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ep.52 フォティニアが望む未来

 


「あれ?カランコエは?」

「さっき兵士達の見回りについて行くって言ってたわよ〜」

「珍しいわね」


 就寝の準備をしているとカランコエの姿がない事に気付いた。

 デイジーはその理由を話すと、続けて「フォティニアとケンカでもしたのかも」と、どこか落ち込んでいる様子のフォティニアを見ながらオリビアに耳打ちした。


「さて、アマリリス達とのガールズトークも終わったしテントに戻るわ。何かあったらいつでも呼んで♡」

「分かったわ、おやすみ」


 デイジーがテントから出ていくと、オリビアはフォティニアの隣に移動して顔を覗き込んだ。


「フォティニア、大丈夫?」

「あ……はい……少し考え事を……」

「相談に乗ろうか?」

「…………いえ……先に寝ててください」


 フォティニアはカランコエから受け取った本を抱き締めると、オリビアに笑いかけた。

 その笑顔はどこかぎこちなくオリビアは心配に思ったが、ぎゅっと口を結ぶフォティニアを見てそれ以上触れられず「おやすみ」と声をかけて横になった。


 フォティニアは本を見つめながら思考を巡らせると、静かにテントから出て行った。




 次の日――

 日が昇ると兵士達はすぐに魔族の巣周辺を調査し、オリビアや地属性魔法の使える魔法使い達で塀を作り、兵を配置して防衛線を張った。


 ヘリーの意識が人形に移ると、早速これまでの報告を済ませて魔法陣を設置し、兵や物資の移動を開始した。


「勇者様お疲れ様でした!ロンジコーン攻略はこれからですが、拠点を手に入れられたのは大きいです!また会議で新たな作戦を立てましょう!」

「また会議かよ……」


「フォティニアは?」

「さあ?」


 今度はフォティニアの姿が見当たらず、横にいたカランコエに問いかけると、いつものように短く言葉が返ってきた。

 デイジーがカランコエの触手をつんつんとしながら「ケンカしたの?」と声をかけると、彼は首を振ってそれを否定した。


「昨日元気なさそうだったけど……」

「その原因がなんで俺なの」

「2人で話してたんでしょ?」

「話はしてたけど怒らせるような事は言ってない。出発はまだ?」

「カクタス達の会議次第ね」

「はぁ……散歩してくる」

「本はいいの?」


 オリビアからの問いかけに、カランコエはゆっくりと瞬きをすると「もう必要なくなった」と言い残し巣の外へと出て行った。


「…………やっぱり様子おかしいわよね?」

「ラーク、アンタなんか聞いてない?昨日の見回りにアンタもついてったんでしょ?」

「特に普段と変わりなかったと思うが……」


 3人が唸り声を上げて考えていると、カクタスが気付いて駆け寄ってきた。


「3人ともどうしたの?」

「カランコエとフォティニアの様子がおかしくって…………」

