10.そして戦いは始まる
「……明日は行けるのか」
「はい。何時頃出発の予定でしょうか?」
あれから、私達はギクシャクしたままだ。
彼に抱いた恋心と政略の意味。
それ等に折り合いがつけられず──
……違う。決めてしまうことへの勇気が持てずにいる。
でも、一つだけハッキリしていること。
私は幸せになりたい。そのために、私は何をするべきなのだろう。
ガタガタと馬車が揺れる。
「……そのドレス、似合ってる」
「ありがとうございます」
「だが……あの時のドレスの方がもっと似合っていた」
そんな言葉に思わず笑みが生まれる。
「そうですね。私もあちらのドレスの方が好きよ」
「それならっ」
「でも、これは私の戦闘服なのです」
「……今から行くのは戦場ではなく、ただの誕生日パーティーだけど?」
社交の経験がないあなたに取ってはただのパーティーでも、私にとっては違う。パーティーとはただ楽しむためのものではなく、今後の礎であったり、自分の立ち位置を決めるための大切なステージなの。
だから、ただ似合うとか綺麗かだけではなく、場に合った衣装を纏わなくてはならないのだけど……。
たぶん、そんな女の戦いは彼にはまだ理解できないのだろう。ベニーにとっては仲の良い学友を祝うだけの場なのだから。
「女性には色々あるのですよ」
だから、こう伝える他ないのよね。
それを聞いてあなたが不機嫌になろうとも。
「……お前はいつも俺を子ども扱いする」
そうだっただろうか? でも、どうやっても彼は未成年で、学生で、三歳下なのは変えようがない事実だ。それを不満に思うのならもっと……
いや、思春期ボーイにそれを言っては駄目な気もする。
最近ようやく気が付いたこと。
彼は父親をライバル視している。
ドレス選びでことさら不機嫌になったのはそのせいなのだろう。中々に失礼な男だ。
その考えは私を、婚約者の父に懸想するような馬鹿女だと侮辱していることに気が付かないのだろうか?
だから迷っている。何が正解か。
「これ、婚約者だから」
「………シェリー・ハミルトンと申します。本日はお招き頂きありがとうございます」
この男は本当にっ! 思春期で全てが許されると思わないでよっ!
腹の中の怒りはおくびにも出さず、笑顔で挨拶をする私はエライ。大人だと褒めてほしい。
「まあ! ベンが婚約したって本当だったのね!」
……もう二年も経ちましたけど。
パメラ・クアーク嬢は可愛らしい女性ね。小柄で童顔。ビスクドールのような少女だ。綺麗に巻かれた淡い金髪にモーブの瞳。デビューしたら男性が群がりそうね。
今の言葉は毒を含ませたのか無知なのか悩むところだけど、ベンジャミンと並ぶ姿はお似合いで泣けてくる。
「もういいだろ、中に行こう」
一番のお子様大賞はきっとこの男だ。なぜ私はコレに惚れてしまったのか。顔? やっぱり顔なのか。
「そうね、シェリー様も行きましょう!」
まあ、許しを得ずに名前呼び? 可愛いから許しちゃうけど今後が心配ね。でも、彼女のこれはあざとい演技な気もする。女性で生徒会役員に抜擢されるような才女が無能だとは思えない。
「はい、ありがとうございます」
いっそのことケリー先生に会いに行って敵情視察したほうがよかったかな。でも、それがバレるとベンジャミンが不機嫌になること間違いなしなのよね。だって、今思えばこの男はケリー先生にも嫉妬していた。彼の中での私はどれだけ男好きなのかしら。
「誕生日おめでとうっ!」
私以外にも婚約者連れがいてホッとする。年上の女性はいないが、男性ならいた。まさかの同級生だった。
「久しぶりだな、まさかここで会うとは思わなかったよ」
「バイロン! 本当に久しぶりね」
「お前が突然飛び級してさっさと卒業しやがったからなあ。こないだセイディにも会ったが、全然遊んでくれないって嘆いてたぞ」
「あら、手紙を書かなきゃ」
懐かしい旧友との会話。ベンジャミンが嫌がるから、最低限しか社交場に出なかったのが良くなかったみたいね。でも、彼もそろそろ十六歳だし、少しずつ顔出ししていかないと。
「でも、あなたがレイクス伯爵令嬢と婚約したなんて知らなかったわ」
「薄情な奴だな。まあ、まだ婚約して半年だけどな」
「可愛らしいご令嬢でよかったじゃない?」
「……まあね」
バイロンは次男だから、婿入りするのだろう。
レイクス伯爵家ならば中々良い縁談だと思うけど、乗り気ではないのかしら。
「どうしたの?」
「……モテる男はつらいのよ」
あ~、ベンジャミンタイプか。
バイロンは学園でも人気が高かった。これで嫡男なら! と思っていた令嬢も多かったみたいだし。爽やかでハンサムな友人は、年下令嬢のハートもしっかり掴んでいるようだ。
「どこも同じね」
「……あ~、悪い。お前のとこのがすっごい目で見てる」
しまったわ。久しぶりに会えたのが嬉しくてやらかしてしまったみたい。でも、お互いに婚約者がいるのよ? 会場内で普通に会話することの何が駄目なのか。
「これは駄目よね」
「……大丈夫か? なんなら説明するが」
「この程度の会話に説明がいるのって普通?」
「あ──……、困っちゃうよな?」
「ね、困っちゃうわね。……ふう。とりあえず、会えて嬉しかったわ。セイディのことも教えてくれてありがと」
「おう、またな」
とりあえずは離れるのが正解だろう。
「シェリー様、お話しましょう!」
途端にクアーク嬢に捕まった。いきなり腕を組まないで欲しい。これが今時の若者なの?
「クアーク嬢」
「まあ! パメラとお呼びください。シェリー様とは仲良くなりたいのです! お姉様になって欲しいくらいですわ」
「……パメラ様」
「はい! シェリーお姉様」
この子、ぐいっぐい来るな⁉
「パメラ様のように可愛らしい方にそう言っていただけて光栄ですわ」
でも止めて欲しいかな~って。
「わ、本当に柔らかい!」
「え⁉ ちょっと、あなたっ」
何? 腕を組みながら、さりげなく胸に触った?
「やらしいなぁ。こ~んなポヨンポヨンのお胸で彼を誘惑したの?」
耳元でソッと毒を流し込まれた。
……やっぱり無知じゃなくてあざといほうか。




