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ep.79 イカサマ

 


「……ワンペアだ」


「俺も……」


「ツーペア」



 勇者達の役の弱さに一部の兵士が悲鳴を上げる。

 魔法陣が強く光を放ち始めると、兵士達は顔を青くして逃げるように屋敷の扉へと駆けて行ったが、その恐怖を煽るように鍵のかかる音が広間に響く。

 熊の魔族はそれを見て手を叩きながら無邪気に笑い声を上げた。


「屋敷の外に出たって無駄なのにぃ!あー……黒髪の勇者ごめんねぇ……カードゲームってこんなに楽しかったんだぁ……教えてくれてありがとぉ〜……」

「ッ……!」


「おいクソガキ」


 はしゃぐ熊の魔族に声をかけるシオンの声が、恐怖に怯える兵士達の動きを止めた。


 熊の魔族はシオンに対して鼻を鳴らしてせせら笑うと、態とらしくこてんと頭を横に倒して口を開いた。


「そういえばキミの手札の公開がまだだったねぇ〜でもボクより上の役が作れたのかなぁ?」


「お前に1つ教えてやる」


 シオンはカードを伏せると、1枚1枚ゆっくりと表へ向けながら話し始めた。


「ショーダウンの時は、ベットした者から手札を公開するものじゃ。順番的にお前は一番最後に手札を見せなきゃならん。覚えておけ」


「そ、そぉなの?」


「じゃが、お陰で盛り上がったな」


 シオンが全てのカードを表にすると、熊の魔族に微笑みかけた。


「ロイヤルフラッシュじゃ」


「…………は?」


 シオンの言葉に熊の魔族が硬直し、辺りが静寂に包まれる。

 机の上に並んだシオンの手札は、スペードの10・J(ジャック)Q(クイーン)K(キング)A(エース)



