ep.80 話をしよう
“「……使徒ってなに?」”
オリビアがシオンの言葉に眉を寄せて問いかけると、シオンは隠れるように兵士の中に紛れ、キャットは更にそれを隠すように前に立った。
“「創造神の直属の部下のようなものじゃ」”
“「魔王様の手助けだけじゃなく、シオンを探す為に選ばれた魔族だよ」”
“「でも、あいつは蛇の魔族が作ったんじゃ……」”
クロッカスは考えるように口元に手をやった。
そんな彼らに気付く事なく、スライムは大袈裟に肩を落として不機嫌そうにぶつぶつと呟いた。
「もう少しで奪えるはずやったのに、ホンマいらんことしてくれたな〜……」
カクタスが何度も槍を突き出し、スライムがバリアでそれを防いだ後に水属性魔法でカクタスを後方へ飛ばすと、バリアを解いたタイミングで四葉が不意打ちでスライムを切りつけた。
「何しとるの!あっぶな〜核壊されるところやった〜!早いとこ退散しやんと!」
スライムは軽口を叩きながらぬるりと音を立てて傷口を塞ぎ、人型から元の球体に変形して天井へと飛び上がった。
そして、天井に張り付き勇者達を見下ろすと、スライムはクスクスと笑い声を漏らした。
「とりあえず及第点……いや、大収穫や〜!また今度、お迎えにあがりますね、シオン様」
「!」
オリビアは植物の加護を使ってスライムを捕獲しようとしたが、スライムは天井に溶けるようにして姿を消した。
“「シオン‼︎時を止めて‼︎口止めしないと‼︎」”
“「無駄じゃ、もう伝わっている」”
「おい熊大丈夫か‼︎」
どこか冷静なシオンの声にオリビアが唇を噛み締めると、四葉の声が大きく響いた。
「大きな声出さないでよぉ……気が散るぅ……」
「ご、ごめん……でも!」
「生き血が必要だったんだろうねぇ……一応急所は外れてるからぁ…………」
熊の魔族は魔工妖精を操りながら苦痛に顔を歪ませて言葉を続けた。
「誓約魔法による罰が発動しなかったから、蛇が連れて来たのとは別個体だねぇ……スライムなんて全部一緒に見えるから入れ替わりに気付けなかったよぉ……」
「……でも、あれも魔造スライムだったわ」
「おかしいですね……あのようなスキルを持つスライムはご主人様の元にはいませんでした。いればご主人様は手放さなかったでしょうし……」
「俺あいつ知ってるよ」
カランコエがぽつりと呟くと全員の視線が彼に集まる。
「主はスライムを改造する時、強化剤だけじゃなく核に様々な魔物の素材を吸収させて、強化、そしてスキルを覚えさせてた。
その方法で個体固有のスキルを発現させるスライムもいたし、それと同時に進化して知能や力を大きく向上させるスライムもいた――俺みたいに。
素材を吸収できず、ただのスライムのままのやつが失敗作と呼ばれ、よくロンジコーンに廃棄されてたんだけど……あいつはその内の一体だ」
「失敗作……ではないだろ」
パキラが傷付いた熊の魔族の方を向いて眉を寄せるとカランコエは珍しく口元に笑みを浮かべた。
「失敗作に見せかけたんだ」
「どういう事?」
「俺達スライムは弱者故に、力が得られると分かれば飛び付かずにはいられない。すぐに吸収し、力に変えようとする。
でもあいつは、恐らく素材を吸収せずに失敗作だと思わせて主の手から離れたんだ。
廃棄に向かう時、笑ってたのはそういう事か……面白い。俺とは違って改造される前から知能が高い――失敗作どころか希少な優等種だったわけだ」
「見せかけた……ご主人様の元ではなくスロウス様の元に来たのは何故でしょう?」
「魔法、それからスキルを狙ってたんでしょ。……強くなる為か、他に理由があるかはわからないけど」
「“お迎えにあがりますシオン様”って言ってましたよね?誰に対して言っていたんでしょう……?」
フォティニアが辺りを見回すと、カランコエはオリビアに視線を向けた。
「オリビアなら分かるんじゃない?」
「そっか!オリビアの目なら……」
視線がオリビアに集まると、彼女は眉を寄せながら辺りを見回し、兵士達のステータスを確認するふりをして小さく首を振った。
「……この中にシオンって名前の人はいないわ」
「えっ!」
「とりあえずぅ……治療に専念させてもらってもいいかなぁ?屋敷の部屋は好きに使っていいからさぁ……」
話し合いを続ける彼らに熊の魔族が我慢できず顔を青くして問いかけると、魔工妖精を使ってベッドに移動した。
そして、心配そうにする四葉を見て、熊の魔族は不思議そうに首を傾げた。
「なんとかなるんだよね……?」
「死なないよぉ……さっきまで殺し合おうとしてたのに変なのぉ……」
「大丈夫そうだな……」
四葉が苦笑を浮かべると、熊の魔族はクスリと笑って指を鳴らした。
