ep.28 スパイスひとつまみ
2日後の早朝、
カクタスたちは準備を終えて王城へ向かった後、兵士達と共に白い壁の向こうへ出た。
白い壁を越えた先は荒野が広がっていた。
植物や生き物の姿はない。
しかし、かつてそこには街があったのだろう、所々に家屋の残骸のようなものが見受けられた。
今まで見てきた景色とはまったく異なるものに、オリビアは静かに息を呑んだ。
「魔物の姿はまだ見えないですね……あ!オリビア!おもちゃなんか持ってきちゃ、ダメじゃないですか!」
「これのこと?」
「おもちゃなんて失礼しちゃうわ〜!」
オリビアの左手には籠手とスリングショットが一体化した物が装着されていた。
それは以前からマナを込めた種を風魔法で飛ばして戦うオリビアを見たデイジーが提案をしてできたものである。
マナの節約にもいいと、オリビアはこれの制作をデイジーに頼んでいた。
オリビアの腰にはポーチが追加され、そこには大量の植物の種が入っていた。
「俺も連れて来られたけど戦うの?」
「あっ……同郷の仲間ですもんね……」
「別にそういうんじゃなくて、戦わなくていいなら本読んでたいんだけど」
「あはは……」
カランコエは本を片手にそう言うと、フォティニアは腹を立てて彼を叩いた。
こんな時でも変わらないカランコエの様子に苦笑を浮かべつつ、各自配置についた。
先頭にはカクタスとオリビア、そしてラークとデイジーが、
その後ろにエボニーとセコイア、そしてパルマエの兵が並び、その更に後ろにはカランコエとフォティニア、そしてパロサントから来た白魔法士達が並んだ。
「回復薬はたくさん用意がありますので体力が尽きそうになったらこっちにきてください!」
「深手を負った方は我々白魔法士にお声がけください」
白いローブを着た白魔法士達は祈りを捧げるように手を組み空を見上げていた。
緊張感が漂う中、デイジーが肩を回すように腕を振りながら笑みを浮かべた。
「さっさと終わらせてお酒でも飲みましょ♡」
「俺は肉が食べたいな」
ラークがぽつりと呟くと、全員がギョッとしてそちらを見た。
「…………ジョークのつもり?」
「…………」
「嘘でしょ……アンタもジョークとか言えるのね……」
「あー……かなりブラックなジョークね……」
「忘れろ‼︎」
ラークは緊張を解そうとした様だが、ツッコミにくいジョークにデイジーとオリビアが顔を見合せぎこちなく笑うと、ラークはそっぽを向いて怒ってしまった。
「緊張が解れた気がするわね!ね!」
「そうね」
「変に気をつかうな‼︎」
「!」
――白い壁の上から笛の音が聞こえた。
それは魔族を確認した時の合図だった。
視線を前に向け目を細めると、砂埃――そして地鳴りと共に黒い波のようなモノが広がって見えると兵士達は顔を強張らせた。
「これでもサロウより数が少ないのか……」
「まるで波だ……」
後ろにいた兵士達のざわめきが聞こえてくるのと同時に、魔族達の雄叫びが聞こえてくる。
「恐るな‼︎」
そんな中、エボニーの王の声が響くとそこにいた者達の耳がぴりぴりと痛んだ。
王は馬に乗りカクタス達の所までやって来ると、後ろを振り返って兵士たちに向かってにっと歯を見せて笑った。
「へ、陛下が何故前線に……」
「俺はこの戦いが終われば好きなだけ食べ、好きなだけ飲み、好きなだけ女を抱くぞ‼︎」
王は声高らかに笑った。
呆気に取られぽかんとしている彼らに対して王は更に「エールは樽のまま飲む‼︎」と言葉を続けて兜を被り大剣を振り上げた。
するとエボニーの兵士達はそれに続いて「俺は彼女に結婚を申し込む」「好きな子をご飯に誘う」と声を上げ始めた。
