表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/147

ep.97 親友であり、家族

※注意※虐待描写があります。

 



「好きなだけおれ」



 22時を少し過ぎた頃。

 アカネが明日からどうしようかと悩みながらゲームをしていると、部屋から出て来たシオンはアカネの考えを察したのかそう声をかけた。


「いや……さすがにそれは悪いわ……金だって……」


「それは気にしなくていい。お前のおかげで臨時収入あったしな」


「……は?どういう意味だ?」


「初めてあんなに金投げられたわ」


 シオンは複雑そうな顔をしながらスマホの画面を確認した。

 そして、アカネのゲーム画面を見て少しだけ驚いた。


「もうそこまで進めたのか?」


「えっ……ああ、面白くて…………」


「そうか…………とりあえず明日明後日は休みじゃけぇここにいろ。ゲームもいつまでやっとってもええ。このソファ、ベッドになるけぇ眠うなったらここで寝ろ」


 シオンはタオルケットと、歯ブラシをアカネに渡すと欠伸を漏らした。


「お前もう寝るのか?早いな……」


「まだ寝んよ。今から少し勉強する」


「…………そこで?」


「僕の部屋は机が広くない」


「モニターってあんなにいるのか?」


「いらんよ」


 会話はそれだけで終わった。


 シオンはリビングの机で勉強を、アカネはソファでゲームを。


 ペン先が紙を擦る音と、ゲームの音、そしてアカネの小さな唸り声だけが部屋に響いた。


 ――気付けば時計の針が1時を指していた。

 シオンはアラームをかけておけば良かったと眉を寄せて椅子から立ち上がると、ゲームに夢中になるアカネの後ろ姿を見た。


「……おい、僕は寝るぞ。お前は?」


「えっ……やべ!こんな時間かよ!……あー……続き気になる……」


「やっててもいいぞ」


「いや……大人しく寝る。……時津」


「なんじゃ?」


「……ホントに、ありがとな」


「なんも」


 そこから、2人の共同生活が始まった。


 最初はすぐ出て行くと言っていたアカネだったが、その度にシオンは「ここにおればええ」と言って彼を引き留めた。


「…………」

「…………」


「シオンおはよ!」

「ああ、おはよ」


「おっ、作間最近怪我減ったな」

「まぁな」


 シオンのマンションから学校に通う。

 しかし、アカネはこれ以上迷惑をかけられないと、学校ではシオンに関わらなかった。


 しばらくそんな生活が続いた時、


「おい、アカネ。貸したノート返せ」

「……なっ!」


 シオンは家にいる時のようにアカネに声をかけた。

 その場にいたのは撫子だけだったが、アカネは思わずギョッとしてシオンを見た。


「…………ノート貸したの?作間に?」

「……?ああ、分からない所があるとか言って……」

「おいシ……時津‼︎」

「なんじゃ?」


 アカネは慌ててシオンを黙らせるように名前を呼んだが、彼は気にしていない様子だった。


「いつの間に仲良くなったの……?」

「最近。ゲーム貸したら仲良くなった」

「ゲーム?作間ゲームやるの?」

「いや、その…………おい!何話しかけてんだよ!俺はお前が困ると思って――」

「困る?なんでじゃ?……僕ら友達じゃろ?」


 シオンは特にアカネと仲良くなった事を隠すつもりはなかった。


 アカネは学校に他の友達がいる。

 自分は帰ってから話せる。

 だから関わらなかっただけで、特別関わる事を避けているわけではなかった。


 アカネはそれに気付くと、肩の力が抜けた。


 撫子は2人の様子に不思議そうに首を傾げると、アカネに視線を向けて問いかけた。


「仲良いのバレたら困るの?」


「いや……そういうわけじゃ…………そういうわけじゃねぇ……」


「何笑っとるんじゃ、気色悪い」


「うるせーよバカ‼︎」


「なんじゃと⁉︎おめぇ帰ったら覚えとけよ‼︎おめぇの苦手な辛えの夕飯にするけぇな‼︎」


「は⁉︎夕飯⁉︎なに……一緒に住んでんの⁉︎」


「バカお前‼︎」


 シオンの発言に撫子は驚愕の声を上げた。


 結局、仲が良くなった事だけでなく、一緒に暮らしている事も撫子にバレると、いつからか彼女もマンションに遊びに来るようになり、3人はクラスメイトの知らない内に、親友と呼べる程に仲を深めた。