家事をしていた魔工妖精が手を止めてやって来ると勇者達に部屋の鍵を渡した。
「…………また魔工妖精に連絡させるからぁ……」
熊の魔族が指を鳴らすと、ベッドの周りを囲うように壁が現れた。
その壁には“治療中、立ち入り禁止”と書かれている。
「好きにって言ってもなぁ……」
「必要な物があればお声がけください。清掃モード、再開」
勇者達の前を魔工妖精が通り過ぎると、彼らは軽く話し合った後、
それぞれ鍵を受け取り部屋で休む事を選んだ。
――――
夕方になると、
魔工妖精が勇者達、そして兵士達にも夕食を振る舞った。
兵士達は怪訝そうにしていたが、デイジーが鑑定眼を使って魔物の肉や毒が入っていない事を確認すると途端に目を輝かせて食事を平らげた。
先程までの緊張感が嘘のようだとオリビアは苦笑して、カクタス達より先に席を立った。
「オリビアさん!」
「……なに?」
そんな彼女を慌てて追いかけて来たのは四葉だった。
リリー達の姿は見えない。
いつもなら誰かしらが彼にくっ付いているというのに――
しかし、追いかけてきた理由を考えれば、オリビアにとっても都合が良かった。
「…………あの……一緒にポーカーした兵士……“シオン”って名前ですよね……?何故嘘をついたのか聞いてもいいですか……?」
「…………」
誓約魔法をかける際、彼はシオンの名前を見ている。
漢字で書かれていたが、カクタス達と違って彼は読めていた。
――やはり彼の言う通りだった。
オリビアが四葉の後ろを見ると、控えていたクロッカスが彼の肩を叩いた。
「黒髪の勇者様」
「うわっ!びっくりした!」
「少しお話ししませんか?」
「いや……今は……その……」
「行くわよ」
「はい」
「ちょ、ちょっと⁉︎」
クロッカスは四葉を触手で抱き上げ、オリビアと目を合わせ小さく頷いた。
「シオン様がお待ちです」
「痛い痛い痛い!」
「お前が最初にふっかけて来たんじゃろうが!」
「人の部屋で何暴れてんのよ!」
オリビアが自身に割り当てられた部屋の扉を開けると、そこにはシオンとキャットが枕を武器に取っ組み合いのケンカをしている姿があった。
慌ててクロッカス達を部屋に押し込め扉を閉めるとオリビアは2人の頭を叩いてケンカを止めた。
叩かれた所を摩りながらシオンが触手に拘束される四葉に気付くと、大きな溜息を吐いた。
「……普通に連れて来い……誓約に引っ掛かったらどうするつもりじゃ……」
「申し訳ございません。人が来たら面倒でしたので」
「……さ、攫い人と……ポーカーしてた兵士……?」
オリビアの部屋にいたシオンとキャットは変装をしていなかった。
しかし、四葉は彼の口調を聞いて同一人物である事を察したのか呟くように言葉を漏らした。
「おじいちゃんの間抜け」
「なんじゃとクソガキ!」
「やめなさい!」
「あんた……一体何者なんだ……
それにオリビアさん……これはどういう……」
シオンは目を細めて指を鳴らした。
熊の魔族と同じ――
四葉は魔法の発動を予感して身構えたが、一向に何か起こる様子が見えず困惑に顔を強張らせた。
そして、思わずオリビアの方へ視線を向けると、彼女は懐から時計を取り出して四葉へ渡した。
壊れた時計のように、秒針は時を刻む事なく静止している。
そして、物音が何一つ聞こえないことに四葉は何かを感じ取り、慌てて窓の方に向かって駆け出した。
薄らと見える雲が動いていない事、下にいる兵士の動きが不自然に止まっているのを見て、彼は若干口元を緩ませた。
「時間が……止まってる…………マジか……」
どこか子供のように目を輝かせる彼にシオンが咳払いをすると、四葉はハッとして再び構えた。
「一体……」
「お前には、選んでもらう」
「選ぶ……?」
シオンはベッドに腰を下ろすと足を組んで膝を指でとんとんと叩きながら四葉を見つめた。
「お前に2つの選択肢を与える。1つ、僕らに協力するか――」
「ま、待て!俺は勇者だ!悪事には手を貸さない!大切な人達を裏切ることは……」
「……僕らに協力するか、断るかはまず全て話を聞いてからにしろ。…………まぁ、断る場合は……熊の魔族と戦う前に時を戻す。そうなれば、僕はゲームに参加できないから負けが確定するがな」
「は⁉︎そんな……!…………そんなの……」
四葉はその場にしゃがみ込むと頭を抱えた。
シオンはそんな四葉に構わず、語り始めた。
世界の成り立ちから、この戦争が始まった理由、そしてこの世界が辿るであろう行末を――
四葉は何度も驚いては口を開こうとするが言葉を飲み込み、最後まで静かにシオンの話を聞いた。
「…………何か他に聞きたい事はあるか?」
「……オリビアさんは今の話、信じたんですか……?」