「(ちょっとそれ……)」
オリビアはよくあるフラグに血の気が引いた。しかし兵士達の顔からは緊張や恐怖の色が消えていた。
オリビアは神の目を通してエボニーの王のスキル “勝利への導き” が発動した事に気付くと、力を漲らせる兵士達にホッと胸を撫で下ろした。
「勇者殿、終われば一杯付き合ってもらうぞ‼︎」
「はい‼︎」
「行くぞ‼︎放てー‼︎」
魔族達の姿がはっきり見えてくると、エボニーの王の合図と共に無数の矢と様々な魔法、そして砲撃が魔族に向かって放たれた。
多くの魔族が倒れるとエボニーの王が先陣を切り、攻撃を免れた魔族に突進して行った。
カクタスと共にそれに続くと後ろからは多くの足音と掛け声が付いてきた。
カクタスが槍を使って魔族や魔物を薙ぎ払い、
ラークは魔族を叩き潰すように斧を振る、
デイジーは軽くステップを踏むと重たい拳を魔族に喰らわせた。
オリビアは神の石のマナを種に込め、左手のスリングを使い魔族に向かってそれを放つと、一気に成長させ多くの魔族を巻き込み動きを封じた。
そんな彼らに影響を受け、兵士達も勇敢に立ち向かっていった。
――その戦いを密かに覗く影が3つ。
どう忍び込んだのか、白の壁を超えて家屋の残骸にその影を潜ませながら、攫い人の男は静かに呟いた。
「さぁて勇者様、お手並み拝見っと」
「本当につっよいのー?」
「それを確認しにきたの!ガッカリさせてくれるなよ、勇者様」
男の細められた目には、カクタスの姿が映っていた。
ーーー―
「チッ……どれだけいるんだ……!」
「明日は筋肉痛確定ね」
「ホントに減ってるのか心配になってくるわね……」
向かってくる魔族や魔物の多くをカクタスが相手し、それを逃れた魔族や魔物をオリビア達で対処する――気付けば日が傾いていた。
しかし魔族はいくら倒しても次々とやってきた。
兵士達にも疲労の色が見える。
あまりの多さに後ろに控えさせていたフォティニアも戦闘に加わった。
「皆さん頑張ってください!」
「あいつ……」
兵士に回復薬を渡すフォティニアに気付いた魔族が彼女に向かって地属性魔法で礫を飛ばすと、カクタスが慌てて駆け付け槍でそれを弾いた。
礫はフォティニアの横を通り過ぎ大きな音を立てて地面へ落ちた。
「大丈夫⁉︎」
「は、はい……!大丈夫です……!」
フォティニアは抉れた地面を見て顔を青くした。
彼女には投擲スキルはあるが戦闘経験は多くない――今ので恐怖心が膨れたのか動きが鈍くなった。
「フォティニア!下がりなさい!」
「で、でも……」
「…………ねえ、読書に集中できないんだけど」
カランコエが本を閉じると大きく溜息を吐いてフォティニアの近くへと寄った。
そしてフォティニアの顔を覗き込むと、いつもと違う彼女の様子に気付き首を傾げた。
今の彼女は顔色が悪く、恐怖に肩を震わせていた。
「あの女を殺して回復を止めさせろ‼︎」
「殺せ‼︎」
多くの魔族がフォティニアに向かって行くと、カクタスとオリビアはそれを止める為に動いた。
魔族達の殺気に、フォティニアはナイフを握ることもできなくなっていた。
「……怖いの?」
カランコエはフォティニアに問いかけた。
フォティニアはカランコエを見てビクッと肩を跳ねさせ視線を泳がせると、カランコエは呆れたように溜息を吐いた。
「まさか俺のことも怖いの?」
「…………ち、違います……」
「怪我してるやつに回復薬渡さなくていいの?」
「わ、わかってます……」
「…………」
いつもと違うフォティニアの反応に、カランコエはまた溜め息を吐いた。
カランコエは向かって来る魔族達を見ると静かにそちらに触手を向けて、フォティニアの耳元に口を寄せた。
