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ep.87 魔王ナスタチウム

 


「ま、魔王がなんでこんな所に……!」


 慌てて武器を構えて魔王を睨み付ける。

 魔王は虫を払うように手を動かし「そんな睨むんじゃねぇよ」と四葉にやめるように言うと煙草の灰を落とした。


「……今俺のとこには口うるせぇのがいるから嫌で出て来たんだ。んで、お前らが近くに来てるって分かったから、今回は俺から出向いてやろうと思って黒の森に来たんだが…………飛んで来るんだもんな、焦ったぜ」


「…………」


「おいおい、そう殺気立つな……」


 魔王は吐き出した煙を追って視線を上に向けると笑みを浮かべた。


「お前ら面白い話してたな」


「!」


「神を殺すつもりか?」


 シオン達に知らせたいが、何度呼びかけてもクロッカスの声が聞こえない。

 どうすればいいのか――


 返事をする事ができず顔を歪ませる2人に、魔王は気怠そうだった目を輝かせ、膝に頬杖をついて煙草を指で軽く揺らしながら笑いかけた。


「おいおい、それは肯定してるのと同義だぜ。とんでもねぇ事を考える勇者もいたもんだ」


「……黒の神に伝えるつもり?」


「ん?……まさか、あいつが降りて来てるのも把握してんのか?お前達どこまで知ってる?」


「それを教える義理はない!」


 四葉の言葉に魔王はまるで子供のように下唇を突き出して拗ねた表情を見せ、また角を指先で掻くと唸り声を上げた。


「…………確かにな。そうだ、教えてくれたらお前らにもいい事を教えてやろう。何がいいか……」


「必要ないわ」


 オリビアは言葉で魔王を突っぱねてマナを流し込んだ種を飛ばそうとした。

 しかし――


「まぁ落ち着けよ」


 鼻の先に煙草の匂いが纏わり付く。


 ほんの数秒前まで離れた場所にいた魔王は、少し動けば触れるほど近く――言葉の通りオリビアの目の前に立っていた。


 気付く事ができない程一瞬で懐に入られた。


 オリビアが額に汗を滲ませると、魔王は彼女を見下ろして笑った。


「話を聞く限り……黒の神や白の女神じゃない、“創造神”を始末したいとみた。お前らもこの世界の行く末を知る者だな」


「…………だったら……」


「それには俺の協力が必要なはずだ」


「……わざと負けてくれるって事ですか……?」


「おいおい勘弁してくれ、そうじゃねぇよ」


 四葉の言葉に魔王は手をブンブンと振って否定すると、オリビアの肩をぽんっと叩いて煙草の煙を吐き出した。


「何か考えがあるんだろ?」


「…………」


 オリビアは彼の言葉、そしてその声に背中をゾクリとさせて、震える拳を握り締め深呼吸すると、懐から一枚の紙を取り出し手渡した。

 魔王はその紙を開いて内容を確認すると、目を見開いて固まった。


 そして何度も内容を確認するように目を動かすと、突然声を上げて笑い出した。


 オリビア達はそれに顔を強張らせると、魔王はおかしそうに笑ったままオリビアから離れてまた岩に腰を下ろした。


「あー……くくくっ……そうか、その手があったか……面白い‼︎」


「お、オリビアさん……あの紙――」


「誓約書よ」


「誓約書?」


 キャットから手渡された紙はシオンとキャットのサインが記された誓約書だった。


 内容は、

 負けを認めた時、勝者の許可なしにスキルを使用する事を禁止するモノだった。


「…………俺のスキル、狡猾な神の祝福(リスタート)はオートで発動する。それはつまり、負ければ確実に誓約に引っかかる」


「ちょっとオリビアさん……誰がそんな誓約認めるんですか……」

「……キャットとシオンに言って……」


 魔王はひとしきり笑うと、笑い過ぎて目元に溜まった涙を指で拭いながら2人を見た。


「これじゃあダメだ」

「そ、そうよね……」

「ですよね……」


 何故キャットはうまくいくなどと言ったのだろうか、

 2人は溜息を吐くと当たり前の結果だと頭を抱えた。


 そしてこの状況をどうするかと再び身構えると、魔王は2人を手招きした。


「お前らもサインしろ」

「……えっ?」


「誓約魔法は割と甘い所があるからな、確実に殺すなら直接戦う奴がサインした方がいい。こいつらのサインだけじゃ死ぬまでに至らない可能性がある。他の勇者はもう屋敷に行っちまったか?」