「シオンの正体はこの目で確認済みだから」
「正体はそうでも……!」
「…………何度も助けられてる」
オリビアは蠍の魔族戦、そしてゴブリン戦はシオンが時間を戻したお陰で勝つ事ができた事を話した。
そして、
「――女神の望む未来に私はいない。シオンは……唯一私に未来をくれる人なの。だから私はシオンに協力してる」
「……どういう意味ですか……?」
「それはまだ言えない」
「…………でも、俺はこの世界に来る前に女神様と話をしました!そんな事を考えてるようには見えなかった!だから…………」
「ならば仕方ないな」
シオンが指を合わせると四葉は慌ててその手を掴んだ。
「ちょっと待って‼︎」
「協力はできないんじゃろ?」
「違うそうじゃない‼︎すぐに信用なんかできない……だから、時間が欲しいんだ‼︎」
「それはできん。他言されては困る、それに時間が経ちすぎては時を戻せん」
「誓約魔法を使ってくれてもいい‼︎ここにいる人達以外に話をしないって‼︎」
「…………はぁ……誓約魔法はそうホイホイ使って良いものではないんじゃがなぁ……」
シオンは呆れたように息を吐くと四葉の手を払ってクロッカスの方を向いた。
クロッカスはそれに気付いて紙とペンを用意して机の上に置くと、シオンはそれにペンを走らせた。
「ここで話した内容を他言しない事……」
「おじいちゃん相変わらず字が汚いね」
「うるさい‼︎」
「もう!ケンカしないでよ!」
「……いつもこんな感じなんですか……?」
四葉は彼らのやり取りに眉を顰めると、シオンが咳払いをして緩く首を振った。
「そんな事ないぞ」
「おじいちゃん、嘘つくと余計に信用してもらえないよー」
「お前が悪いんじゃろうが‼︎」
「痛い痛い‼︎」
「フンッ…………ほらサインしろ。お前が僕らに協力すると決めた時、この誓約は消える。しかし、協力しないと決めた時はずっと話せないままじゃ」
「……邪魔するかもしれませんよ、それは誓約書に書かなくていいんですか?」
「どの道魔王は倒すんじゃろ?だったら別に必要ない。
お前が創造神との戦いで何かしようと考えても、その時にはもう全てが終わった後じゃ。
次の瞬間には神の死体か、僕らの死体か……どちらかが目の前に横たわっているじゃろ」
「俺が……協力すると嘘をついたら」
「馬鹿を言え。誓約魔法をお前達に与えたのは誰じゃと思っている」
シオンがフンッと鼻を鳴らして誓約書を四葉の前に出すと、四葉はそれを見下ろしながらシオンに声をかけた。
「最後に1つ、聞いてもいいですか……?」
「なんじゃ?」
「今の神様を殺した後――あなたはこの世界をどうするつもりですか?」
「…………どうもしない。僕は、後の世界に干渉するつもりはない。……神の干渉によって子供達が縛られるような未来ではなく、子供達が自由に人生を歩める未来が訪れれば、それ以上は望まない。
お前達を、ただ見守るだけじゃよ」
四葉はその言葉に眉を寄せた。
ペンを持つ手に力を込めると、大きく息を吐いてゆっくりと誓約書にサインをした。
シオンが続けてサインを書くと、誓約の鎖を確認して誓約書を懐にしまった。
「何を判断材料にするかは知らんが、早めに決断してくれよ。魔王との戦いまで時間がないんじゃからな」
「…………」
四葉はぐっと拳を握ると小さく頷いた。
その瞳には困惑と焦り、そして不安が強く滲んでいたが――
「シオン様、スライムの件やこの先の話はどうされますか?」
「そうじゃな……おい、黒髪の勇者。少し外で待ってろ」
「なっ……!協力して欲しいなら俺にも話を聞かせてくださいよ!」
「お前まだ仲間じゃないし」
シオンの言葉と態度に、四葉の瞳にはまた違う感情が滲んだ。
「…………ほ、ホントに神様なんですかこの人!」
口を尖らせつーんと拗ねたような顔をしてそっぽを向くシオンに、四葉は顔を引き攣らせた。
「残念ながら……」
「残念とはなんじゃ!」
四葉は、シオンの子供のように拗ねる姿と、ポーカーの時や先程まで語っていた姿のギャップに呆れと、そして人間味を感じた。
女神の方がよっぽど神様らしい。
そう思いながらも、彼に興味を惹かれている自分がいる事に気づいた。
「(本当の事を言っているんだとしたら…………いや、落ち着け俺……!俺の軽率な判断が、彼女達を危険な目にあわせるかもしれない……!)」
表情がコロコロと変わる四葉を見てキャットはおかしそうに笑うと、机の上に地図を広げて置いた。
「いいじゃん聞かせてあげれば〜魔王様を倒すのは勇者様も俺達も望んでる事だし〜!」
「フンッ!」
「さぁて、作戦会議といきますか」
少し改稿しました。