「本」
「……へ?」
カランコエの言葉にフォティニアが気の抜けた声を出すと、彼は触手を鎌のような形に変えて魔族を切り裂いた。
「本買って」
「な、なにを……」
「フォティニアを守ってあげるから、本買ってよ」
カランコエは髪の触手を大きく広げると、それを捻り槍のようにして、向かってくる魔族を貫いた。
そして読んでいた本をフォティニアに見せると、カランコエは静かに言葉を続けた。
「この本は割と面白い。続き、買って」
「!」
カランコエによってフォティニアを狙う魔族が次々と倒れていくと、フォティニアは涙を滲ませながらカランコエを見た。
「…………続編、必ず買います……!ありがとう……カランコエ……!」
「約束だからね」
「はい!」
カランコエは口元に少しだけ笑みを浮かべた。
フォティニアはぐっと唇を引き締めると、回復薬を疲弊した兵士たちに投げて、再びナイフを手に取った。
――善戦していると思っていた。
しかし、疲弊した兵士達を気にしながら立ち回るカクタスにも少し疲れの色が見え始めた。
途中交代で休憩を挟むが、その短い休憩では体力はなかなか回復しない。
戦いに終わりが見えない。
日が落ち、昇り、また日が傾き始めた頃には、戦える兵士の数は大きく減っていた。
ラークは斧を振る速度が落ち、時折斧の重さに足をよろめかせ、
デイジーは拳の勢いがなくなり、手からは血が滴り落ちていた。
フォティニアは投げられるナイフがなくなり、回復薬の配布に回り、
カランコエに疲れは見られないが、フォティニアを守る事以外は何かする様子はなかった。
誰よりも多く魔族を相手にしていたカクタスは、槍を振る勢いは変わらないが、魔族の攻撃が何度か掠めて、至る所に血が滲んでいた。
オリビアは魔族を植物の加護だけではなく、土や風、水の魔法で応戦するが、集中力が落ちて魔法のコントロール力は落ち、神の石もパルマエの時とは比較にならないほど濁り、色が失われつつあった。
彼らは精神面でも、限界が迫ってきていた。
「頭領〜飽っきた〜」
「俺も〜」
それを傍観していた攫い人たちは長く続く戦いに、退屈さを感じていた。
「なんっか期待っして損っした〜!負けっそうじゃん!」
小さな女が体格のいい男を軽くポカポカと叩くと、体格のいい男は「何故俺を叩く……」と呆れたように呟いた。
そして攫い人の男は少し考えた後、何か思いついたのか笑みを浮かべた。
「しょうがない。ここで俺がスパイスをひとつまみ」
「スッパイス?」
男は懐からナイフを取り出すと、視線をオリビアに向ける。
「このスパイスが、この戦況をご馳走にするか、残飯にするか……賭けよっか」
「ぐぁっ……‼︎」
「‼︎」
オリビアと対峙していた魔族が、突然彼女の方に倒れ込んでくると、予想していなかった動きに驚きつつ彼女はそれを回避した。
魔族の背中にナイフが突き刺さっているのを見て、フォティニアがやってくれたのかとホッとするも、それが彼女の所持しているナイフと違う事に気付き、思わずそれに手を伸ばした――すると突然ナイフの柄尻が開きオリビアに向かって血が飛んだ。
顔にかかると慌ててそれを拭ったが、その隙に魔族が剣を振り上げオリビアに斬りかかった。
「オリビア‼︎」
――致命傷は避けられたがスリングショットが壊され腕を浅く切りつけられた。
オリビアは種にマナを流し込み、それを鞭のように成長させると、再び斬りかかってきた魔族を払い飛ばした。
しかし、返り血と武器が壊れたオリビアに、魔族たちは弱っていると勘違いしたのか多くが彼女に向かって飛びかかってきた。
「っ……!」
なんとかするしかないと植物の鞭を構えると、突然ピタリと魔族の動きが止まった。
