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ep.2

 



 捜索隊が出て行った門の前には鼻を啜り涙で瞼を赤く腫らしたローレルの姿があった。

 オリビアがその隣に座るとローレルは剣をぐっと握り締めて再度鼻を啜った。



「父ちゃん達、三日後には帰るって言ってたのにもう一週間も経ってる…」

「きっと少し遠くまで行き過ぎただけよ。もう少ししたら帰ってくるわ」

「そうだよな…」

「帰って来たら遅すぎるってお母さんの代わりにぶん殴ってやるわ!」

「ははっ、女のくせに野蛮だなぁ…」

「なんですって?」

「うわっ!だから野蛮だってんだよ!」

「ホントに殴るわよ?」

「おっかねー……ははっ…ありがとな」



 ローレルは深い緑の髪をぐっと掻き上げ深呼吸をするとよしっと声を出し立ち上がると剣を構えた。



「俺まだ弱いけどさ、おばばが俺はこの村で1番強くなれるかもって!」

「知ってるわよ」

「うっ…そうなのか……んんっ!俺、本当に1番強くなるからさ!…だからさ……俺と……」


「あれは……おい!あいつらが帰ってきたぞー!炎は緑!無事だ!」

「!」



 オリビアとローレルは櫓の上にいる監視の男の言葉を聞き顔を見合わせた後、慌てて櫓を駆け上がった。

 2人を見て監視の男は困ったように笑いながら森を指差す。

 その先には無事を知らせる緑色の松明を先頭に、ぽつぽつと続く松明の炎が見えた。



「おーい」

「とーちゃんの声だ…とーちゃん達が帰って来たんだ!」



 ローレルが村人達にそれを伝えに走るとすぐに村の最年長であり村長のおばばがやって来て、監視の男からの報告を聞いてほっと胸を撫で下ろした。


「おーい」

「ただいまー」

「おーい」


 聞き覚えのある声が次々と聞こえてくると出迎えに集まった村の人達は捜索隊が無事に帰って来た事に安堵し涙を浮かべていた。


「ったく…心配かけさせやがって…門を開けるぞ!おばば、結界を解いてくれ。先に行って怪我人や捜索の報告を聞いてくる」

「まったく、肝が冷えたよ…年寄りの寿命をこれ以上縮めないでほしいねぇ…」

「あんたー!」

「あっ!待てって!」


 村人の何人かが捜索隊の方へ向かって行くとオリビアもそれに続こうと櫓を降りて門の先へ足を踏み出すが、背中にひやりとした風が通ったような感覚に動きが止まった。

 そこである違和感に気づいた。



 オリビアは村人に声をかけ終えて駆け出したローレルの腕を掴むとゆっくりと後退した。


「オリビア?」

「おばば」

「ん?どうした」

「結界を張り直して、あれ…お父さん達じゃない」

「!」

「何言ってんだ!さっきのは間違いなくとーちゃんの声だった!」



 ローレルがオリビアに向かって大声を上げるもオリビアの耳には届かなかった。