「ああ……確かに朝見たフォティニアはちょっと元気なかったな……」

「フォティニアに会ったの?」


 カクタスはその問いに頷くと、頬を掻いてフォティニアの様子について話した。


「うん。朝起きたら焚き火の側にいて……眠れなかったみたい」

「今どこにいるか分かる?」

「その時は少し外の空気吸ってくるって言って、巣の外に出ていったけど……」


「心配ね……探しに行ってくるわ」

「アタシも行くわ!勇者様は会議よね?」

「いや、まだ時間があるし一緒に探すよ」

「お供します!」



 ――――


 カランコエは巣から出て辺りを見回すと、暇そうにしながら適当に歩みを進めた。

 巣の裏側に回ると、物資を運ぶ兵士やテントを組み立てる兵士達の奥に、腕立てをするフォティニアの姿を見つけた。


 無視して通り過ぎようかとも考えたが、オリビア達の言葉を思い出すと、深く息を吐いて彼女の元に歩み寄った。


「フォティニアなにしてるの」

「あっ、おはようございますカランコエ」

「オリビア達が心配してた」


 フォティニアが立ち上がり結んでいたスカートを直すと、カランコエは彼女の目の下が黒い事に気付き首を傾げた。


「寝てないの?」

「……はい」

「ここが戦場って意識ある?」

「うっ……すみません……」


 フォティニアはカランコエの言葉に眉を下げて頬を掻いた。


「考えてたら眠れなくて……」

「考えるって何を」

「昨日のカランコエの話をです。…………私、色々考えました」


 フォティニアは横に置いていた本を手に取りカランコエの側に行くと、苦笑を浮かべた。


「カランコエは言ってました、退化しているって……でも私はそうは思いません」


「……?」


「得られたものは本当にマイナスばかりでしたか?」


「…………マイナスだよ。この恐怖の感情もそう、不安や不快感も…………前は何も考えず動くことができた。でも今は違う」


 カランコエは自分の触手を見つめて目を細めると、フォティニアは本を軽く抱き締めながら首を横に振った。


「怖がって目を背けるのは勿体ないですよ、カランコエ」


「…………?」


「エボニーで私は、恐怖に囚われ動くことができなくなりました……でも、カランコエのお陰で再び戦うことができた。


 マイナスの感情は体や心を鈍くします。カランコエの言う通り動けなくなってしまう事もある。

 でも、それを乗り越える事で人は大きく成長し、強くなるんです!」


 フォティニアは彼の触手を軽く握り笑みを浮かべた。


「感情が豊かである必要はなかった……そのセリフを口にするのはまだ早いです。

 あなたはまだマイナスしか知らない、マイナスがプラスになる事を知らない。

 それがあなたの望んでいる成長だとするなら、怖がって目を背けるんじゃなく、それは向き合うべきものです。

 大丈夫ですカランコエ。

 あなたが動けなくなっても、また動けるようになるまで私がどこへでも連れて行ってあげます!

