ep.51 カランコエの変化
次の日の朝――
出発の為に荷物を纏めていると、フォティニアがそわそわとしながらカランコエを見つめている姿があった。
「カランコエ……私の干し肉あげましょうか……?」
「別にいらないけど」
「お、お水とか……」
「ねぇ勇者……フォティニアが鬱陶しいんだけどなんなの?」
「ひ、ひどいですカランコエ‼︎」
「心配してるんだよ」
「心配?なんで?」
「だって…………」
カクタスがツギハギの――パルマエの勇者が眠る場所を見ると、カランコエは首を傾げた。
そしてその理由に気付くと「ああ」と声を上げた。
「そういうことか。鬱陶しいから構うのやめて」
「ううっ……」
「その目もやめて、気色悪い」
「ひどいですカランコエ!」
その様子を見てカクタス達は顔を見合わせると、カランコエに聞こえないよう小さな声でコソコソと話をした。
「あの子ったら大丈夫かしら?」
「分からないわ……気にしてないように見えるけど…………あの時は少し悲しそうに見えた……」
「アタシもそれは感じたわ……」
「うむ…………」
「少しの間気にかけてあげよう」
カクタスの言葉に頷くと、彼らは出発の準備を再開した。
ーーーー
「うおおーーーー‼︎」
「怯むな‼︎進め‼︎」
「すごい勢いね……」
「そうですね……」
彼らはパルマエの勇者に手を合わせてから、ロンジコーンへの移動を開始した。
あの戦いで兵士達の心が折れてしまったのではないかと心配したが、ターマイトを出発した時よりも彼等の目には覚悟のようなモノが感じられた。
キャットが魔族狩りをやめた事で魔族や魔物に多く遭遇したが、兵士達は怯む事なくそれらを対処した。
「楽ですが少し申し訳ないですね……」
「彼らはこの為に来たのであろう?申し訳なく思う必要はない」
「お前偉そうだなー」
「え、偉そうであったか……?」
「2人ともよそ見してないでちゃんと援護してください!」
前まではそれぞれの勇者の仲間達で固まっていたが、最近は関係なく話をするようになった。
デイジーやラークも他の人と話してるのをよく見る。
カクタスも他の仲間達と話す機会が増え――オリビアは以前に比べてあまり彼と話せていない事に気付いた。
「(抑えた方がよさそうって言ってたけど、抑えすぎじゃない?…………いやいや……何考えてるの私…………)」
「嬢ちゃんどうかしたか?」
「別に…………急に魔族が増えて面倒だと思ってるだけよ」
「そうか?俺様は多少体を動かせていいけどな。嬢ちゃんの髪飾りのお陰かこいつの調子もいいしよ!」
「……返しなさいよ」
パキラがオリビアから奪った髪飾りを目の前で揺らして見せると、彼女は眉を寄せてそれに手を伸ばした。
しかし、パキラはそれをひらりと躱すとおかしそうに笑ってまたオリビアの前に髪飾りを持ってきた。
「ははっ、猫が戯れてるみたいだな」
「何ですって?」
「はい残念」
「くっ……このっ!」
「コラエルフてめぇ‼︎何アニキに掴みかかってんだ‼︎アニキはこんな顔だが魔族じゃねぇぞ‼︎」
「なんだとビンカ‼︎」
「な、なんで怒るんだよアニキ……!」
オリビアが視線を感じてそちらを見ると、カクタスと目が合った。
カクタスは気まずそうに視線を泳がせた後、そのまま背を向けてしまった。
「赤髪の勇者ってば妬くのはいいけど、これじゃ勘違いされちゃうよ?」
「うっ……」
「このままではオリビアさんの心が離れてしまいましてよ!」
「うぅっ……」
「皆カクタスさんをいじめないであげて……そりゃ好きな人が他の男に私物渡してたらもやもやしちゃいますよね……」
「うぅぅ…………はぁ……俺、妬いてひどいこと言った前科があって……今はあんまり話さない方がいいのかなって……」
『私とカクタスは別に恋人でもなんでもないじゃない』
オリビアに言われた言葉を思い出して俯くカクタスに、四葉とその仲間達は慰めるように背中をぽんぽんと叩いた。
2日が経ち、
ターマイトと景色が変わらず気付かなかったが、カランコエがロンジコーンに入った事を伝えた。
「魔族も大したことないし気付かなかったな……」
「まだ境だからね」
「ロンジコーンに入った事ですし拠点になりそうな場所を探しましょうか」
「そうですね、日が暮れる前に――」
「ちょっと待って」
「ん?スライムどうしたんだよ」
「あれ」
カランコエが指差した先を見ると、遠くに尖った大きな岩のような物が見えた。
「あれ、魔族の巣だよ」
「あれが?……ただの岩にしか見えねぇけどな」
「岩にしては形が整ってるし、よく見ると明かりが隙間から漏れてる。……それに視線を感じる。奴らはたぶん俺達に気付いてる」
カランコエの触手が茂みに向かい飛んでいくと、短い悲鳴と共に触手が徐々に赤く染まる。カランコエはゆっくりと視線を動かして触手を引き抜いた。