 おばばが結界を解いた途端に松明の灯りが大きく揺れ速度を上げてこちらに向かってくる。



「下がれーーーー‼︎‼︎」


 おばばの声と共に何かが風を切る音が聞こえた。


 水の加護で再び結界を張ろうとするおばばの腹に向かい何かが飛んで来ると嫌な音をさせながらおばばは後ろへと飛んで行った。

 オリビアとローレルは慌てて駆け寄るが徐々に近付いてくる多くの足音と息遣いに再び視線をそちらに向けた。

 そこにはやはり彼等ではないモノ達がいた。



「皆下がれ‼︎モドキだ‼︎」



 近くに来てやっと見えたそいつらの正体は私たちの倍以上に大きく太った体、そして豚のような鼻にエルフのような横に長い耳を持ったモドキと呼ばれる種族だった。



「あ、あいつら…ッ!」


 先頭にいる何頭かのモドキは肉片の付いた緑の髪を頭に乗せている。

 そしてその手には先程向かっていった村人達の首がぶら下がっていた。



「おーい」


「なん、で…あのモドキ…とーちゃんの声……」

「ローレル!早く逃げなきゃ!」

「…っ!」



 村に残っていた男達が駆けつけモドキの相手をしている間にオリビアはおばばを背負って混乱するローレルの腕を引っ張った。


「(すごくたくさんいた…どうしよう…)」


 恐怖で体が震える足を無理矢理動かし、村の奥へと逃げようとするオリビアの目の前に折れた槍先が飛んできた。

 恐る恐る振り返るとモドキ達の足元には首を捥がれた男達の死体が転がっていた。



「……っローレル走って‼︎」

 オリビアは恐怖で混乱する村人達と共に、ローレルの腕を引きがむしゃらに走った。


 モドキは頭が悪く統率がとれない、その為群れはなさない。と村人達はよく言っていた。

 しかし、奴らは大きな群れでやってきた。

 それどころか緑の松明を扱いオリビア達を欺いた。

 オリビアの中に言いようのない不安と疑念が渦巻いた。



「オリビア‼︎」

「お母さん‼︎来ちゃダメ‼︎」

「えっ…あ……」


 オリビアの母が見つめる先には一匹のモドキがいた。

 その頭に乗った肉片のついた髪の色には見覚えがある。

 母の視線に気付いたモドキは投石用の石を手に取りゆっくりと近付きながら口の端を大きく持ち上げ振りかぶった。



『「ただいま」』


「い、いやぁぁぁーーー‼︎」


「ーーーーッ‼︎」



 母の悲鳴と同時にオリビアはおばばをローレルに預けると、母を突き飛ばし投石避けるとそのまま地面に手を着き加護を使って自分達を守るように土を盛り上げ大きなドーム状の壁を作った。



 なんとかしなきゃ…このままじゃ殺される…!



 外から振動が伝わるとオリビアは慌てて壁を強化する。

 急拵えの土壁は厚さが均等ではなく、奴らは鼻がきくのか壁の薄い場所を的確に攻撃してきた。

 気を抜けば壊される…奴らは恐ろしく力が強かった。


「(どうしたらいい…少ししたらあいつらは諦めてくれるだろうか…?

