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「おにぎり、本当においしかったです。ごちそうさまでした」
「こちらこそ食べてくれてありがとう。おにぎりのお米はね、うちの畑で作ったものなの」
「そうだったんですね。星見里に来るのは二回目なんですが、みなさん自給自足生活が当たり前のようですよね」
「ええ。魚介は川魚しか獲れないけれど、お米や野菜なんかはほぼすべて地産地消よ。都会じゃ考えられないでしょ?」
「は、はい。……て、私が都会から来たってお話しましたっけ」
「見れば分かるわよ。あなたみたいなキラキラしたべっぴんさん、この辺にいないもの」
「はは……」
言われ慣れているはずなのに、一対一で素直に褒められているのが照れ臭くて、反応に困っていると、店員さんが食後のコーヒーを運んできてくれた。
「温かいうちにどうぞ。ゆっくりしていってね」
「はい。ありがとうございます」
差し出されたカップになみなみと注がれたコーヒーの水面に映り込む自分の顔は、昨日よりやわらかに見えた。
コーヒーを飲みながら、帰りのバスのことを考える。予約をしようとスマホでSafariを開こうとしたけれど、「ネットワークに接続できません」という画面が表示されて、はたと気づく。
「圏外じゃん……」
久しぶりに目にした「圏外」という二文字に胸がざわつく。『ベストツーリズム』さんと来たときはスマホに触れることがなかったので気づかなかった。山間の村だから、圏外になっていたとしてもおかしくはない。
「あの、ここってWi-Fiはありませんか?」
店員さんに尋ねる。レジの奥でゴソゴソと仕事をしていた彼女は「わいふぁい?」と異国の言葉でも聞いたかのようにきょとんとしている。
「なぁに、それ。都会で流行ってるデザートかなにか?」
ギャクではない。本気で知らないようだ。そんなことがあるのか。
私は、平静を装いつつ、「なんでもないです」とWi-Fiを諦める。
まじか……。
どうすればいいのだろうか。
途方に暮れていたところで、「お店を出てネットが繋がる場所を探そう」と決意する。それしか方法がない。だって星見里に暮らしているひとたちだって、ネットは必要でしょ? まったく繋がらないはずがない。
なんとか自分にそう言い聞かせてコーヒーをもう一口、口に含んだときだ。
「三上さんこんにちはー」
ガラガラッ、とお店の扉が勢いよく開かれたかと思うと、外から入ってくる人物に目が釘付けになった。
すらりと細い体躯に、長身の背丈。前髪から頬にかけて汗が滴り落ちている、つなぎ姿の彼。
城山昴が、店員さんのほうに白い歯を見せて笑っていた。
「あら、昴くん。来てくれたの」
「はい。ちょっと疲れたんで、休憩に」
「それはありがとうね。好きな席どうぞ」
「はーい」
常連客の風格で適当な席に着こうとした昴が、私の存在にようやく気づく。
「え、波奈!?」
ぎょっと見開かれた目に映る、困惑顔の私。
前回会った時は、北村さんたちに大人の対応をしていたのに、私と一対一で顔を合わせると、少年らしい素直な反応をした。
「や、やっほー」
右手を軽く挙げる。昴が星見里にいることは知っていたけれど、まさかこんなところで鉢合わせをするなんて思ってもみなかった。でも考えてみれば、狭い地域のことだ。いつどこで知り合いに出会ってもおかしくはないのだろう。
……と、頭の中では冷静さを保ちつつも、胸の中の感情はべつのところにあった。
こんな無防備な姿で昴に再会するなんて恥ずかしい……!
会うならせめて、ちゃんと二人で約束をしておきたかった。
彼はそこまで見えていないだろうに、すっかり満腹になって膨らんでいるお腹に力を込めて無理やり引っ込ませて、いつもやっているように笑顔をつくる。
「まじでどうしたの。また取材? でも他のメンバーはどこに?」
昴がきょろきょろと周りを見回す。が、私がひとりだということを知ると、「プライベート?」と再び問うてきた。
「そう。一人で来たの。悪い?」
「いや、誰も悪いなんて言ってないだろー。むしろ……いや、なんでもない」
「え、なによ。途中でやめないでよ」
なんか、この感じ懐かしいな。
昴と遠慮なく口を利いている。この間再会したのがそもそも何年ぶり、という感じなのに、会話しだすと昔に戻ったようだ。彼の息遣いも会話のテンポも、身体に全部染み付いているみたい。
私たちが会話をしていると店員さん——三上さんというらしい——が、「あら、知り合いなの?」と楽しげに訊いてきた。
「は、はい。高校時代の同級生です」
「あらまあ。それはそれは」
意味深に私たちを交互に見つめて、にっこりと笑顔を向けてくる。おまけに私にウインクまでしてきたので、彼女が考えていることは大体理解できた。
「違いますよ。恋人とかそういうんじゃないです。ただの友達ですっ」
誤解なきように真実を伝えておく。
「そうなのー。でもまあ久しぶりなんだったらぜひ楽しんで〜」
……三上さん、絶対楽しんでるのはあなたですよね?
とはもちろん口に出すことはできず、にっこりと営業スマイルを貼り付けたまま「ありがとうございます」と小さく礼をした。
その後、昴はホットコーヒーを頼むと、あろうことか私が座っているテーブル席の正面に腰掛けた。どうしてここ!? と内心思ったけれど口に出すことはできず、ただ心臓の音トクトクと速くなるのを感じていた。
「あ、ごめん邪魔?」
「いや、邪魔とかじゃないけど」
「じゃあ、目障り?」
「それどっちも大体同じ意味でしょ」
「ぷっ。それもそうだな」
どうしてか吹き出した昴は鼻の頭を軽く掻いた。こうして間近で彼を見るのも新鮮で、さっきからずっと心臓の音は鳴り止まない。
どうしちゃったんだろう、私……。
確かに昴は私の初恋の相手だけれど、それは高校時代の話で。今、彼に対しては旧友としての懐かしさしかないはずだ。それなのに、胸が高鳴っているなんておかしい。