「…………気配を消すのがうまい魔物が増えてきた。
いっその事あの巣を奪ってそこを拠点にするのは?広そうだし、あそこに住む魔族は境に近いから大した事ないと思う」
「巣を奪うか……どう思います?」
「それを聞いてここらで拠点を構えるわけにはいかねぇしな……行くか」
「うーん……」
「フォティニアどうかした?」
「いえ……なんか……違和感というか……」
「違和感?」
唸っているフォティニアに問いかけると、彼女は腕を組んでカランコエを見つめていた。
オリビアはちらりとカランコエを見たが、フォティニアのように違和感に気付くことはできなかった。
魔族の巣を奪う計画を立てると、勇者達には魔族の視線を引きつけるために残ってもらい、探索部隊と偵察が得意なジニアとクフェア、そしてオリビアが気配を消して魔族の巣に向かった。
「っぐ⁉︎」
「おおっ、やるなエルフ」
「次、左手奥に2体ー」
見張り台の上にいた魔族と、巣の出入り口に立っていた魔族を静かに片付けると、オリビアは植物を使ってジニアとクフェアを高所へ運び、上からの偵察を任せた。
そして探索部隊と巣の周りの魔族をある程度無力化すると、勇者達を呼び寄せた。
クフェア達は戻ってくると簡易的な見取り図を隊長に手渡した。
「思っていたより部屋はなかった。出入り口もここ以外にない」
「中に入るとすぐに広い場所に出るんだけどーそこで巣の魔族が集まって話してたよー」
「大体30体ほど確認した」
「その程度なら我々にお任せを!」
手短に話し合うと、兵士達を先頭に魔族の巣へと足を踏み入れた。
少し進み広い場所に出ると集まっていた魔族達の視線が一斉に彼らへ向けられた。
「なんだお前ら……その刻印、勇者か……‼︎」
「ははっ!わざわざ殺られに来やがった!」
そこには短いツノと腕に棘のようなものを生やした人間に近い形をした魔族が集まっていた。
女型の魔族達が牙を剥き出しにして戦闘態勢を取ると、隊長の掛け声と共に兵士達は勢いのまま魔族達に襲いかかった。
勇者達も手を貸そうと武器を構えると、彼らの横をカランコエが静かに通り過ぎた。
「カランコエ?」
「この群れの長はこいつ」
カランコエの触手が1体の魔族を貫くと、他の魔族が驚いた表情で動きを止めた。
「…………次の長は俺だ‼︎勇者を殺――」
そして、別の魔族がハッとして腕を動かすと、すぐにカランコエの触手がその体を真っ二つにした。――触手から血を滴らせながらカランコエは兵士達を見ると、呆れて溜息を吐いた。
「…………せっかく手伝ってあげてるのに、なんであんた達までぼーっとしてんの?早く片付けてよ」
「い、一気に畳み掛けろ!」
隊長が慌てて兵士達に声をかけて魔族との戦闘を再開すると、カランコエは触手についた血を吸収しフォティニアの元に戻った。
「そうだ、違和感の正体!」
フォティニアが声を上げると、オリビアの服を引きカランコエを指差した。
「オリビア!カランコエが!」
「え、なに……」
「戦闘に参加してるんです!」
「戦闘に参加……?」
「今までは側で見てるか、たまに守ってくれるだけだったのに!ちゃんと一緒に戦ってくれてるんです!」
フォティニアの言葉にそういえばとカランコエの方を向くと、カランコエは倒れている魔族を見下ろし軽く目を伏せた。
「その方が早い」
「なにが?」
「こんな戦争、早く終わらせた方がいい」
カランコエは目を伏せて小さく呟いた――それを聞いたフォティニアとオリビア、そしてカクタスは驚いて目を見開いた。
「制圧完了しました‼︎」
兵士が報告に来るとカクタスはそちらに向かい、残された2人はカランコエに声をかけようとしたが、彼はラークの方へ移動してしまった。
「あれって…………やっぱりパルマエの勇者の影響でしょうか……」
「……かもね」
2人はそれ以上、その話題に触れられなかった。
「オリビア」
ある程度休める状態に場を整えると、オリビアは久しぶりにカクタスから声をかけられた。
オリビアは若干不貞腐れたような表情を浮かべてカクタスを見ると、彼は気まずそうに頬を掻いた。
「…………えーっと……」
「なに?」
「怒ってる……?」
「…………最近話せてないから、ちょっと拗ねてただけ」
恐る恐る問いかけてくるカクタスに、彼女は唇を尖らせながらそう答えると、カクタスは少しだけ嬉しそうに笑った。
「ごめんね、パキラさんと最近仲良いから妬いた」
「…………言わなくていいわよ」
オリビアは顔を赤くして照れると、ふいっと顔を背けた。
「……怒らないの?」
「どういう意味?」
「ううん、なんでもない」
カクタスはオリビアの反応に笑みを濃くすると、彼女の前に手を差し出した。
「少し中を見て回ろうと思うんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