 一人になりたいなんて言わないでください。

 私は――この戦争が終わっても、あなたと一緒に本を読んで、ふざけ合っていたいです」


 フォティニアが照れ臭そうに笑うと、カランコエは彼女の言葉に目を見開いた。

 そして、少しして握られていた触手を引き抜き溜息を吐いた。


「…………成長と進化は違うんだけど」


「えっ⁉︎違うんですか⁉︎」


「違うよ…………待って、腕立てしてたのって……」


「カランコエを運ぶ為に…………」


 カランコエが呆れて触手で額を押さえると、それを見たフォティニアは静かに俯いた。


「うぅ……一生懸命考えたのに……」


「ふっ……」


「?」


 フォティニアは俯いていた顔を上げた。


「…………フォティニアって、馬鹿だね」


 カランコエはそう言って、笑みを浮かべた。

 初めて見た彼の笑顔にフォティニアは驚いて目を見開くと、彼はフォティニアから本を奪い取った。


「返して」

「か、返して⁉︎渡してきたのはカランコエですよね⁉︎」

「覚えてない」

「覚えてないわけないじゃないですか!」

「うるさい」


 カランコエは木に凭れかかり本を開くと、フォティニアはその隣に座ってぽかぽかと彼を叩いた。

 彼の顔は無表情に戻っていたが、フォティニアは再び本を手に取りページを捲る彼の姿に笑みを溢した。



 ――――


「あ、いた!」

「あらまぁ!仲直りしたのね?」

「だからケンカなんてしてない」

「膝枕してあげるなんて優しいじゃないの〜♡」


 オリビア達が兵士達に居場所を聞いて2人の元へ駆けつけると、そこには本を読むカランコエと、彼の膝に頭を乗せて眠るフォティニアがいた。

 オリビアはまたフォティニアを膝から落とすんじゃないかと心配したが、カランコエはデイジーから揶揄われても彼女を膝から退ける事はなかった。


「そういえば、結局本読んでるのね」

「うん、読む理由ができた」


 カランコエはそう言って、静かにページを捲った。





 今回の会議は勇者だけでなく、カランコエの指示で仲間も召集された。


「カランコエ、皆を集めたのは……」

「バークビートルに向かうんでしょ?だから、上級魔族に関してもう少し詳しく話しておこうと思って」

「どういう心境の変化?」

「聞かれなくても話せって言ったのはオリビアでしょ」


 カランコエがじとりとオリビアを見ると、地図にペンを走らせた。


「まずは俺の元主に関して、あの人は改造・強化した魔族を多く率いてる。

 その群れの中で厄介なのはターマイトで会ったあのエルフ。マナの所有量が異常な上に基本属性魔法である火・水・風・地――この全てを扱える。剣術や体術の戦闘センスも群れの中じゃ飛び抜けてる。

 でも、プライドの高さからか、個人で戦う事が多い」


 カランコエは猫目のエルフの絵の横を描くとその横に情報を書き込んだ。そして、その下に耳と鼻が尖った顔の絵を描くと、強調するようにぐるりと丸く囲った。


「でも一番厄介なのは魔造ゴブリン。数が多い上にかなり改造・強化されてるから手を焼くと思う」


 カランコエは触手を会議に出ていた兵士達に向かって伸ばし、目を細めた。


「ゴブリンは単体ではスライムに次ぐほど弱い魔族だ。

 でも改造された事で戦力はあんた達と大差ない。

 魔法を使うやつや罠を使うやつもいる

 ……何よりあんた達と違ってすぐに“切り捨てる”っていう判断が取れる」

「ぅ……」


「特に油断しないで欲しいのは……オリビアとフォティニア」


 カランコエがオリビアとフォティニアの方へ静かに視線を移すと、オリビアは名指しされた事に不服そうに眉を寄せた。


「そっちの女達は黒髪の勇者がいるから対策が容易いけど、2人はそういう相手がいないから……後でどうするか話し合った方がいい」


「…………そういう相手……?どういう意味ですか?」


 フォティニアの視線がオリビアに向くと、彼女もカランコエの言葉の意味が理解できなかったようでカクタスの方へ視線を向けた。

 カクタスは2人の視線に気付くと、気まずそうに顔を背けてカランコエに声をかけた。


「……あー……っと、……カランコエ、他には……?」


 カランコエは触手で顎をトントンと叩きながら言葉を続けた。


「群れには他にも色んな魔族がいるみたいだけど、俺も全て把握してるわけじゃない。

 俺が知ってる中で警戒すべきなのはゴブリンとそのローレルってやつかな。

 スライムはゴブリンと同じで数は多いけど、ゴブリンみたいに連携は取れないし俺ほどの個体はいないと思うから、しっかり対策を取れば大丈夫」


「他の上級魔族は?」


「熊の魔族に関しては情報がほとんどない。でも、3人の中で一番魔王様の屋敷から近い所に屋敷を構えてる。

 もう1人、蠍の上級魔族は俺の知ってる中で最も強い」


 その言葉にパキラが喜びを抑えきれずに口端を吊り上げると、呆れたジェンシャンが肘で突いた。


「人間の腕とは別に、蠍の鋏のような腕を持ってて、力も強いし尻尾と同様かなりの硬度があるから、捕まったら最後だと思った方がいい。


 尻尾の毒を飛ばしてくることがあるんだけど、尻尾の色で毒の種類が違う。

 赤は出血毒、青は神経毒。

 尻尾の色の変化に注意して」


「カランコエは蠍の上級魔族には会った事があるんですか?」


「一度だけ会った事がある。エルフを連れて来たって話を聞いたみたいで主の所に来たんだけど――その時に主の群れを半壊させた。結局つまらないって言って帰ったおかげで助かった。