 しかし、


「シオン、そろそろ寝ろよー」

「ん?ああ、もうそんな時間か……腹出して寝るなよ」

「そんなガキじゃねぇよ!」


 シオンとアカネはお互いの弱さを知る相手として、撫子とはまた違う絆で結ばれていた。


 シオンもアカネも、お互いを兄弟のように、家族のように、本当の家族以上に思い合っていた。


「修学旅行かー……いいなー……」


「なに?あんた行かないつもりなの?」


 そんなある日、

 シオンのマンションでゲームをしながらだらけていると、アカネがぽつりと呟いた言葉に、撫子は眉を寄せた。


「行かなきゃ旅費返金されるんだろ?」


「お金が必要なの?バイトも、シオンの手伝いもしてるじゃない……何か買うつもり?」


「違う違う。いつまでもここでシオンの脛かじって生きてくわけにもいかねぇだろ」


「いいと言うに」


 シオンは眉間に皺を寄せてアカネの頭にチョップした。


 方言のことで撫子から人ともっと話せと言われ、ゲームのプレイを見て欲しかったのもあり始めた配信だったが――何故か少しでもアカネの声が入ると投げ銭が飛び交うようになった。


 その金額はマンションの家賃どころか食費の金額にも満たないが、アカネのおかげでシオンの配信を見に来る人が増え、その流れで動画の収益も得られるようになった。


 そこにプラスして、アカネはバイト代をシオンに払うようになり、増えた生活費に苦労する事はなく、父親から何か言われる事もなかった。


 ――アカネが家にいてくれると落ち着く事ができる。

 シオンはできるだけアカネに出て行って欲しくなかった。


「それにこいつに彼女できたらどーすんだよ!家連れて来れないだろ!」


「確かに……ドキドキしながら家行ってこんな男いたらやだわー……」


「ふっ……確かに嫌じゃな」


「何笑ってんだお前‼︎ったく……てか彼女作んねーの?」


「お前らより優先しなきゃいけない存在なんて欲しくない」


 緩く首を振るシオンに、2人は驚いて顔を見合わせた。


「顔あっつ……」


「お前……俺達の前でよくそんな恥ずかしい事言えるな…………あっ!なら撫子でいいじゃん!」


「嫌よ‼︎私はもっと筋肉質な男がいい‼︎シオンは絶対嫌‼︎」


「僕だって嫌じゃ‼︎考えるだけで悍ましい‼︎」


「なんですって⁉︎」


「アカネが撫子と付き合えばいい‼︎」


「やだよ気色悪い‼︎」


「あんた達いい加減にしないとぶん殴るわよ‼︎」


 撫子が歯をギリギリと鳴らして怒るとシオンとアカネは声を上げて笑った。

 撫子は2人の秘密を知らない。しかし、詮索するような事はしなかった。

 だから2人と一緒にいる事ができた、

 だから2人から信頼されていた。

 3人にとって、今の関係はとても心地よかった。



「修学旅行3人で色々回ろうよ!」

「うーん……」

「動画編集の手伝いしろ、給料出してやる」

「甘やかすなよ…………っと、そろそろバイト行かねぇと……」

「今度のバイトは続いてるのね」

「怪我しなくなったからな……ほら撫子行くぞ」

「はいはい、じゃあねシオン」

「気をつけてな」


 2人が部屋から出て行くと、途端に静寂が部屋を包み込む。


「…………そういえば、少しずつ方言抜けてきたな……」


 シオンがぽつりと呟いた声は、静かに部屋に響いて消えた。





 ――――


「っし……帰るか……そういえばトイペ残り少なかったっけ……」


 シオンに確認を取りたかったが連絡手段がなく、悩んだ末に腐る物でもないしとアカネはスーパーへ向かった。


 トイレットペーパーを買って早足でシオンの待つマンションへと向かう途中――


「アカネ」

「‼︎」


 後ろから声をかけられた。

 それは、アカネが今一番聞きたくなかった声。


「お前今どこにいんの?」


 逃げ出そうと思っても足が動かなかった。

 ――アカネに声をかけてきたのは、母親だった。


 彼女はアカネの前に回り込むとどこか楽しそうに笑みを浮かべて彼の肩を叩いた。


「なに?女でもできた?」


「…………」


「あははっ!ウケる!女の家に世話になってんだ?」


 母親はアカネの傷んでパサついていた髪に艶が出て綺麗になっている事、制服が汚れ一つなくアイロンがかけられている事、くすんでいた肌が少し明るくなって綺麗になっている事に気付くと目を細めた。