「……こんなデートの誘いじゃ女の子は喜ばないわよ」
「ははっ、確かにそうだ。でも、来てくれるよね?」
「……ふっ……喜んで」
差し出した手を握るオリビアに、カクタスは嬉しそうに笑みを浮かべると優しく手を引いた。
――――
2人は少し中を見て回ったが、巣の中は多少生活感はあるものの廃墟を根城にしているような荒れ具合だった。
食料や水もあったが、安全の為に手はつけなかった。
「まぁ……外よりは安心して火が焚けるのはありがたいわね」
「そうだね。見張りの数も少なくて済みそうだし……久しぶりに皆少しは休めそうでよかった」
広間に戻ると女性用に張られたテントの横で駄々を捏ねるリリーの姿が見えた。
「四葉と一緒に寝たい寝たい寝たいー!」
「リリー……皆困ってるから……」
「なんで転移の魔法陣設置したらダメなの⁉︎そしたらまた勇者用のテント立ててもらえるんでしょ⁉︎」
「それは何度も説明したでしょ……」
「うわーーーん‼︎四葉成分が足りないー‼︎」
ここを拠点地にすることとなったが、転移の魔法陣の設置は明日周囲を探索し防衛線を張ってからとなった。
最近は男女別のテントで就寝しているからか、リリーは我慢の限界が来たらしい。手足を振り回して暴れるリリーの姿にオリビアとカクタスは若干顔を引き攣らせた。
「…………まるで子供ね……」
「だってだってだって〜‼︎」
「はぁ……果物あげるから、黒髪の勇者や他の兵士達を困らせるのはやめなさい」
「え⁉︎マジ⁉︎ラッキー!大好きオリビア!」
リリーはオリビアの言葉に機嫌をよくすると駄々をこねるのをやめて彼女に抱き付いた。
「オリビアさんすみません……」
「いいのよ……あんたも大変ね……」
「2人は姉妹みたいだね」
「だって妹よ、早くフルーツを出しなさいっ!」
「あんたが妹よ!」
オリビアはしょうがなく以前にリリーからもらった種にマナを流して果物を出してやると、果物を求めて列ができてしまった。
カクタスが慌てて止めようとしたが、オリビアは目を輝かせる兵士達を拒む事はできず果物を配った。
「(ここまで頑張ってくれたしね……)」
「俺は赤いのがいいな〜」
「僕は林檎がいい」
「おじいちゃんなんだから柔らかいのにしといたら?」
「なんじゃとクソガキ!」
「あんた達隠れる気あるの⁉︎」
列に並ぶ兵士の中から覚えのあるやり取りが聞こえると、オリビアはギョッとして視線を向ける。兵士に変装しているが、叩き合う彼らを見て正体に気付くと、オリビアは小声で彼らを叱り付けた。
すると2人は悪びれる様子なく果物をもらおうと手を差し出した。
眉をぴくぴくとさせながら2人を見るオリビアに、カクタスは首を傾げた。
「オリビアどうしたの?」
「きゃっ!赤髪の勇者様!俺ファンなんです握手してください♡」
「は、はぁ……」
「…………ふーん……オリビア、こいつのどこがいいんじゃ?」
「黙って」
果物を2人の口に押し込むと彼らはやっとその場から離れた。
去って行く2人を見つめながらカクタスは目を細めると、苛立つオリビアに視線を向けた。
「…………知り合い?」
「知らない‼︎」
オリビアは歯をギリギリと鳴らして一気に果物を出すと兵士達にばら撒くように配った。
「カランコエ、またその本読んでるんですか?」
オリビアが果物を配っている頃――設置されたテントの中にはフォティニアとカランコエがいた。
フォティニアがカランコエの隣に座り本を覗き込むと、彼は静かに本を閉じた。
「何の用?」
「えーっと……」
「フォティニアは分かりやすいよね」
「はい?」
「何が聞きたいの?」
カランコエが目を細めて見ると、フォティニアは指をもじもじとさせながら口を開いた。
「…………さっき……こんな戦争は早く終わらせた方がいいって……そう思った理由を聞いてもいいですか……?」
「…………」
カランコエは顎に手を当てて悩むような仕草を見せると、本の表紙を指先でとんとんと叩きながらぽつりと呟いた。
「怖いと思ったから」
「怖い、ですか?」
「そう。シュバルツではもうこれ以上得られるものがないと――そう思って勇者についてきた。でも、一緒にいて得られたのはマイナスに働くものばかりだった。種として進化できると思っていたのに、退化している――それが怖いと思った。だからこの戦争を終わらせて早く1人になりたい」
それを聞いて困惑するフォティニアに、カランコエは目を伏せて緩く首を振った。
「感情は決して豊かである必要はなかった」
カランコエはフォティニアに本を手渡した。――それは今までフォティニアにだけは決して触れさせなかった本。
「あっ……」
テントから出て行くカランコエを、引き止める言葉は見つからなかった。
少し改稿しました。