 あのまま戦ってたら俺はここにはいないし、たぶん俺の主も死んでたかな」


 カランコエは情報を全て書き終えると、ペンを置いて勇者達を見た。


「あんた達は強いけど、1人で蠍の上級魔族と戦えば無事では済まないと思う。先の事を考えてちゃんと立ち回ってね」

「だってよ、頑張りますか」


 パキラは四葉とカクタスの肩に腕を回すとにっと笑った。

 2人はどこか楽しそうにする彼に苦笑すると、地図を見下ろした。


「しっかり連携取れるように時間作りますか……」

「そうだね」

「っし!会議は終了な〜!」

「コホンッ!……まだこれからですぞパキラ様」

「うっ……明日にして今日は休もうぜ〜……」

「今終わらせて明日を休息日にいたしましょう」

「ぐぬぬ……」


 肩を落とすパキラの背中をカクタス達がぽんぽんと叩くと、会議はそのまま進められた。


 バークビートルまでは今までと変わらず兵が同行するが、ルートをいくつか用意して上級魔族に接敵した際の兵の配置や立ち回りなどを相談した。

 そして、食料や物資をどれだけ持って行くか、拠点を増やすかどうかなども話し合い――気付けば時計の針は夜を指していた。


「今日はここまでにして、明日続きを話しましょう」

「えっ⁉︎明日は休息日にするって言ったじゃねぇか!」

「兵達に指示を出さねば……失礼します」

「おい待て!おい!…………うがーーー‼︎もう知らねぇ酒飲むぞ俺様は‼︎」

「いやいや敵地ですってアニキ……」

「知らねぇ!会議なんて遅刻してやる‼︎」

「あっ、一応参加はするんだ……」


 駄々をこねるパキラを仲間達が宥めていると、フォティニアがオリビアの服を軽く引っ張った。


「なに?」

「さっきのゴブリンの話なんですけど……私達は特に油断するなって言ってましたけど、どういう意味なんでしょう?」

「ああ、そういえば……」

「俺もよく分かんなかったんですけど……」

「私も……」


 四葉とイベリスが2人の会話に入って来ると、近くにいたカクタスは静かにその場を離れようとしたが――


「ねぇカクタス、さっきのカランコエの――」

「うっ……お、俺に聞くの……?」


 その前に声をかけられ、4人の視線が一斉に向けられると、カクタスは顔をぐっと歪ませて助けを求めるように周りを見た。しかし、他の者達は決してカクタスと目を合わせようとしなかった。


「対策が難しいのは2人に(つがい)がいないからだよ。ゴブリンは他種族のオスの匂いが嫌いなんだ」

 カクタスが困っている様子に気付き、カランコエは不思議そうに首を傾げて代わりに4人に説明した。


「そうなんですね!だからイベリスさん達は大丈夫で私達は…………ん?別に対策難しくないじゃないですか!前みたいに皆でくっ付いて寝れば匂いが移りますよね?」

「ちょっと!アタシはオス臭くないわよ⁉︎」


 デイジーにくっ付くフォティニアを見て、カランコエは首を横に緩く振った。


「それだけじゃ不十分。黒髪の勇者のとこみたいにしっかり匂いをつけた方がいい」

「んん?どうやって?もっと体を擦り付ければいいんですか?」

「違う。オスが排出した精え」

「ストップ‼︎‼︎」


 カクタスがカランコエの口を慌てて塞ぐが、カランコエは口を手に移して言葉を続けた。


「き、を塗りたくるのがおすすめ」


 ――カクタスは恐る恐る静かになった4人の方を向くと、四葉とイベリスは頬を染めて照れ臭そうに顔を見合わせ、オリビアとフォティニアは顔を青くしてカランコエの方を見ていた。


「…………それでしたら、確かに私達は対策が容易いですね……」

「「………………」」


「あ、それかそれを染み込ませた布を――」

「う、…………うわぁぁぁああん‼︎嫌ですぅぅぅう‼︎」


 フォティニアが顔を真っ赤にして子供のように泣き声を上げると、カクタスと近くにいたパキラは慌てて彼女を宥めた。


「……そ、それだけしか対策がないわけじゃないから!」

「そ、そうだぜ!男の服を借りて着るだけでも多少の効果はあるし!ゴブリン除けのお守りとか支給してもらえば――」

「それって家畜のを塗りたくってあるやつのこと?」

「カランコエ‼︎」


少し改稿しました。

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