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ep.98 世界が生まれた日

 


「こことここ!絶対行きたい!」


「そんな時間ねぇよ!」


「せっかくの修学旅行なのに!」


「騒がしい……」


「何よ寂しかった癖に」


 その静かさはすぐに終わりを迎えた。


 怪我が治り生活が落ち着くと、また以前のように2人はシオンの家に入り浸った。


 アカネが保護されたシェルターは外泊を禁止している為夕刻には帰ってしまうが――


「ねぇ選べない!」


「選べ!」


 以前と同じような心地の良い騒がしさが部屋を包み込むと、シオンは自然と頬が緩んだ。


「うー……あっ!そうだ!次は私達だけで行こう!」


「高校卒業して仕事就いたらな」


「そしたらシェルター出るの?」


「いや、シェルターはしばらくしたら出てく。次は自立支援……なんとかってとこ行って…………とりあえず踏ん張って卒業して就職、それから家借りるのが目標。……それから分籍……あんま意味ないらしいけど…………」


「僕のマンションに来いって」


「だからお前のマンションはお前のじゃねぇだろ」


「むっ……ならちゃんと僕名義でマンション借りる。そしたら来い」


「どんだけ俺のこと好きなんだよ……」


「私も住みたい!」


「彼氏連れ込めねぇぞ〜?」


「それは困るわね……」


 2人の会話にシオンが笑みを溢すと、スマートフォンの画面が光った。

 通知が表示されると、シオンは眉を顰めた。


「……親父さんか?」


「ああ……修学旅行が終わった後の予定じゃと」


 シオンは父親からのメッセージに目を通すと大きく溜息を吐いた。


「あの人が決めた大学に行く為の学習スケジュールに、経営の――」


「経営って……あんたまだ子供じゃない」


「大学通いながらそこら辺も学ばせる気じゃ。……婚約者の話まで出とる」


「は⁉︎…………ひぇー……金持ちには婚約者いるって本当だったんだな……」


「……3人で、田舎に住まないか?」


「なんだよ急に」


 ぽつりと呟いたシオンの声には、憂鬱さが滲んでいた。


「お前らとずっと一緒にいたい。会社継ぐんも結婚も嫌じゃ……3人で田舎で暮らそう……親父の手が届かんところに…………ははっ、そんなとこないか……」


「…………海外行こう!」


「「は?」」


 撫子の言葉にシオンとアカネは間の抜けた声を漏らした。

 しかし、撫子は良案だと言わんばかりに目を輝かせた。


「海外ならお父さんも追いかけて来るの難しいんじゃない⁉︎それに、アカネのお母さんももう出て来ちゃってるんでしょ?海外ならどっかで偶然会う事なんて絶対ないし!」


「お前なぁ……頭いい癖に頭悪い事言うよな」


「はぁ⁉︎なんでよ‼︎海外で3人で暮らそ‼︎」


「ラスベガス行きたいな……」


「私カジノ行きたい!……そうだ!シオントランプも強いし、もしかしたら一攫千金狙えるんじゃない⁉︎そしたら海外でずっと暮らせる‼︎」


「トランプ?お前トランプも強いの?」


「ふっふっふっ……僕はゲームと名のつくものならなんでも強いぞ!試してみるか?」


「ポーカーやろポーカー!」


「ルール知らねぇよ!」


 撫子の案は、夢のようだった。

 叶えば、恐怖やしがらみから解放されて3人がずっと一緒にいられる。


 無茶苦茶な話だ。


 しかし――



「叶ったらいいのに」


 ポーカーのルールを教える撫子と一生懸命覚えるアカネを見て、シオンは悲しげに笑みを浮かべた。



 ――――


「お前らそんなに仲良かったっけ?」


「マブダチじゃ」


「…………お前そんなキャラだっけ?」


 修学旅行当日、

 バスの席は自由だった為、3人は横並びに座った。


 窓側にシオン、その隣にアカネ、そして撫子が座り、楽しく話す3人にクラスメイトは不思議そうにしていた。


