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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第二章 星をかたるひと

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2-6

「こんにちは〜」


 こういう時、田舎なら「ごめんください」と言うのだろうか——なんて、生産性のないことを考えた。


 扉を開けてから、しばらく誰も姿を現さなかった。 

 さっきの食堂と同じようにもう閉まっているのか、それか今日は休業日かもしれない、と考えていたところで、二階から「はあい」という女性の声が聞こえてきた。


「お待たせしてごめんなさいね。まあ、綺麗な方。おひとり?」


「は、はい」


 階段から降りてきたのは、優しそうな目をした四十代ぐらいの女性だった。

 さらりとした綺麗な黒髪が特徴的で、推定年齢以上に若々しく見える。そういえば、村長の木川さんも全然老いを感じさせない見た目をしていた。星見里の住人は皆、若々しいひとばっかりなんだろうか。アラサーの私のほうがなんだか歳を食っているように感じられて、自然と首をすくめた。


「お好きな席にどうぞ。今、お冷をお持ちしますね」


 女性に促されるまま、席を選ぶ。どこも空いているが、なんとなく座敷にいちばん近いテーブル席についた。


「はい、どうぞ。メニュー表はこちらになります。後ほどまた伺います」


「ありがとうございます」


 当たり前だが、接客はいたって普通だ。ただ、都内の激混み喫茶店に比べると、ゆったりとした時のなかで落ち着いてコーヒーを淹れてくれるような気がする。都会の喫茶店は働いているスタッフからしたら魔窟のようなものだろう。


 メニュー表を開いて、とりあえず食事一覧に目を通す。喫茶店なので食べるものがないかもしれないと少し不安だったが、サンドイッチやおにぎり、デザートはひと通り揃っていた。本当はもっとボリュームのあるものを胃に納めたいけれど、背に腹は変えられない。私は、「おにぎりセット」とホットコーヒーを注文した。組み合わせ的にどうなのというツッコミは受け付けない。コーヒーは食後に持ってきてくれることになった。


「お待たせしました。『おにぎりセット』です」


 差し出されたお皿にちょこんと乗せられた二つのおにぎりは出来立てのようで、ほくほくと湯気がたちのぼっていた。海苔はおにぎりの下に敷いてあって、自分で巻くスタイルらしい。お皿の端の方にたくあんと、柚子胡椒がこんもり乗っている。たくあんは分かるけれど、柚子胡椒がついてくるのは新鮮だった。


「いただきます」


 艶々のお米を見て、もう我慢することはできなかった。

 添えられていた海苔でおにぎりを綺麗に包み込むと、豪快にぱくりとかぶりついた。

 アツアツほくほくのお米が口の中にぎゅうぎゅうに押し込まれる。絶妙に塩気が効いていて、やわらかさも私好み。パリッと小気味よい音を立てた海苔からは新鮮な匂いが漂う。むしゃむしゃと咀嚼して飲み込むと、たった一口だけなのに異常なほどに満たされた気分になった。そのまま、我を忘れて掻き込むようにして残りのおにぎりを食べる。甘い昆布の佃煮が入っていて、それもまた美味しかった。二つ目のおにぎりも勢いよく食べ尽くした私は、お腹をさすりながらはっと我に返る。店員さんが、にこにこと微笑みながらこちらを眺めていたのだ。


「す、すみません。意地汚くて……」


 無我夢中でおにぎりを食べる姿を見られてしまったことが恥ずかしくて、カメが殻に籠るように首を縮こませる。


「いえ、いいのよ。むしろあまりに豪快な食べっぷりに見惚れていたぐらい。自分がつくった料理を夢中に食べてくれるところを見ると、幸せな気持ちになるの」


 温かい言葉だ。私は、誰かに自分の手料理を振る舞ったことはおろか、自分の食事すらコンビニやスーパーで買ってきた出来合いのおかずで済ませることが多い。だから、彼女のその気持ちは私にとっては新鮮で、目から鱗だった。


「そういうもんなんですか」


「ええ。誰だってそうだと思うわ。あなたのお母さんだってきっとそうよ」


「そっか……。そうですよね」


 実家で暮らしていた頃、母の手料理は毎日当たり前に出てくるものだった。

 でも、母の作ったご飯を食べながら、ひとことでも「おいしい」と笑ったことはあっただろうか。

 あまり思い出せないけれど、学生だった私は、たぶんむすっとした顔で義務感に駆られて食べていたんだろうな……。

 そう思うと、母に申し訳ない気持ちになる。今すぐLINEでもして「お母さんのご飯がまた食べたい」なんて殊勝なメッセージを入れる素直さもなく、ただ店員さんの心遣いに感服するばかりだった。

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