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ep.49 煙草の煙



 先に視線を向けた黒い魔族が目を見開いている様子を見て、オリビアは恐る恐るカランコエ達の方を向いた。


「大丈夫か少年‼︎」


 そこにはカランコエの前にしゃがみ込み肩を掴んで心配するツギハギの魔物の姿があった。

 先程まで正気を失っていた瞳には光が宿っている。


「こんな所にいたらダメだ‼︎パパの所に戻るんだ‼︎」

「…………」


 カランコエは目を見開いて固まっていた。

 水晶が再びツギハギの魔物の元に集まり、四芒星の形に戻って魔物の周りを浮遊すると、ツギハギの魔物はカランコエの頭を軽く撫でてゆっくりと立ち上がった。


「仕方ない、後でパパの所に連れて行ってやる。下がってろ」


 ツギハギの魔物の表情は先程とはまるで違う。生き生きとした表情で笑みを浮かべると、右腕を軽く回して勇者達を見た。


「さて、第二ラウンドといこうか」


 ツギハギの魔物は勢いよく勇者達に向かって剣を振るうと、四葉は後ろに飛び退き、カクタスは上へ跳び上がって避ける。そして、パキラがそれを大剣で弾くと、四芒星の水晶が高速で回転し彼らを襲った。


 カクタスがそれを槍で突いて動きを止めると、水晶は地面へ落ちるがすぐにツギハギの魔物の元に戻っていった。


「マナを使いすぎたな……もう変形もできんか……」

「おい!意識があるなら俺様達の話を聞け!あんた勇者なんだろ⁉︎」


 パキラの声は彼には届いていないようで、四芒星の水晶に足を乗せて浮き上がり剣を構えると、他の水晶に飛び移りながら斬りかかった。


 カクタスが地面を蹴って飛び上がり、魔物の動きに合わせるように飛び交って槍を振るい、四葉がカクタスを援護するように魔物に向かって火属性魔法の斬撃を飛ばすと、その一つが魔物の足を焼き付け、魔物は再び地面に降りて剣を振るった。


 ――その戦いは気付けば、彼ら以外に目で追えるものはいなかった。


「す、すげぇ……」


 ビンカがぽつりと呟いた言葉に思わずオリビアも頷いた。

 自分達が今援護に向かえば逆に邪魔になるだろう。

 勇者達は先程の動きとは比べ物にならない程の速度と力で魔物を圧倒し始めていた。

 意思疎通(テレパシー)を使っているのか会話がなくとも連携が取れている。


「…………改造されているとはいえ、元は死体だ。そろそろ限界だね」


 元勇者であってもアンデット化により劣化した体――覚醒した現勇者3人を相手にするには無理があった。


 3人の勢いは止まらず、遂に水晶が砕けた。

 パキラが大剣を振り下ろすと魔物の剣が折れ、

 四葉が炎を纏った剣で魔物を斬りつけ体勢を崩させると、

 カクタスが魔物の胸を槍で突き刺した。

 ――すると、そこから黒いマナが漏れ出し、魔物は片膝をついた。



「や、やったのか……?」


「ダメだ……ッ!俺は……ここで負けるわけにはいかない……‼︎」


 ビンカ達が駆け寄ろうとすると、魔物は今にも崩れそうな体を無理矢理動かして立ち上がり、折れた剣を拾って構えた。

 その姿に勇者達は悲しげに顔を歪ませると、カランコエがゆっくりと魔物の方に向かっていった。


「カランコエ……!」


 フォティニアが慌てて止めようとすると、黒い魔族がまるで彼女を止めるように翼を大きく広げた。



「少年……大丈夫だ…………俺はまだ……負けて…………」


「…………もっと早くこうすればよかった」


 カランコエは魔物の前に立つと、崩れそうな体を支えるように抱きしめてゆっくりと腰を下ろした。――そして、黒いマナが漏れ出す傷口に触手を突き刺すと、黒いマナを吸い上げ始めた。



「…………ああ、そうか………………もう戦わなくていいのか…………」



 何か察したようにツギハギの彼がそう呟くと、折れた剣がカランッと音を立てて地面に落ちる。


 オリビア達がその光景に目が離せずにいると、横を黒い魔族がツギハギの彼の元へと歩いて行った。


 カクタス達が慌てて武器を構えると、黒い魔族の皮膚がボロボロと崩れ、ツギハギの彼の元へ辿り着いた時には全て剥がれ落ち――そこには見知った人間が煙草を吸ってツギハギの彼を見下ろしていた。