 シオンはその頃には方言が殆ど抜けていた。

 語尾が“じゃ”なのは相変わらずだが、そのおかげでクラスメイトと少しずつ話せるようになり、撫子やアカネのお陰もあって、嫌がらせもなくなった。


「アカネ、お前目つき悪いんだから気を付けろよ〜?喧嘩なんてしたら1人寂しくご帰宅だぞ〜!」


「うるせーぞ和真!その為に眼鏡持って来てんだろーが!」


「その似合わない眼鏡……そういう事?」


「目つき悪いの分かりにくいだろ?」


「コラお前ら!ちゃんと座ってろ!」


 眼鏡をくいくいとさせて笑うアカネを見て、シオンは眉を寄せ眼鏡を取り上げると胸ポケットにしまった。


「おい!返せよシオン!」


「かける必要ない」


 シオンは、アカネの母親が彼に向かって最後に放った言葉を思い出し、胸ポケットにしまった眼鏡を服の上からぎゅっと握り締める。

 そしてじっとアカネを見ると、彼は気まずそうに視線を泳がせた。


「なんだよ……」


「僕はお前の目好きだぞ」


「…………き、キモッ」


「おい!言い過ぎじゃろ!」


 気恥ずかしさから出た言葉だった。


 初めて言われた。


「あれ……」


 ――アカネの目からぽろぽろと涙が溢れると、シオンはギョッとした。

 慌ててタオルをアカネの顔を押し付けあたふたとしていると、アカネはおかしそうに笑った。


「間抜け顔……」


「な、なん……!」


「ちょっとシオン!何泣かせてんのよ⁉︎」


「違う!ぼ、僕は……」


「……ははっ、シオンお前――」


 アカネが笑い声を溢した次の瞬間――

 甲高いブレーキ音と共に宙へと投げ出された。


 何が起こったのか分からなかった。


 叩きつけられ、強い痛みが全身を襲った。


 息ができない。


 アカネの目の前には血の滴る撫子の髪。

 そして、ガラスがいくつも突き刺さり動かないシオンの姿。


 ――撫子もシオンも死んでる。

 そして、自分も死ぬ。


 すぐに分かった。


 ふと思い浮かんだのは、シオンと撫子の笑顔。


 アカネは自分の腕を引くシオンの後ろ姿を思い出し、虚な瞳から涙を溢した。



「3人で……海外……行きたかったな…………」



 ぽつりと呟いた3人の夢。


 しかし、実現は無理だっただろう。


 だから――シオンが望まない未来を生きる事がなくなって、少しだけ安堵しながらアカネは意識を手放した。





 ――――


「アカネ‼︎」


「⁉︎」


 アカネが目を覚ますと目の前にはシオンと撫子がいた。


 周りにはクラスメイト達の姿もある。


 アカネはその状況についていけず困惑した。


「夢……?」


「分からない……ただ、目を覚ましたら…………」


 シオンは辺りを見回した。

 そこは空も地面も、何もかもが白い非現実的な景色が広がっていた。


「事故ったよね……?私達……死んじゃったんだよね……?」


 死後の世界――そう言われれば納得できる程、目の前の景色は異様だった。


 不安そうにする撫子の背中をアカネが軽く叩くと、目の前に見知らぬ男が現れた。


 この景色に溶けるような白い髪、異様な雰囲気、そして山程あるその男の大きさに、彼らは体を凍り付かせた。


 その男はシオン達を見て悲しげに眉を下げると、低くもよく通る声で話し始めた。


「哀れな魂達よ……どうか私に償いの機会を……」

「は……?」


 その男が彼らの前に手を翳すと、何もない空間に渦が巻き、先程まで乗っていたバスが事故を起こす映像が流れた。


 大きな事故だった。

 バスは突っ込んで来たトラックにその車体を大きく歪ませ、煙を上げている。

 少しして炎が大きく爆ぜると、クラスメイトの何人かが悲鳴を上げた。


 男はその映像を消し、悲しげに目を細めた。


「本来ならば、君達はこのような死に方をする事はなかった。しかし、歪みが起こり、このような悲劇が起こった。……歪みの発生に気付くのが遅れた私のせいで……君達は死んだ……」