「まだ……黒の森を出た所で待ってると思うけど……」


「よしよし、なら森を出たらそいつらにもサインさせよう」


「……サインするつもりなの?」


「ああ」


 恐る恐る問いかけるオリビアに、魔王は笑みを浮かべて頷いた。

 2人が誓約書に血で名前を書いて魔王へ手渡すと、彼は誓約書の下の方に書かれた文章を、キャットの名前に軽く指先を触れさせながら、静かに読み上げた。


「“屈辱からの解放、素晴らしき最期を――”」


「どういう意味ですか……?」


「さぁてな。てかあのガキまだ生きてんのか?…………そうか、あいつシオンの能力使って生き延びてんだな」


 魔王はおかしそうに笑った後、誓約書に血で“ナスタチウム”と名前を記入してオリビアに手渡した。


「シオンとガキの名前は隠すな。それがこれを認める唯一の条件だ」


「どうして?」


「代償が大きくなる。……それに、俺は負けるつもりはない。勇者を倒した後に、シオンとガキに何かされたら困るんでな」


 魔王は煙草の火を消すと立ち上がってパキパキと音を鳴らしながら首を左右に倒した。


「よし、さっさと黒の森を抜けるぞ」


「……私達は飛んで行くわ」


「おい、一緒に歩いて行くぞ」


「仲間が待ってるんです……」


「待たせておけばいいだろ」


「せめてクロッカスと連絡が取れれば……」


「…………」


 “「……ぃ……黒髪の勇者様!オリビアちゃん!返事をしてください!」”


 魔王が指を軽く動かした直後、焦るクロッカスの声が聞こえてきた。


「…………妨害してたわね」


「なんのことだか」


 魔王を見ると、彼は知らん顔で新しい煙草に火をつけた。

 オリビアには魔王のステータスが見えている。

 その中には外部からの干渉を遮断するスキルがあった。

 オリビアはじとりと魔王を睨みながらクロッカスに返事をした。


 “「ごめんクロッカス、私達は無事よ」”


 “「っ……連絡が取れてよかったです……シオン様は暴れて、赤髪の勇者様は森へ戻ると言って聞かなかったので……」”


 “「ごめん……なんとか無事に黒の森を出られそうだから、カクタスに伝えてくれる?」”


 “「赤髪の勇者様が直接話したいと言っているのですが…………」”


 “「ごめん、少しだけ時間を稼いでくれる?先にシオンと話をしないといけないの……

 ……魔王に創造神の話を聞かれた」”


 クロッカスは少しの沈黙の後、「分かりました」と返事をしてスキルでシオンを呼び出した。


「おい、それ歩きながらでもできるだろ。さっさと行くぞ。煙草なくなったらどうしてくれんだ」


「分かったわよ……」


 魔王の後ろをついて行きながら、四葉の協力を得た事、魔王が黒の森にいた事、創造神を殺す計画を知られた事をシオンに話し、最後に誓約書にサインをした事を伝えた。


 “「……協力的な雰囲気を出してるけど、勇者と戦う事を望んでるみたい」”


 “「だろうね。まぁ、2人が黒の森に落ちたって聞いた時は肝が冷えたけど……いい方向に進んだみたいでよかった」”


 “「ある意味黒の森へ落ちて正解だったかもね」”


 “「うぅっ……すみません……」”


 “「いや……これは僕の失態じゃ。すまんかった……」”


 “「うんうん、おじいちゃんが悪いよね〜」”


 “「私もそう思うわ」”


 “「ワタクシも同意です」”


 “「なんじゃと⁉︎僕は悪くない‼︎」”


 “「さっきと言ってる事違うじゃない」”


「ククッ……」


 魔王が喉を鳴らして笑った事にオリビアと四葉は驚いてそちらを向いた。

 スキルでの会話は聞こえていないはず ――


 2人が訝しげな表情を浮かべると、魔王は知らん顔で煙草の煙を目で追いながらスピードを上げてスタスタと歩いて行った。


 慌てて追いかけながら2人は顔を見合わせて首を傾げると、焦ったクロッカスの声が聞こえた。


 “「オリビアちゃん……赤髪の勇者様が限界を迎えそうです……」”


 “「……限界を迎えそう……?」”


 “「……オリビア、話してやれ」”



 いつもはカクタスが関わるとムキになるシオンが珍しい。

 オリビアは一体カクタスは今どういう状況なのかと不安に思いながらクロッカスにカクタスと繋ぐように伝えると、すぐに頭を殴るような勢いでカクタスの声が脳内に響いた。


 “「オリビア‼︎」”