 分からない…誰かに助けを求める…?どこに?どうやって?)」



「ありがとう…オリビア…」


 血を垂れ流し苦しそうに顔を歪ませたおばばがか細い声でそう言った。

 肋骨は確実に折れ、血を流している事から内臓も大きく損傷している…おばばはきっと長くはないだろう。

 オリビアは悔しさと悲しみに肩を震わせながらこれからどうするかを問おうと振り返ると、

 おばばは穏やかな笑みを浮かべた。



「オリビア……時間を稼いでくれて本当にありがとう…マナエルフは穢されることなく終わる事ができる…」

「へ…?」



 おばばはナイフを取り出して近くにいた村人に渡し、首から下げていた緑の髪が一房入った瓶を握りしめた。その手にある神の石は割れて黒く濁っていた。



「オリビアが作ってくれたこの時間を無駄にしてはならん…残されたのは年寄りと女と子供…弄ばれ、苗床になり、種を穢されるくらいならば……皆、神の元へ行こう…」


 直後にナイフを渡された村人が泣きながら自分の神の石を破壊すると神の元へ帰りますと言って自分の首を切った。

 そのまま隣にいた村人へとナイフが渡り、同じように石を壊し首を切る。そしてまた隣へ―――



 オリビアはモドキを食い止めたにも関わらず、死人が増えるこの現状にひどく混乱した。



「何やって…ッ…おばば‼︎皆を止めて‼︎どうするか一緒に考えて‼︎諦めないで‼︎」

「オリビアありがとう…あなたのお陰で最期に息子と話せる時間ができた」

「かーちゃ…やめてくれ…俺…」

「ローレルあんたがいてくれて…母ちゃん本当に幸せだった。大丈夫、神様のところで待ってるね」



 ローレルの母のモノか、それとも別の誰かのモノか、オリビアの手元に跳ねた血が、土に滲み広がっていく。


 モドキを防ぐには加護を使い続けなければならない。

 しかし、それでは自らの命を断つ村人達を止められない。

 焦りと恐怖がオリビアの心を掻き乱していた。





「オリビア」

「っ!」



 次にそのナイフを拾ったのはオリビアの母だった。




「やめて…やめてお母さん…わ、私…守るから……大丈夫だから……も、もう狩りに行きたいとか我儘言わない…‼︎家のことちゃんとする…‼︎なんで…やっと……」

「オリビア…ごめんね……」

「待って…待って待って待って‼︎…ッ…ローレル‼︎あんたも地の加護もってるでしょ‼︎手伝いなさいよ‼︎早く…早くこっちに来て…‼︎このままじゃ…やだ…っやだ…‼︎」


「私のところに生まれてきてくれてありがとう、愛してる」



 ―――手を離してしまいたかった

 オリビアは倒れ込む母を、受け止める事はできなかった。


 モドキ達は血の匂いに興奮してか、壁を殴る力が増していた。数を増しているのか至る所から振動が起こる。

 ローレルは母親の側から離れず放心し、泣きじゃくる子供達の声がドーム内に反響する

 次々と人が死んでいく、残された村人の数は多くない。




 ミシッと音を立てて壁に亀裂が走ると一瞬だけ黄緑色の髪を乗せたモドキがオリビアの瞳に映り込んだ。

 その髪色は、


「ただいま」




「ふざけんなああぁあーーーーッ‼︎」




 オリビアは残った石のマナを一気に解放した。


























「…なんだあの山は…動いているのか?」

「……すぐに騎士団に連絡を‼︎」













 ―――――




「何だこれは…」


「(声…?)」



 ―――あれからどうなったの?




 オリビアが目を覚ますと景色は大きく変わっていた。

 土の壁には木の根が張り、地面には緑が生い茂り様々な色の花が咲き誇っていた。


 あんなにいたモドキ達はどこへ行ったのか、壁を叩くあの恐ろしい音はもう聞こえない。

 状況を把握しようと動いたオリビアだったが、体にうまく力が入らず再び地面へと突っ伏した。

 深呼吸をして少し顔を動かし周りの様子を見れば横たわった村人達が視界に入った。



「皆…死んじゃったの…?」



 オリビアの問いかけに、誰も答えてはくれなかった。


 涙が溢れまつ毛を伝って地面へ落ちると、突然右手に鋭い痛みが走った。そこには輝きを失い黒くなってしまった神の石、そしてそこから腕を這うように伸びた植物の蔓のような痣があった。

 右目にも違和感を感じ、ぼろぼろな自身の体に彼女は自嘲気味に笑った。


 無茶をした代償だろうか、

 それでも結局、悲劇を止める事ができなかった。



 オリビアはまた溢れそうになる涙を抑えるように左目を地面に押し付けると、

 突然目の前に文字が浮かび上がった。




 "神の目"

 "神から愛されし者達を命を賭して救った者に授けられし加護"




 オリビアは驚き顔を少しだけ上げると先程の文字は消えてしまった。


 そこで右目の違和感の正体に気付いた。


 恐る恐る左目を閉じると再び神の目の文面が浮かぶ。

 そして静かに消えると、今度は別の文字が浮かび上がった。


 "ナズナ"

 "状況:マナによって開花"


 "シロツメクサ"

 "状態:マナによって開花"



「花の名前…?状態…?」


 右目を少し凝らすとまるでゲームのように視界に映った物の情報が文字となって浮かび上がった。

 オリビアは混乱しつつも右目に宿った能力(スキル)を確認するように辺りを見回すと、ぴたりと動きを止めた。



「……っ…」



 目の前に浮かんだ文字を見て、オリビアは堪らず涙を溢れさせた。



 "ローレル(16)"

