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ep.19 負けない約束

 


「なーんだ、つまんなーい」


 青髪の勇者の合図で戦闘が始まり、数分で決着がついた。


 首元に向けられた男の剣先――カクタスは地面へと視線を落とした。


「あの男、なかなか剣の腕がいいな」

「ですわね……しかしそれに比べ勇者様の方は……」

「俺初めてカクタスさんが戦うとこみたけど……どうやってパルマエの戦いを鎮めたんだろ……」

「やっぱりエルフのお陰じゃね?」


「エルフ嬢、やはり何かしようと……」


 オリビアの拳は強く握り込まれていた。


「ほらみろ、何も変わってねぇ……」

「(攻撃はしっかり見えてたみたいだが……剣に振り回されてやがる。やっぱエルフの嬢ちゃんのお陰か……もしかしてと思ったんだがな……)おっ、嬢ちゃん残念だったな」


 オリビアがカクタスの元に来ると、彼は気まずそうに視線を逸らす。

 しかし、オリビアはカクタスから視線を逸らさず、少し低い声で男に声をかけた。


「あんた、中々いい腕してるのね」

「当たり前だ!村でも飛び抜けて剣の才能があった!今じゃアニキの右腕だしな!」

「右腕は言い過ぎだが……実際こいつは強いぜ」

「へっ!カクタス、村に帰って畑仕事でもしたらどうだ?」

「……」


 叱られる事を恐れるような表情を浮かべるカクタスに、オリビアは強い怒りを覚えた。

 歯を食いしばると奥歯がギリギリと音を立て、青髪の勇者は二人の様子に気まずそうに頬を掻くと、これ以上男が余計なことを言わないように祈った。


「この試合は剣しか使用しちゃいけないのかしら」

「あ?」


 絞り出すようにオリビアが問いかけると、男は眉を寄せる。

 慌てて青髪の勇者が間に入るが、オリビアはカクタスをその目に捕らえたままだった。


「あんた、なんでカクタスに剣を渡したの?」


「なんだ?小細工でも疑ってんのか?調べてみろよ。ったく……必死になっちゃってよ、カクタスは負けたんだよ!これが世界を救う勇者だなんて呆れるぜ」

「よくしゃべるわね」

「あ?」

「自分が優位な状況で勝つのは当たり前でしょ。はしゃいでんじゃないわよ、ダサいわね」

「なんだと⁉︎」


 オリビアは修練用の武器の中から槍を手に取り、カクタスに向かい差し出した。


「カクタス、あんた何してるの?」


「オリビア……」


「なんで武器を変えなかったの?」

「それは……」

「剣に未練でもあるの?」

「違う!そうじゃない……」

「じゃあなんなのよ‼︎」


 オリビアが声を荒げると、カクタスや青髪の勇者だけでなく、先程までイラついていた男も思わずたじろいだ。


「……」


「もう一度よ、いいわよね?」

「武器を変えたぐらいで……」

「やるの?やらないの?」

「……チッ、いいぜ。どうせ結果は決まってんだ」


「カクタス」

「オリビア……」

「勝って、1分以内よ」

「……」


 やっとオリビアを見たカクタスは、その瞳に怒りと悲しみ――そして呆れの感情を感じ取り、額に汗を滲ませた。


「(嬢ちゃんめっちゃ怒ってるなぁ……)」

「(リーチの長い槍なら勝てるなんて考えが甘いな、懐に飛び込めばこっちのもんだ)構えろカクタス。……おい、聞いてんのか」

「……パキラさん、合図を」


 オリビアがその場から離れると、カクタスは静かに立ち上がりその背中を見つめた。


「お、おう……準備はいいか?」

「いつでもいいぜ!」

「……」

「よし……始め‼︎」

「一瞬で決めてやるよ‼︎」


「1分以内……」


 カクタスはぽつりと小さく呟いた。

 そして、槍を強く握り締めると――


「やめろ赤髪‼︎」


 青髪の勇者が声を荒げ、訓練用の剣を掴み男の足元へ投げつけると、男は体勢を崩し地面へ転がった。

 地面へ手を付くその直前――男は自身の後ろに大きく風を切る音を聞いた。


「なん、だ……?」


 一瞬で勝負がついた。


 カクタスは懐に入り込もうと大きく足を踏み込み剣を突き出した男の攻撃を避けると、その勢いのまま体を回転させ死角に入り槍を振ったのだ。

 あのまま青髪の勇者が男を転ばせていなければ、無事ではいられなかっただろう。

