11.最悪な出来事
どうして人を陥れたい方々は同じ様な顔になるのかしら。さっきまでは可愛らしいお嬢さんだったのに。
残念に思いながらも、ゆっくりと目を合わせ、顔、体、足先まで視線を滑らせる。
「……何か?」
ジロジロ見られるのって不快よね?よく知っているわ。
【とても華奢で羨ましいと思いましたの】
「なに……メイヒュー語?」
はいご名答。ちゃんと聞き取れてるみたいね。
【大丈夫ですよ。確かにその慎ましやかなお胸では意中の男性を振り向かせることは難しいかと思いますが、女性の魅力は体付きだけではないもの。自信を持って?】
「……何ですって?」
だってベニーは巨乳好き。貴方のお胸では彼はお顔を埋められない。あれは本当に恥ずかしいから出来なくていい気もするけど。
それにしても、どうやら彼女はメイヒュー語を聞き取ることは出来てもお話するのは苦手なようね?それではノーランド先生の評価はBマイナスかしら。
【あら。可愛らしいお顔が台無しですよ。でも大丈夫!ささやかなお胸が好きな方もいらっしゃいますわ。あきらめないで?】
「っ、いい加減にっ!!」
やっと腕を離してくれた。でもまさか殴るつもり?貴方と私は同じ伯爵家同士。そうなれば家格ではなく、今の状況、私が招かれた客人であること、そして侯爵家の婚約者よ。かなり問題になると思うけれど貴方は大丈夫かしら。
「凄いですね、メイヒュー語がそこまで堪能だなんて!」
まさかの賛辞が横から入りました。
「カルヴァン!」
あら。パメラ様のお知り合い?
……ん~?でも誰かに似ている気がするわ。
「私はカルヴァン・キングスコートです」
私の視線の意味に気付いたのだろう。自己紹介をしてくれた。
「キングスコート…、公爵?あっ!ブライアン様の弟君ですのね?お兄様によく似ていらっしゃるわ」
「よく言われます。──貴方は」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。シェリー・ハミルトンです。貴方のお兄様のブライアン様と、あちらに居るバイロン様とは同級生でしたの」
「知っていますよ。あの頃兄がとても悔しがっていましたから。優秀な女性を盗られた!ってね」
会長……。私は貴方の為の駒ではありませんから。
「おい。誰が誰のモノだって?」
しまった、面倒なのが参戦してきたわ。
「ベニー。彼のお兄様は私の同級生よ」
「で?」
「貴方達と同じで私達は生徒会の仲間だったの。優秀だったブライアン会長に認められていたなんて光栄だわ」
落ち着いてベニー。ここは貴方の家ではないわ。学園でもない。いくら仲間内でも、それ以外の人の目もある公の場よ?
「……ベニー?」
そっと手を伸ばすと、彼によって振り払われた。
「あっちこっちの男に手を出して……とんだ阿婆擦れだな!」
「おいっ!何を言っているんだっ!!」
……なんてことを…っ!
絶望に目眩がする……。よりにも寄ってここには高位貴族の令息令嬢が何人もいるのに!
「クスッ、かっこ悪っ」
追い打ちのようにパメラ様がわたしを嘲笑った。
……愚かね。自分から崖に飛び降りる様な真似をするなんて。
「パメラ・クアーク伯爵令嬢。2度目の無礼は見逃しませんよ。招待客である私に対しての侮辱的な発言に関してはハミルトン家から正式に抗議文を送らせて頂きます」
「なっ、何の事ですの!?八つ当たりはやめて頂戴!」
チラリとカルヴァン様を見る。観念した様に頷いてくれた。パメラ様よりも兄であるブライアンの方が怖いものね?
「証人は私だ。パメラが無遠慮にハミルトン伯爵令嬢の体に触れ、大変失礼な事を言ったところから見ていた。それを他に悟られない様に指摘して下さったのに。……馬鹿なことをしたね」
「カルヴァン、どうして!?」
「ありがとうございます、キングスコート公爵令息」
「どうぞカルヴァンとお呼びください。兄にも伝えておきます」
こんな小娘のことはどうでもいい。
問題は──
「ベンジャミン・イングラム侯爵令息。貴方の家も同様です。この様な場での侮辱的な発言をハミルトン家は許しません」
「……シェリー……」
今更青褪めても遅い。なぜ、もっと冷静になれなかったのっ!
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。私はこれで失礼させていただきますね」
「シェリー!ごめん、待って!」
「来ないで。今、貴方と話をする気はないの」
すると、カルヴァン様がベニーを止めてくれた。
「なっ、カルヴァン、離せっ!!」
「これ以上彼女に恥をかかせる気か?」
助かります。ありがとう。
「──それでは皆様ごきげんよう」
ニッコリと微笑んで一等丁寧にカーテシーを披露した。そして、しっかりと顔を上げ、優雅に歩き出す。
決して俯かない、泣かない。私は敗者ではないのだから。
「シェリー、うちの馬車を使え」
「……お言葉に甘えるわ、バイロン」
追いかけて来てくれたバイロンの申し出を受ける。だってこのまま侯爵家には帰れない……いえ、帰りたくないわ。
「大丈夫か」
「貴方こそ。私に馬車を貸して婚約者に叱られない?」
「いや。あの男の言葉に憤慨していたから大丈夫だ。心配するな」
「そう。婚約者様に私がお礼を言っていたと伝えて」
「分かった。行き先はハミルトン家でいいな?」
「ええ、お願い」
王都の屋敷には兄夫婦が住んでいる。突然行ったら驚くだろうけど仕方がない。
馬車に揺られながら、これからのことを考える。
たぶん、あんな場で私を阿婆擦れだと罵ったベンジャミンのことを家族は許さないだろう。
「……婚約破棄、かな」
どうしてこんなことになったのだろう。
どうして彼は……
ああ駄目。泣いては駄目よ、こんな他家の馬車で。
これ以上の醜態は晒せない。
今日の噂はどれだけ広がってしまうのだろう。……あっという間だろうな。
これからのことを考えると気が遠くなる。
だって私はもう18歳。あと半年で19歳になる。こんなにも恥ずかしい醜聞が立ってしまったら結婚なんて無理だ。何か仕事を探すべきか。
……好きだったのにな。
ベニーは私の事なんてどうでも良かったのだろうか。よりにもよって阿婆擦れだなんて。
あの一言で私の処女性は失われた。
どうしてこんなことに……
ああ、堂々巡りだ。でも、考えずにはいられない。
どうして、どうして、………どうしてよっ!!
こんな終わりは望んでいなかった───