「その女金持ってんの?」


「やめろ‼︎」


 アカネは思わず声を荒げた。

 そしてハッとして母親の方を見ると、彼女は不愉快そうに眉を寄せてアカネの腕を抓った。


「っ……」


「…………今日は帰って来なよ。ママにその子の話聞かせて?」




「アカネ……遅いな……」


 その日、

 アカネはシオンのマンションに帰って来なかった。




 ――――


「作間は休みか」


「…………」

「シオン、アカネどうしたの?」

「分からん……帰って来なかった」


 スマホを買ってやればよかった。


 アカネの席に視線を向けながらシオンは眉を寄せた。


 バイトが長引いたのだとしても、帰って来ないはずがない。


 嫌な予感がする。

 不安が、シオンの心を強く支配する。


「…………体調不良で早退したい?大丈夫か時津……」


「すみません……」


 シオンは初めて仮病を使った。

 内心バレたらどうしようと思いながらも、アカネが心配だった。


 アカネはきっとあの場所にいる。


 シオンは鞄を掴むと足早に学校を出た。






「…………誰?」


 向かったのはあの路地にあるアパート。

 割れたインターホンは機能しているか不安だったが、しばらくしてあの時見たアカネの母親が扉を開けて顔を出した。


「アカネの友達です……アカネいますか……?」


「ああ……アカネー」


 母親が部屋の奥に向かって声をかけると、痣だらけのアカネが顔を出し、シオンは思わず目を見開いた。


「なん……」

「ああ〜……うちの息子喧嘩しちゃったみたいで〜……まったく男の子ってのは……」

「何しに来たんだよ‼︎帰れ‼︎」


 アカネが声を荒げてシオンを突き飛ばすと、その様子に母親は少し驚いた後、察したのか口元を緩ませた。


「もしかしてこの子?……あははは!ウケる!女じゃなくて男じゃん!だから教えてくんなかったんだ?」


「こいつは関係ない‼︎ただのクラスメイトだ‼︎」


「……は?何その口の聞き方」


「ッ……ホントにこいつは関係ないから…………帰れよ……わざわざ家にまで来やがってキモいんだよ……」


 アカネはシオンを視界に入れなかった。

 シオンに背を向けると、彼は扉を閉めようとノブに手をかけた。

 ――アカネの肩は小さく震えていた。


「……っ」


「な……離せよ‼︎」


 シオンは思わずアカネの手を掴んだ。

 そして体重をかけながら引っ張る――しかし、アカネはびくともしなかった。


「…………何してんの?」


 その様子におかしそうに笑う母親の声が、シオンの体を震わせた。


 アカネを傷付けるその存在が怖かった。


 しかし、同時に強い怒りも感じた。

 必死に引っ張りながらシオンはアカネに目を向けた。


「アカネ、帰ろう」


「帰るってなんだよ……俺の家はここだ……」


「違う……アカネ、行くぞ……!」


「うるせぇな‼︎ほっとけよ‼︎」


「ほっとけん‼︎」


 シオンは声を上げた。


 あの雨の日、

 シオンがアカネの手を引いたあの時と同じ言葉に、アカネの目に少しだけ光が差した。


「よくわかんないけど、アカネ連れて行きたいなら金払いなよ」


「!」


 アカネを止めるように母親が腕を掴むと、へらへらと笑いながらシオンに声をかけた。


「あんた金持ってんでしょ?こいつバイトしてんのに家に金入れないんだよね。 親不孝だよね?」


「知ってるぞ……あんた……ついこの間までこいつがバイトで稼いだ金勝手に引き出してただろ……!あんたが身につけてる物は全部ブランド物……なのにこいつが持ってる物といえば百均やボロい物ばかり……!……何が親不孝じゃ!毒親め!」


「はぁ?」


 母親はシオンの物言いに苛立ちを露わにするとアカネが慌ててシオンを庇うように彼女に体を向けた。


「アカネ……家に入りな」


「…………っ」


「アカネ‼︎」


「…………い、いやだ…………もう……殴られるのも……抓られるのも……物を投げつけられるのも……金を取られるのも……馬鹿にされるのも……言うこと聞かないと殺されそうになるのも……全部いやだ…………あんたのとこに……いたくない……!」