「ロイヤルフラッシュってなに……?」


 オリビアの問いかける声が静寂の中響くと――兵士達が一斉に歓喜の声を上げた。

 その耳が痛くなるほどの声に、オリビアはシオンが勝った事だけ分かると安堵してその場に座り込み、熊の魔族は汗を滲ませ顔を青くしながらシオンを睨み付けた。


「イカサマだぁ‼︎」

「証拠は?」

「だって…………だ、だってぇ……!」


 魔工妖精にはいい役が揃わないように指示した。だからこの結果はあり得ない。

 だが、それを指摘すれば自分がイカサマした事がバレる。


 熊の魔族は必死に考えるが、誓約魔法の鎖が視界に入ると焦りで頭はうまく働かなかった。


「ろ、ロイヤルフラッシュは……確率がものすごく低いしぃ…………こんなの……あり得ないよぉ……!」


「確率は低い、じゃが……ゼロではない。僕は幸運じゃった」


「そんなはず……そんなはずないのにぃ……」


 確率の低いロイヤルフラッシュを出せばイカサマを疑われるかもしれないと、下の役を選んだのが間違いだった。

 まさかこんな結果になるとは――熊の魔族は魔工妖精も奪われ、自由も奪われた事で地面に膝をついて絶望した。


 自分はどうなってしまうのか――


 刺さるような視線に気付いた熊の魔族は歯を震わせながら指を合わせた。


「自身の命を断つ事を禁止する」

「っ!」


 指を鳴らそうとした所でカクタスの一言が熊の魔族の動きを止めた。


 熊の魔族は奥歯を噛み締めて手を下ろすと、シオンが横目でそれを見て鼻を鳴らした。


「いいザマじゃな」

「ぐ……ぅ…………」

「ガキが大人をナメるからこうなるんじゃ。…………じゃが、なかなか楽しめたな。次は油断できん」

「へ……?」


 熊の魔族が間の抜けた声を漏らして顔を上げると、シオンは穏やかな笑みを浮かべていた。


「次はフルーツを賭けよう。

 僕は賭けるなら金や命より、フルーツがいい。オリビアが喜ぶ」


「な、なに……言ってるのぉ……?ゲームは終わったでしょぉ……!」


「ん?……誰が今から勝負すると言った!フルーツもないし疲れているからまた今度じゃ!」


「ま、また今度って…………」


「……おい勇者、こいつどうするんじゃ?」


 シオンが勇者達に視線を向けると、勇者達は顔を見合わせて少し考えた後、口を開いた。


「誓約魔法を結んだので彼はもう脅威ではありません。俺はとりあえず、放置でいいと思うんですけど……」


「邪魔しねぇなら特になんもねぇな。…………あっ、ちゃんと魔王倒すのには協力しろよ」


「俺も特にどうにかしようとかはないですけど、色々作って欲しい物とかはあるなぁ……これってひどい扱いになりますかね?」


「何作らせる気だお前……」


「とりあえず旅には同行させた方がいいですかね?」


「転移できんだろ?なら別にここに残しても問題ねぇんじゃね?」


 熊の魔族の表情が少しだけ和らぐ。

 しかし、自身の行いに対しての罰がこの程度な事に困惑の表情を浮かべた。

 兵士達は警戒の目を変わらず向けているも、勇者の言葉に異論を唱える者はいなかった。


 そして熊の魔族は困惑を感じつつも、先ほどまで感じていた感情を思い出し身を震わせた。




 ――娯楽のないシュバルツでの生活は退屈だった。


 魔法も科学技術も、理解してしまえばなんて事ない。

 誰よりも理解力が高すぎる自分にとって、この世界はあまりにも単純だった。


 ――次は何で暇を潰そう。

 それだけを考え、毎日眠っては時を殺した。


 地位欲しさに襲いくる魔族も、単調でつまらない。

 自分にとってはただの雑音でしかない。


 蛇の魔族を揶揄う事は多少気晴らしにはなったが、彼は自分をあまり寄せ付けなかった。


 異世界から来た勇者の話を聞いた時、退屈を凌げる何かが得られると思っていたが、拍子抜けだった。

 強さも大した事はなく、

 逆に自分が魔王を倒してしまおうか、そんな事まで考えていた時――


『負けたら嫌だもんね』


 赤髪の勇者の一言に初めて大きく感情が動かされた。


「チビ」「ガキ」「殺す」「死ね」

 生まれてから今まで聞かされてきたそれらの言葉に対しては何も感じなかった――しかし、赤髪の勇者のその一言は彼の怒りを呼び覚まし、同時に胸の奥で何かを期待させた。


 挑発に乗ったのは、

 勇者達がこの退屈を終わらせてくれるんじゃないか――そう思ったからだ。


 人間同士でしか味わえない心理戦に、

 生まれて初めて、この時が終わらなければいいのにと思った。


 まさか、退屈だと思っていたカードゲームがここまでのモノをくれるとは――



 しかし、負ける事は想定していなかった。


 敗者がどう扱われるかをこれまで散々見てきたからこそ、常に勝者だった熊の魔族は初めて“恐怖”を知った。


 退屈している方がマシだった、挑発に乗るんじゃなかった、どうしよう――


 恐怖に後悔の言葉しか浮かばない。


 恐ろしい想像が止まらなかった。


 だが、彼らは――



「じゃと。……次はどのゲームで勝負するか考えておけよ」


「…………よかったぁ……」


 熊の魔族はその恐怖から解放されると、ぽつりと言葉を漏らして涙を流した。


 ――それを見たシオンは呆れたように溜息を吐くとカードを1枚手に取り、それを見つめながらぼやいた。


「まったく……ガキはもっとゲームして遊ぶべきじゃ。ずっと寝ているより健全じゃしな」

「健全ですかねぇ……まぁ、FPSよりは……」

「FPSは健康にいいぞ!ゲームはどんなジャンルでも活力を与えてくれる!」

「…………FPS分かるんですか?」

「…………100前の勇者にゲームが好きなのがいたじゃろ!そいつが言って……いや、文献で…………」


 目を細めてじろじろと見てくる四葉に冷や汗をかきながらシオンは視線を泳がせると、熊の魔族は飛び出した単語に首を傾げた。


「えふぴーえす?」


「ああ、銃で撃ち合うゲームの事だよ!俺の世界にはカードゲームだけじゃない、ボードゲームやテレビゲームとか色んな種類のゲームが存在するんだ」


「それも皆でやるのぉ?」


「いや、ゲームの種類によるかなぁ……皆でやるのもあるけど、1人専用もあるし……」


「そうなんだぁ……でもボクは、やっぱりカードゲームがいいなぁ……」

「!」


 ふにゃりと笑う熊の魔族に四葉はつられて笑みを溢すと彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 熊の魔族は強者であるが、それと同時にまだ子供だ。

 シュバルツという環境が彼をこうさせたのだと、四葉は年下である彼に対して少しだけ、前の世界にいた弟を思い出して眉を下げた。


「……また時間ができたらやろうな!」


「次は絶対勝つぞぉ……!」


「もうイカサマすんなよ?」

「うっ……もうしないよぉ……」

「まったくイカサマなんて……」


「勇者達がそれ言う?」


 カランコエの言葉に勇者達は固まった。


 慌ててクロッカスがカランコエの口を押さえると、熊の魔族は顔を引き攣らせて勇者達を見た。


「どういう意味ぃ……?」

「は、ははっ……」

「ま、まさか…………ずっと……イカサマしてたのぉ……?」

「な、なんのことだ?」

「さ、さぁ?」

「何を言ってるのか分からないなぁ」


 会話を聞いていたオリビアがクロッカスの方を見ると、クロッカスは苦笑を浮かべながらスキルを使って説明した。


 ゲームを始める前に、カクタスはカランコエに指示を出していた。


 カランコエはスライムである事から体の部位を好きな場所に移動する事ができる。

 触手を気付かれないように床から壁へ、壁から天井へと這わせると、上から熊の魔族の手札を覗き、クロッカスが勇者達にそれを共有していた。


 そして、態と煽るような言葉をかけた時、カードを交換する時、熊の魔族が手札を公開する時等、魔工妖精の視線が逸れた瞬間――


 “『8くれ』”

 “『俺は5が欲しいです』”

 “『Jもらいます』”