「攫い人……ッ⁉︎」

「勇者様ご機嫌よう、強くなったねーいい事だ」

「どういう――」


 攫い人の男が手を軽く振って笑い、煙草の煙を静かに吐き出すと、それを見たツギハギの彼はおかしそうに笑った。


「…………はっ、また俺やタイムの真似か……?いい子ちゃんには似合わないぜ……」

「……あらら、しぶといねー」


 攫い人の男はにっこりと笑ってしゃがみ込み、ツギハギの彼の顔を覗き込むと彼は虚な瞳で男を見ていた。


「俺にも一本くれ……」

「俺の吸いかけでもいい?」

「ったく……しょーがねぇな……それくれ……」

「はいよ」


 男が煙草を咥えさせると、ツギハギの彼は煙を吸い、ゆっくりと吐き出して顔を歪ませた。


「味も匂いもしねぇ……なんじゃこりゃ……」

「…………そうだなー……味も匂いもないのはこれが夢だからだよ」

「……夢か……そうだな……夢だ…………こんな所に少年がいるわけないもんな…………俺にいつも楽しそうに、パルマエの勇者の話をする子供――」


 カランコエは表情を変える事なくそれを聞いていた。

 吸い出した黒いマナは触手を大きく膨らませ、それと同時にツギハギの彼の声が徐々に小さく、弱々しさを増していった。


「疲れてるんじゃない?少し寝なよ」

「お前……これ夢だって言ったじゃねぇか……」

「夢の中で眠れば夢から覚めるって言うだろ?悪夢はここで終わり」

「悪夢…………悪夢か…………いや……悪夢なんかじゃねぇよ…………だって……お前らが来てくれた…………一緒に…………ダメだ…………やっぱ……寝る……」

「……子守唄でも歌ってやろっか?」

「バカ言え……ガキのお前に…………」


 攫い人はまるで子供を寝かしつけるように、ツギハギの彼の背中をぽんぽんと叩き始めた。

 すると、彼は静かに目を閉じて最期に笑みを浮かべた。


「お休みライラック……」

「……ああ……お休み……キャット……また会えてよかった」


 彼の口から煙草が零れ落ちる。

 攫い人の男はそれを受け止め握り潰すと、ジリジリと焼ける音と共に煙が空に溶けた。


 カランコエが触手を引き抜くと、攫い人の男は彼の死体を抱き上げ、にっこり笑ってオリビアを見た。


「……さてと、エルフちゃん悪いんだけどここに穴作ってくんない?こいつ埋めたいんだけど」

「えっ……」

「ここはシュバルツだ……彼は――」

「英雄であるこいつをこんな姿でヴァイスに連れて帰るわけにはいかない」


 攫い人の言葉に、それ以上声を上げるものはいなかった。


 オリビアは魔法を使って地面に大きな穴を作ると、攫い人はゆっくりとそこに彼を寝かせ、一本だけ抜いた煙草の箱を彼の胸に置きオリビアを見た。


 オリビアは思わずカランコエの方を向くと、彼は首を傾げた。


「なに?」

「……彼と親しかったみたいだから」

「でももう動かない」


 カランコエはそう言うと、ツギハギの彼を見下ろした。

 その言葉にオリビアは悲しげに眉を寄せると、静かに彼に土を被せた。


 攫い人の男は抜いた一本に火をつけその上に置くと、少し間を置いてからにっこりと笑ってカクタスを見た。


「やぁやぁ勇者様!会うのはもっと先にしたかったんだけどなかなかうまくいかないもんだねー!」

「…………」

「やだもー無視ー?」

「お前か、赤髪が言ってた攫い人の頭ってのは」

「そうだよ、青髪の勇者様と黒髪の勇者様は初めましてだね」


 攫い人が「一本いい?」と煙草を取り出し火をつけると、パキラがそれを取り上げた。


「お前は何者だ」

「やだなーさっき君が紹介してくれたじゃないの」


 いつの間に取り戻したのか煙草を吸って笑う男にパキラが眉を寄せると、カクタスは複雑そうに顔を歪ませて、攫い人に問いかけた。


「お前も……魔物にされたのか?」

「……ぷっ、あははは!やっぱり可愛いねぇ勇者様は!」

「なっ……!ふざけるな……‼︎」

「あんなに俺を目の敵にしてたのに可哀想になっちゃった?」

「……っ!」

「安心しなよ勇者様、俺はちゃんと軽蔑を受けるに値する存在だぜ。君らが信じる神が正義だって言うならね。おっ、もう吸い終わっちゃった……灰皿ない?」


 攫い人がしょうがないと吸い殻を腰の袋に入れると深呼吸するように大きく息を吸った。


「煙草はやだねぇ……一本吸っただけでしっかり臭いがつく…………仕事に影響出ちゃうんだよねー……」

「お前だな、俺様達より先に魔族を片付けてたのは」

「あらら、顔に似合わず察しがいいことで」

「何が目的だ」


「ここまで楽な道のりだったでしょ?感動の再会の為に見逃した奴もいるけど」


「答えになってねぇ」


「あらら、なかなか厳しいのね青髪の勇者様は。君らの勝利は目的の為の通過地点なわけよ、だから手を貸した。色々やる事もあったしね〜!ま、ここまでかな〜……逆に警戒させちゃったみたいだし」