 アカネは涙を滲ませると、震える声で母親にそう言い放った。


 恐怖で体は小刻みに震え、落ち着きなく視線が泳ぐ。

 しかし、アカネはぐっと唇を噛み締めると、シオンの手ではなく、母親の手を振り払った。


「はぁ?」


 母親は顔を引き攣らせると、アカネの頬を強く殴りつける。

 衝撃で後ろに倒れると、シオンも巻き込まれて壁にぶつかった。

 アカネは母親の怒りを露わにした表情、いつも殺されそうになる時に見るその顔を見て、思わずヒュッと喉を鳴らした。


「…………何言ってんだお前……子供が親に尽くすのは当たり前だろうが‼︎産んでもらった恩を返すのが義務だろうが‼︎」


 母親はアカネを踏ん付けると声を荒げた。


 その声に、シオンは思い出した。


 ――恐怖が染み込んで落ちない。

 アカネは前にそう言っていた。


 小さな時からずっと、これが当たり前だったから――彼は母親より大きくなっても抵抗する事ができずにいた。


 これだけ騒いでもアパートの住人が1人も顔を出さないのは、きっとこれがずっと昔から当たり前だったから。


 アカネを助けなければ、

 ――アカネは僕の、友達で、家族なんだ。


「(僕が……アカネを助けなければ……)」


「やめて‼︎」

「!」


 聞こえて来た声に驚いたのはシオンだけではなかった。

 アカネも驚いてそちらに視線を向けると、顔を青くして震えながら母親を睨み付ける撫子の姿があった。


「撫子……」

「あ、アカネから離れて‼︎」

「今度は誰?」

「アカネとシオンの友達よ……!」

「ぷっ……」


 アカネの母親は撫子の言葉におかしそうに笑った。

 そして撫子に近付くと、彼女の胸を指差した。


「どっちが好きなの?」

「は、はぁ……?」

「男と女が友達でいられるわけないでしょ」


 何も知らない者が、自分達の関係を嘲笑った事にアカネとシオンは怒りが込み上げた。


「あなたのちっちゃい価値観で決め付けないで‼︎」


 それは撫子も同じだった。

 母親の前にスマホを出すと、そこには110の数字が表示されていた。


「は⁉︎お前……通報したわけ⁉︎」

「警察すぐに来るから‼︎」


 撫子の言葉に母親は目を見開くと慌てて部屋へと飛び込んで行った。


 遠くからサイレンの音が聞こえて来る。


 撫子は震える足でアカネに駆け寄った。


「大丈夫⁉︎」

「俺より……シオンが……」

「僕は大丈夫…………」

「血‼︎血が出てる‼︎き、救急車まで気が回らなかった‼︎す、すぐ呼ぶから‼︎」


 ――その時、扉が開き鞄を抱えた母親が飛び出して来た。彼女はアカネを睨み付け大きく舌打ちをした。


「…………その目、ホントに嫌い。そんな目で産まれてきたから、あんたは可愛がられなかったんだよ。それでもここまで育ててやったのに……最悪」


 母親はそう言い放つと逃げるようにその場を去って行った。


 呆然とする3人こ元に警察がやって来ると、すぐに救急車もやって来た。


「アカネ……」


「ごめん……シオン……」


「もう、大丈夫じゃ……」


「……ッ……ありがとう……」


 撫子が警察に事情を話し、シオンとアカネは救急車で病院に運ばれた。




 ――――


 その後、

 アカネは保護された。


 全身についた虐待の痕。

 新しいモノから古いモノまで、彼の全身は傷だらけだった。

 アパートの住人からの証言もあり、すぐにシェルターへの保護が決まった。


 シオンは自分のマンションへ来ることを望んだが、それは許されなかった。


「シオン、ありがとな。撫子も」

「私、何も事情知らなくて……っ」

「泣くなよ……もう、大丈夫だから。修学旅行も行くよ。金払ったの俺だし」


 学校に報告はいったが、クラスメイトや他の生徒達に話が広まる事はなかった。


 アカネのボロボロな姿をみても、また喧嘩でもしたのだろうと特に誰も気にする様子はなかった。


 アカネがいなくなったマンションで、シオンは深く息を吐いた。


 寂しくはあるが、あいつは解放されたのだ。



「静かじゃな……」



 シオンは天井を見上げてぽつりと呟いた。

少し改稿しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