魔族達だけではない。
押しつぶされるような圧迫感――そして体を震え上がらせるほどの冷たい感覚に、その場にいた全ての者が動きを止めた。
次の瞬間、オリビアの横を何かが目にも止まらぬ速さで通り過ぎると、周りにいた魔族はいつの間にか地面に倒れていた。
彼女の周りだけではない。
視界に溢れかえっていた魔族達が、次々と地に伏せて行く――
何が起こっているのか分からないうちに、その場に立っている魔族は1人も居なくなり――魔族の死体の中心にはカクタスが立っていた。
「…………勇者殿がやったぞーッ‼︎」
エボニーの王の声に、兵士たちから歓声が上がると、カクタスは静かに槍を地面へ突き刺した。
彼の靴はぼろぼろに破け、片方は裸足。
返り血を浴びた彼の体には、渦のような模様が淡い光を放ちながら全身に浮き上がり、大きく見開かれた目の中心は赤く光っている。
――まるで別人のような彼の姿に、オリビアは思わず足を止めた。
「カクタス……?」
オリビアが恐る恐るカクタスの名前を呼ぶと、彼はハッと顔を上げた。
「オリビア大丈夫⁉︎」
そして、足を引き摺りながらオリビアの目の前まで来ると、カクタスは眉を下げて心配そうにオリビアの顔を覗き込んだ。
その姿はオリビアのよく知るカクタスだった。
「……大丈夫、ただの擦り傷よ。それより今の……すごいじゃない!目で追えなかった!」
「無我夢中で……」
カクタスは頬を掻きながら答えると、兵士たちが彼らの周りに集まってきた。
先程まで疲弊しきっていたというのに、彼らは戦いの終わりに興奮を抑えきれなかった。
「我々の勝利だー‼︎」
「勇者様万歳‼︎」
兵士達が兜を上に投げ、お互いに抱きしめ合い肩を組み笑い合うと、フォティニアも真似をしてヘッドドレスを投げオリビアに抱きついた。
オリビアも思わず笑みを溢しながら抱き返すと、フォティニアはカランコエにも抱きつきに行った。
――それはもちろん避けられた。
「さすがです勇者様‼︎」
「びっくりしたわよ!一瞬であんな数……勇者様?」
「……カクタス‼︎」
カクタスは力なく笑うと後ろに倒れ込んだ。
オリビアが慌てて頭を守るように下に滑り込み顔を覗き込むと、カクタスは気を失っていた。
「カクタス……!」
「恐らく最後のあの動き……無茶をしたんだろう……」
「足の裏傷だらけじゃない……!骨も折れてる……!」
「勇者殿‼︎」
エボニーの王が駆け寄って来ると、カクタスを肩に持ち上げ白魔法士の元へと駆けて行った。
オリビア達も一緒に向かおうとしたが、戦いでのダメージがそれを許してはくれなかった。
体力の限界に、彼らはその場に座り込み動く事ができなかった。
「…………」
「あらら、ご馳走になっちゃったね」
「もしかしたらっもしかしてっがあるかもっ!」
「勇者の力をあそこまで使いこなすとは……驚きだな……」
小さな女が飛び跳ねて興奮し、体格のいい男は素直に感心の言葉を述べた。
男は二人の反応に満足そうに笑うと、腕を上げて体を伸ばした。
「あのエルフちゃんの存在は今回の戦争を左右する。プラスに働くかマイナスに働くか……」
「プラスっじゃないの?」
「あれは諸刃の剣だな」
「その通り」
「もろは?」
男がへらへらと笑うと体格のいい男の肩をぽんぽんと叩いた。
「さてさて、親からも友からも捨てられ孤独だった自分を救いあげてくれたヒーローエルフちゃんと魔王様を倒してハッピーエンドを迎えるか、
唯一の存在を弱点に落としバッドエンドを歩むか――これは見ものだね」
男は帰るよと2人に声をかけると、静かにその場から消えた。
少し改稿しました。