 机の下で勇者同士でカードを交換し、強い役を揃えていたのだ。


 “「そんな事が可能なの?」”

 “「普通は難しいでしょうが……彼ら、手慣れてますね。……特に赤髪の勇者様は、スロウス様の手札だけでなく、シオン様の手札も瞳の反射で把握していました」”


 思わず疑うようにカクタスの方を見ると、彼はオリビアの視線に気付いて首を傾げた。


 純粋そうな顔をして恐ろしい男だとオリビアは思わず眉を寄せた。



 “「……シオン様、聞こえますか?」”

 “「なんじゃ?」”

 “「最後、時を止めましたね?……ゲームに関してイカサマを嫌っていたあなたが……驚きました」”


「ねぇ‼︎イカサマしたのぉ⁉︎ちょっとぉ‼︎やっぱり最後のあれもイカサマだろぉ‼︎」


「これはゲームじゃない、戦争じゃぞ」


 シオンは持っていたカードを机の上に投げると、声を荒げる熊の魔族を見下ろしてにっと意地悪く笑った。


「イカサマじゃと思うならタネを明かしてみろ。それができないならお前の負けじゃ」


 シオンは手をひらひらさせて兵士達の方へ向かうと、彼らから激しいボディーランゲージによる称賛を受けて目を回した。


 熊の魔族は悔しそうに唸り声を上げた後、こんなに多くの感情を出したのは初めてだという事、

 そして、灰色だった景色がいつの間にか鮮やかに輝いている事に気付き、若干痛む頬を押さえた。


「で?お前どうすんの?ついて来る?……魔王のところまでどのぐらいでしたっけ?」

「まだかなり距離はあるが…………」


「ついて行きた…………ッ⁉︎」


 熊の魔族が暗かった目を輝かせて返事をしようとした瞬間――


 半透明の槍のような物が熊の魔族の腹部を突き破った。



 熊の魔族は血を吐き出し、突然の事に困惑の表情を浮かべると、槍の先端が開いて返しのように変形し、体に食い込んだ。


 何かを吸い上げられている――


 熊の魔族はそれに気付くと転移魔法を使って槍から抜け出した。

 転移によって塞ぐ物が無くなり大量の血が傷口から溢れると熊の魔族はそれを押さえ魔工妖精を呼び寄せた。

 傷を塞ぐ指示を出しながら視線を向けると、そこには移動用スライムがいた。


「…………チッ、転移は取れんかったかぁ」


 勇者達が慌てて武器を構えると、スライムは体をぐねぐねと動かし、人型に変化した。


「困るんやってこんなアホガキに新しい魔法(オモチャ)与えて〜」


 同じスライムのカランコエとは違い、どこか軽薄そうなそのスライムは大きな溜息を吐いて触手についた血を吸収した。

 そして、飛んで来た地属性魔法の槍を体を変形させて避けると、口端を上げて笑った。


「穴空いてんのに元気やんなぁ〜……ぐうたらのあんたの方が魅力的やったのに〜」


「…………お前ぇ……しゃべれたんだねぇ……」


「いやそこ⁉︎他にもツッコむとこあるやろ!」


 スライムは苦笑を浮かべて頭を掻くと、勇者達の方へ視線を向けた。


「困るんやって〜……そこの蛸の子もやけど、シュバルツの子達次々仲間にするのやめてもらっていい?」


「お前は何者だ‼︎」


 四葉が怒りに顔を険しくさせて剣に炎を纏うと、スライムは腕を組んでうーんと唸りながら天井の方を向いた。


「なんて説明したらいいんやろ……とりあえず“今”は味方ではないね」


 パキラが勢いよく斬りかかると、スライムは目の前にバリアを張った。

 それを見て熊の魔族が目を見開いて確認するように自身にバリアを張ろうとしたが、バリアは展開されなかった。


「お前まさか……!」


 オリビアが熊の魔族のステータスを確認すると、スキル欄にあったバリアの項目がなくなり――スライムのステータスが変わっていることに気付いた。


 魔造スライム:分身体

 水属性魔族

 黒の神に仕える者:神の目


 捕食者(プレデター)

 対象を体内に取り込み消化する。肉や内臓を好み皮は消化せず残す事がある。

 変身(トランスフォーム)

 捕食した者の姿を真似ることができる。


 個体特有スキル

 盗賊(バンディット)

 スキルや魔法を盗む事ができる。

 盗んだスキルや魔法は適性関係なく使用可能。

 盗むには対象の血液が必要。

 障壁(バリア):バンディット

 盗んだスキル。物理攻撃、魔法攻撃、全てを弾く。

 時間による展開制限有り。

 分身(ダブル):バンディット

 分身体を作り動かす事ができる。意思は共有。

 偽装(フェイク):バンディット

 自身のスキルや能力等を隠す事ができる。



 オリビアはスキルの多さにも驚かされたが、“黒の神に仕える者”という表記に思わずクロッカスの方を見ると、察したクロッカスがスキルを使ってオリビアから話を聞き、シオンとキャットに伝えた。


 “「……あいつが使徒か」”



少し改稿しました。

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