 "状態:気絶"



 生きてる…


 他にも何人か気絶と表示されていた。

 そして死亡とも…



「ロー…レル…ローレル…ッ」


 オリビアは体を引き摺り、痛みに堪えながらローレルに向かい手を伸ばした。

 左目は決して開けなかった。気絶という文字が変わらないように、消えてしまわないように。


「よかっ、た…よかった…」


 ローレルの手を握るとほんのり暖かかった。

 生きている。右手の痛みは勿論消えていない、しかしオリビアは何度も確認するようにローレルの手を握り締め、その度に よかった と言葉を繰り返した。

 彼女は残った彼らが生きている事に、彼らを守れた事に心から安堵した。




「遺跡か?いや…それにしては土が新しいな…」


「!」



 突然聞こえた人の声

 土の壁の向こうから聞こえる。

 オリビアは再び恐怖が蘇るとローレルの手を握りながら息を殺し、耳を澄ませた。



「モドキの足跡だ…クソッ…どうして…生存者は⁈」

「生存者はまだ見つかっていません…」

「モドキって…オークの事ですか?…オークに気付き逃げたのでは?それか…」

「この中か……しかし、今の装備で破壊するのは難しいですね……おーい!誰かいるのかー!返事をしてくれー!」



「(さっきの人の声…気のせいじゃなかったんだ…でもこれって…)」


 オリビアの想像通り、壁の外にいるのは人間達だった。

 ある事情でやってきた騎士団と呼ばれる者たちと、フードを深く被った者、

 オリビアは騎士の呼び掛けに答えるか思い悩んでいた。

 それは彼女達が"マナエルフ"であるからだ。


 大人達から聞かされてきた人間達の行いを思い出し、

 外にいる人間達は信頼できるのか、

 新たな恐怖に晒されるのでは…

 しかしここで人間達が去るのを待ち、モドキ達が戻ってきたら…

 もう頼りになる男達はいない、ここに残っているのは子供と女だけ

 結界を張れるおばばももう……


「返事はないな…日も暮れてしまいますし一度戻って…」



 オリビアが頭を悩ませていると、それを急かすように声が離れていく。


「一度戻って…?ど、どこに…待って…日も暮れるって…もうそんなに時間が経ってるの…?」



 夜の暗闇に浮かぶ緑の松明、そして増える炎の光

 それに照らされた緑色の髪とモドキの顔が思い出されるとオリビアの恐怖心は大きく膨れ上がった。



「待って……助、けて…」



 恐怖で震え、うまく声が出せない


 モドキが戻って来たら、私達は……



「死にたくない…っ」


 小さく掠れ、漏れ出た声。

 言葉にした事でオリビアの中で何かが決壊した。

 モドキが戻ってくればどうなるか

 ―――それは明白である。

 人間は恐ろしい生き物だと聞かされたが、今彼女がそれよりも恐れたのは"死"だった。

 声の聞こえた方へ体を引きずりながら移動すると、壁に向かい手を伸ばす。

 再び声を出そうとした時だった、

 黒く濁ってしまっていた神の石が、そっと色を帯び始めた。

 ―――まるで、オリビアの心に応えるかのように


 オリビアは力を振り絞り、加護の力を使って人が入れるほどの隙間を作ると外にいる人間に向かい声を上げた。



「助けて、ください…‼︎」


 オリビアの声に気付いた人間達が集まってくると安堵からか、オリビアは地面に突っ伏してしまった。



「ロータス様お待ちください‼︎」



 薄れる意識の中、フードを被った人間がおばばに駆け寄り大声で泣き叫ぶ姿が見えた。

 フードからはみ出た耳は長く、オリビア達と同じ……


 ―――そこでオリビアは静かに意識を手放した。


※誤字修正しました。

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