「歪みってなんだ……?」


「分かんない……」


「やっぱり、死んじゃったんだ……」


 撫子がぽつりと呟くと、クラスメイトの何人かが泣き声を上げた。

 シオンはぐっと顔を歪ませ、男に問いかけた。


「あなたは神様ですか?」


「……そうだね、うん、世界を創ったモノが神だというなら、私は神だ」


 神は笑みを浮かべるとその体を小さくして泣きじゃくるクラスメイトの側に行き、髪を撫でた。


「私の可愛い子供達…………生を全うできなかった哀れな子供達…………どうか償わせて欲しい」


 神は軽く手を振った。

 すると、神の周りに小さな光が多く集まった。


「歪みに巻き込まれて死んだ君達は、輪から外れてしまった……生まれ変わる事はできない。しかし、ただ彷徨い、消えるのを待つ魂として在り続けるのはあまりに酷だ……

 だから、そんな君達に世界を与えよう」


 神は周囲に浮かんだ光を彼らの元に運んだ。


「巡る魂ではなく、君達には神となってもらう」


「神……?」

「どういう事?」


「海を創り、空を創り、陸を創り、そして生き物を生み出し、自分達の望む世界を築き上げる事を許す」


 神の言葉は理解できなかった。

 顔を見合わせてクラスメイト達が不安を口にすると、教師が声を上げた。


「あ、あの!もしかして……シュミレーションゲームみたいな事ができるんですか?」


 誰もが困惑する中、目を輝かせて神に問いかける教師の姿にシオンは眉を寄せた。


「シュミレーション……ああ、そうだね…………そんな所だ。君は意欲的だね」


「自分だけの世界……!どうせこのまま消えるなら……!」


 教師はどこか興奮した様子で、疑う事もなく光に手を添えると、彼は吸い込まれてしまった。


 悲鳴を上げるクラスメイトを神が宥めると、中を覗くように言った。


 光の中を覗くと、そこにはまるでゲームをするように大陸を作り始める教師の姿があった。


「中に入れば何ができるかすぐに分かる。おや、彼は魔法のある世界を創るようだね」


「魔法……」


 アカネはぽつりと呟いた。

 シオンがその呟きに気付いて視線を向けると、彼はどこか期待の籠った目をしていた。


「…………このままここに残ってたら……消えちゃうんですよね……?」


「そうだね……すぐではないけど……」


 クラスメイト達は、楽しそうに世界を創り上げていく教師に触発され、次々と周囲に浮かぶ光に触れた。

 中には何人かで一緒に光の中へ入っていく者もいた。


「残るは君達だけだね。どうするんだい?」


 シオンとアカネ、そして撫子は最後まで残った。


 撫子はずっと顔色が悪い。

 シオンは撫子の手を握ると、アカネの方を向いた。


「アカネ……」

「……一緒に行こうぜ」


 アカネは撫子のもう一方の手を握り笑みを浮かべた。


「海外じゃないけどさ……ここなら何のしがらみもなく3人でいられる」



 アカネの言葉に撫子は顔を上げた。

 そしてシオンとアカネの顔を交互に見た後、眉を下げて苦笑を浮かべた。


「……シオンとアカネがいてくれるなら……うん、怖くない……一緒に行く」


「怖かったのか?」


「ちょっと!揶揄わないでよ!」


「撫子はなんだかんだ言って怖がりじゃからな」


「おっ、シオン早速神様っぽい口調でノリノリじゃねぇか」


「ぷっ……あはは!確かに!神様っぽいかも!」


「揶揄うな‼︎」


 3人は顔を見合わせると、小さく頷き合った。


「一緒に行こう」


 笑みを浮かべる3人に、神は手を叩いて光を引き寄せた。


「いいね……君達の世界が素晴らしいモノになる事を願ってるよ」


「フンッ……都合のいい事を……」


「ちょっとシオン‼︎神様すみません‼︎どうかシオンを消さないでください‼︎」


「ふふっ……気にしていないよ」


 シオンは神を睨み付けた。


 新しい世界がなんだ。

 本来死ぬはずのなかった自分達が死んだのはこいつのせいだ。


 なのに誰もがすぐにそれを忘れて目の前の世界に夢中になっている。


 シオンは神に対して不愉快さを隠しはしなかった。


 神はそんなシオンに口元を緩ませ、目を細める。


「君達の創る世界がどうなるのか、楽しみだ」