「味方ってことですか?」

「今の所は味方っていうのが正解かな」

「今の所は……?」


「さぁて、そろそろデートのお時間だからお暇するね〜!これ以上待たせると怖いからさ!」

「お待ちください‼︎」


 イベリスの呼び止める声に、男の眉がぴくりと動いた。

 危険だと止める四葉に構わず彼女は男の元に駆け寄った。


「あの方はあなたの事をキャットと呼んだ……アールダ生まれの勇者様の愛称であるキャットと…………アールダの王城にある唯一残された勇者達の絵、私はそれを見た事があります…………あなたは彼にとてもよく似ていらっしゃいます!……あなたは勇者様なのですか……?」


 それを聞くとその場にいた者達は驚きの表情を浮かべた。

 そして、攫い人の男はイベリスの言葉におかしそうに笑うと肩を竦めた。


「面白い冗談だ」

「でも!先程あなたはライラック様と……」

「話の調子を合わせただけさ。その勇者って二百年前のだろ?俺がアンデットに見えるー?」

「…………」

「うーん……あ、そうだ。おーい、そこのスライムくん」

「なに?」

「アールダの勇者の事知ってる?どんな勇者だった?」


「一番有名なのは空からヴァイスに侵入しようとした魔族を1匹残らず全滅させた話かな……空を飛べる魔族が有利だったはずだったのに、ヴァイスに一歩も足を踏み入れる事なく皆死んだ。この勇者によって長距離を飛行できる魔族は絶滅に追い込まれた。アールダの誇り、空の支配者だと言われてる」


「あーちょい待ち!功績とかいいから!性格性格!」


「……他の勇者より年下で少し生意気だけど純粋で正義感の強い、心優しい青年として書かれる事が多い」


「あんがと。純粋で正義感の強い心優しい青年だってさ……お姫様には俺がそう見えてるのかな?光栄だね」

「…………」

「ちょっと!黙っちゃったよ!失礼だなー!」

「そうだよ」


 カクタスが静かに呟くと、怒りに目を鋭くさせ攫い人の男を睨み付けた。

 その様子に攫い人の男は思わずギョッとした。


「こんな奴が、アールダの勇者なわけない」

「えっ、ちょ……勇者様なんでそんな怖い顔して怒ってんの⁉︎…………ってやばい、そろそろホントに殴られちゃう!じゃあね!」


 攫い人の男はカクタスの怒り具合にたじたじになりながら魔物の姿に変わると、風を巻き上げ姿を消した。

 黒い羽がパルマエの勇者を埋めた場所に落ちると、煙草の煙が大きく揺れた。



「…………ぅっ……」

「わっ!姫ちゃん大丈夫⁉︎」


 ふらつくイベリスをリリーが支えると、後方で戦況を見守っていた兵士達が駆け寄ってきた。


 白魔法士が怪我を負った彼らの治療を始めると、オリビアは水晶の攻撃によって負った自身の足の怪我に視線を落とした。


「オリビアも早く治療してもらってください!」

「…………私はいいから先に彼らを」


 攫い人とツギハギの勇者の会話、そしてイベリスの話――

 オリビアは深呼吸して気持ちを落ち着けると、カクタスの方に視線を向けた。


 彼は添えられた煙草を静かに見下ろしていた。


「カクタス大丈夫?」

「…………」

「……カクタス?」

「あ……」


 カクタスはオリビアの声にハッとして振り向くと、どこか浮かない顔で頬を掻いた。


「ごめん……ぼーっとしてた……」

「勇者の覚醒の後だしね……」

「うん……」

「向こうで休みましょ、顔色が悪いわ」

「そうだね…………待って!オリビア怪我したの⁉︎」

「別に平気…………ちょっと!」


 カクタスはオリビアの足の怪我に気付くと、慌てて彼女を抱き上げそこから溢れ出す血を押さえながら白魔法士の元へと駆けた。



 ――いつものカクタスだ


 治療する様子を横でソワソワとしながら見守るカクタスの姿に、オリビアは心の中でぽつりと呟いた。


 先程の怒りに顔を歪めるカクタスの顔、

 何が彼をそこまで怒らせたのか――聞くタイミングは既に逃していた。



 怪我人がいる事もあり今日はこの場にテントを張って休む事になった。

 少し開けた所で、野営するには良かったがその分見つかりやすくもある。

 オリビアはなるべく目立たないように植物を張り巡らせ、他の魔法使いと一緒に地属性魔法も使ってカモフラージュを行った。


「オリビアそんなに魔法使って大丈夫?」


 やっとひと段落すると、リリーが駆け寄ってきた。

 勇者達はまた会議を行なっているのか姿が見えなかった。


「これぐらい大丈夫よ。……少し席を外すわ」

「どこ行くの?赤髪の勇者にオリビアが無理しないようについててくれって言われたんだけど……」

「…………トイレ」

「あ!ごめーん!じゃあ向こうのテントで待ってるから!」


 リリーが手を振ってオリビアの元から去ると、オリビアは静かにテントの影に移動して彼の名前を呼んだ。



「シオン」

少し改稿しました。

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