 “「ぅっ……カクタス、私達は無事よ……落ち着いて……」”


 “「良かった……っ良かった……」“


 言葉を繰り返すカクタスの声は、今まで聞いた事がないほど弱々しかった。


 オリビアはすぐに声をかけなかった事を申し訳なく思いながら、「ごめん」と「大丈夫」を繰り返しかけながらカクタスが落ち着くのを待った。


 少しして四葉を心配しているであろうリリー達ともスキルで繋げてもらうと、2人は事情を話した。


 “「魔王近くにいるの⁉︎大丈夫なの⁉︎」”

 “「今すぐ向かいます‼︎」”

 “「とりあえず大丈夫だから落ち着いて‼︎今そっちに向かってるから‼︎」”

 “「何がどうしてそうなったんですの⁉︎」”

 “「そっちに辿り着くまで時間はかからないと思うから少しだけ待ってて。皆に話を聞いてもらいたいから……」”


 四葉がリリー達を説得して一度スキルを断つと、2人は先を歩く魔王の背中を見つめながら小さく息を吐いた。


「話は終わったか?」


「…………とりあえず、合流したら話をするって伝えたわ」


 魔王は「分かった」と返事をしながら、まるで子供のように適当な枝を片手に茂みや木を軽く叩いた。


 ――本当に魔王なのかと疑いたくなる。


 先程まで充満していた黒いマナや蟻の姿はなく、モノクロの森を静かに魔王と歩いている状況に、オリビアの心は落ち着かなかった。


 それは四葉も同じようで、落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回しソワソワとしていた。


「お前ら」

「……なに?」

「白い方の創造神はどんな感じだ?」


「美人」

「嫌な女」


「……ブハッ!くくっ……とりあえず1人ずつ話を聞こう。勇者は……見た目か」


「う、うるさいな……ホントに美人だったんだからしょうがないだろ!……おっとりしてて優しく感じたけど…………今は少し怖い」


「怖い?」


「…………オリビアさんの話を聞いて……あんなに優しそうだったのに、平気で酷い事ができるんだなって…………それと、その話を聞いてよくよく思い返してみると……女神様の微笑んでる顔……どこか貼り付けたみたいな…………うまく言えないけど……態とらしいというか……」


「今更……?」


「うっ……異世界ハイというか…………まず神様を疑うなんて事しないでしょ!その時は気にならなかったんです!」


 オリビアがじとりと四葉を見ると、四葉は気まずそうに視線を泳がせた。

 そして魔王は煙草の煙を上に向かって吐き出し、おかしそうに笑った。


「んで?お前は嫌な女って言ってたが……」


「自分の為にやっている事をヴァイスの人の為って言ってる所がいやらしくって嫌い。カクタスを気に入ってる所も気に食わない」


「カクタスってなんだ?」


「勇者の1人です」


 魔王は顎を軽く撫でてふーんっと声を漏らすと、まるで次は自分の番だとでも言うように黒の創造神について話し始めた。


「こっちの黒いのはヒステリックで、何かあるとまるでガキみてぇに癇癪を起こしやがる。神域から出て状況が見えず不安だからなのか……神の代償を払い過ぎて焦っているのか……」


「神の代償……?」


「…………なんだ?それは知らないのか?」


 オリビアと四葉は顔を見合わせた後、ふるふると首を振った。

 魔王はそれを見て煙草の火を消すと歩く速度を少しだけ落として説明した。


「原初の三柱は、それぞれが神というより、3人で1つの神だった。

 3人の能力を合わせればこの世界でできない事はない。

 だが、1人では能力を最大限に使う事ができない。


 だから自分の持つ能力以上の力を使うには三柱に力を与えた神に、能力の一部、あるいは価値のある物を渡し、それを担保にして一時的に能力を借りるしかない。


 それは神域からこの世界を覗く力であったり、一部の能力を封じる事であったり様々だが…………


 黒いのはこの戦いに勝つ為に多くの能力を担保にして俺に力を与えた、そのせいで今じゃそこらの魔族にも劣る存在になった。


 だが、俺が勝てば能力は戻り、シオンから力を奪えば1人で世界を自分の好きなように作り変えられる万能な力を手にできる。

 ……必死で、痛々しい」


「…………」



 魔王は持っていた枝で木を叩くと、足を止めた。

 後ろを歩いていた2人はどうしたのかと魔王の方を見ると、彼は口元に笑みを浮かべて先を見つめていた。



「ありゃお前らの仲間か?」



 2人が視線を先に向けると、赤い髪が激しく靡くのが見えた。


少し改稿しました。

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