 3人は光に手を触れた。







 ―――


 気付くと3人は黒い世界にいた。


 空も海も陸も、何もない。


 しかし、恐怖はない。

 そして、どうすればいいのかも、すでに分かっていた。


 アカネは神から創造の力を持つ石を額に、

 シオンは時を操る力を持つ石を右手の甲に、

 撫子は死の力を持つ石を左手の甲に与えられていた。


「大陸だろ?それから……」

「空を忘れてどうする。太陽と月は必要じゃ」

「海もね!」

「なんで俺が創造の力なんだよ……」


 アカネは2人につつかれながら、

 この世界に海を、空を、そして大陸を創った。


「すごっ!ホントにできた!……あれ、でもなんか見覚えあるわね……」


「お前これゲームの……」


「仕方ねぇだろ!いきなりオリジナルの大陸創るなんて無理!」


「あははっ、確かにね!いいじゃんこれで!次はどうする?生き物?」


「生き物……やっぱりまずは人間……?」


「食料になる動物とか植物が先じゃないか?」


「あっ、そうか……うーん……とりあえず海に魚とか色々……後、陸地に植物と動物……それから…………って何種類考えなきゃいけないんだ……?」



 3人は顔を見合わせ、独自にそれらを創り出す事の難しさに頭を抱えた。


「も、もう……私達の世界の動植物で良くない……?」

「だな……」

「じゃが、全ては覚えてないぞ……」


「真面目だね、君達は」


「うわぁ‼︎か、神様‼︎」


「ふふっ……困っているのなら私の知識を貸そう」


 神は知識を本にして3人に渡した。


 3人の世界は元の世界に比べて小さい。


 図鑑を見ながら厳選し、植物や生き物をアカネが作り、撫子がそれらに魂を込め、シオンが寿命を与えた。


 そして――


「お、おお……!動いた!」


「すごい……」


 3人は世界に最初の人間を生み出した。


「どんどん増やそう!」


「ねぇねぇ!せっかくならファンタジーな種族も増やそうよ!ムキムキな獣人とか!」


「なら魔物とかもいいな!スライムとかゴブリン……」


「え〜……ゴブリン……?」


「ゲームに出てくる定番キャラじゃん!……シオン、お前はどんな種族増やしたい?」


「ゴホンッ……ずっと考えていたんじゃが、エルフはマストじゃ。そして、僕が考えたのはそのエルフの中でも特別な存在……緑髪で右手の甲に魔法を使うのに必要なエネルギーを蓄えられる石を持ったマナエルフという――」


「なんでそんな早口で話すんだよ……なんかキモいぞ……」


「うん、キモい」


「なんじゃと⁉︎」


 腹を立てるシオンを見て2人はおかしそうに笑った。


 人間だけでなく、魔物や亜人を世界に多く誕生させ、シオンの時を操る能力で時間を進め、世界が発展していくのを3人は見守った。


「なんか……可愛いね」


「流石に情が湧くな」


「ああ……子供ができると、こんな気持ちになるのかな」


 アカネの一言に、シオンと撫子は口を閉ざした。


 そんな2人にアカネは苦笑を浮かべると2人の肩に腕を回した。



「んな顔するなよ!もう何年経ったと思ってんだ!…………あれ、どのぐらい経った?」


「この世界では500年じゃが……時の流れが違うからな……」


「大体3年程経っているよ」


「あっ、神様だ!」


 不意に現れる神、しかしもうそれにも慣れた。

 撫子は神に懐いていた。

 神が現れると嬉しそうに駆け寄っていつも何かを話している。


 シオンは神と撫子が話しているのを気にしながら、アカネを見た。


 アカネは慈愛に満ちた目で、世界を見下ろしていた。


「…………俺はお前らを大切に、育ててやるからな」


 ぽつりと呟いたアカネの言葉に、シオンは世界を見下ろして小さく笑みを浮かべた。


「神様、どうかしたんですか?」

「ん?」

「なんだか、楽しそうな顔してたから……」

「ああ…… 少し、ね」

「……?」


 神はアカネを見つめ、笑みを濃くした。

 そしてそれを隠すように口元に手を添えると、撫子の頭を撫でた。


「この世界は長く続くといいが……」


少し改稿しました。

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