた昴が私に声をかけた時だ。
「もしかしてハナさんですか?」
りんごの収穫に夢中になっていて気づかなかった。三人組の男性が、私のすぐそばまで迫っていることに。後ろから声をかけられてはっと振り返る。
「は、はい。えっと……」
三人のうち一人は大きなカメラを抱えている。もう二人はマイクを。一目でテレビ局のひとたちだと分かった。
「おお、やっぱり! インフルエンサーのハナさんが星見里で暮らしていると話題で、僕たちインタビューに来たんですよ」
「よかったら教えてくれませんか? 星見里の魅力!」
昴が異変に気づいて、私の元へと駆け寄ってくるのが視界に入った。だが、昴よりも先に他に収穫をしていた観光客たちが「なになに?」と興味津々にこちらに近づいてきて、昴の姿は他のひとの身体で埋もれて見えなくなった。
「え、ハナじゃん?」
「本当にいたんだ!」
「ハナ探してたからこんなところで見れてラッキー」
観光客が口々に私の名前を呼ぶ。さらにスマホでカメラを構えるひとたちまで現れた。咄嗟にカメラから顔を背けたが、全方位囲まれているため、目を逸らした先で別のカメラにカシャリ、と写真を撮られてしまった。
どうしよう。
写真を撮られるのは慣れている。でも、こういう取材はきちんとアポを取ってからやってほしい。
「ハナさん?」
テレビ局のひとが私の顔を覗き込む。近い。何か言わななければと、思うのに、喉が塞がってしまったみたいに声が出てこない。
「ハナさん一緒に写真撮ってくださいー!」
「僕のYouTubeに一緒に出てくれませんか?」
自分で星見里に滞在していると発信したのは間違いない。でも、許可もなくカシャカシャと写真を撮られるのは本望じゃなかった。
私をコンテンツ化しようとするひとたちの目がぎらぎらと光っているように感じられて、恐怖が身体を覆い尽くす。あれ、私、どうしてだろう? これまで自分を魅せる仕事をしてきたはずなのに、こんなことで怖いと感じてしまうなんて。
助けて、と掠れた声が口から漏れた。そばにいたひとたちは「ん?」と私の言葉を聞き取っていない様子だった。
動悸がして汗が止まらなくなったとき、「波奈」と私を呼ぶ声がすぐそばで聞こえた。「ハナ」も「波奈」も耳で聞いたら同じ名前のはずなのに、その声は——昴の声だけは生身の私を呼んでいるのだと分かって、すぐに反応できた。
「昴」
私は咄嗟に彼の名前を呼んだ。男性の名前を口にしたことで、野次馬たちが一斉に昴のほうを振り返る。やってしまった、と思った。以前、SNSで出会った男性と一緒に歩いているところを女子高生にパパラッチされたことを思い出して胸が軋んだ。
昴、早く逃げて——。
頭ではそう思うのに、心では「そばにいてほしい」と身勝手なことを願っている自分がいた。