 カクタスは男の木剣を叩き落とし、呆然とする男を見下ろした。


「……ごめん」

「っ……!」


 その顔は、男のよく知るカクタスとは違って見えた。


「(1分どころか一瞬で……)おい赤髪……」

「待ってオリビア!」


 オリビアは勝負を見届けると背を向けた。

 カクタスの声が聞こえたが彼女は拳を強く握り締めたまま、そこから逃げるように走り去った。



 ――――


「待って!」


 追いかけてきたカクタスに腕を掴まれると、オリビアはゆっくりと減速し立ち止まった。

 振り向きはしなかった。


「剣を渡されたからつい……」

「……」

「……ごめん」


「ーー何やってんのよ馬鹿〜っ‼︎」


 オリビアは勢いよく振り向くと、涙を溢れさせながらカクタスを睨み付け、胸を何度も殴った。カクタスはそれを止める事なく、眉を下げて俯いた。

 怒りは収まらず胸ぐらを掴んで壁に押し付けようとするが、彼はびくともしない。それにより更に怒りが増した。


「何が剣を渡されたからよ‼︎ふざけないで‼︎カクタスはパルマエの人達を救ったのに‼︎すごく活躍したのに‼︎すごい勇者なのに‼︎」

「お、オリビア……」

「馬鹿にされていいはずがない……称賛されるべきなのに‼︎なんで自分から馬鹿にされに行ってんのよ‼︎」

「……」

「カクタスが馬鹿にされるのを見て……あんな奴なんかに負けるのを見て……私が……どんな気持ちで……‼︎」


 オリビアは様々な感情が湧き上がった後、強く残った悔しさに言葉を震わせた。

 カクタスの胸ぐらから手を離して後ろに下がり、雑に涙を拭うとカクタスは慌てて彼女の腕を掴んだ。


「そんなに擦ったら腫れちゃうよ……」

「うるさい……‼︎」

「オリビア……失望させちゃってごめん……もうこんな事がないようにするから……」

「遅いんだよバカー‼︎」

「うん……ホントにごめん……」

「ホントに……何やってんのよ……」

「ごめん……もうオリビアを失望させない……もう負けないから……」


 手を握り膝を着いて真剣な眼差しを向けるカクタスの姿が涙で滲んだ視界に入ってくると、オリビアは鼻を啜りながらその言葉に少しずつ落ち着きを取り戻し、彼にいくつも問いを投げた。


「……絶対?」

「うん」

「……もう絶対に負けたりしない?」

「約束する」

「馬鹿にされたら?」

「見返せるように頑張る」

「違う、言い返して」

「が、頑張る……」

「……約束よ」

「うん」


 オリビアはまだ少し不服そうにしながらも、カクタスの言葉に涙を止めた。

 それに対してカクタスは少し安堵したのか、静かに息を吐いた。


「……少し感情的になり過ぎたわ、ごめん」

「いや、俺が悪いんだ。……オリビア、これからも俺について来てくれる?」

「……しょうがないわね」

「ありがとう」


 カクタスは優しい笑みを浮かべてオリビアの涙を拭うと、それがまるで子供をあやす父親のようで、オリビアは羞恥心が湧いた。


 深呼吸して念を押すように約束よとカクタスの眉間を指でぐりぐりと押すと、彼は苦笑を浮かべ頷いた。




「……こんな顔じゃ戻れないし、部屋で飲み直そうと思うんだけど……付き合ってくれるわよね?」

「もちろん」


 オリビアはニッと笑ってカクタスを見ると、その手を掴んで部屋へと向かった。






 同時刻――



「僻みくん固まっちゃったー」

「一瞬で決められちゃったわけじゃん?頭が追いついてない感じじゃない?」

「コラ皆!」

「いやーん、四葉が怒ったー!」


 広場に残された者達は、呆気なく負けた男を囲んで盛り上がっていた。


「(あの感じだと、槍術の才能は最近気付いたみたいだな……エルフの子が鑑定眼持ちなのか?……それにしてもすごい速さだった……俺も鍛えなきゃな……)」

「四葉なに考えてんのー?」


「アニキ、王がお開きにしようってよ」

「あ、ああ……野郎ども部屋戻るぞー!お前も、いつまでもそうしてないで部屋行って頭冷やせ」

「……はい」

「(……ありゃやばかったな……止めるのがもう少し遅れてたら……おもしれぇ、槍を使う勇者か……今度は俺様が手合わせ願いたいね)」


 噂とは違うカクタスのその実力に、勇者である2人は身震いした。


 今の今まで、総合的に自身がどの勇者よりも秀でていると信じていた2人だったが、一瞬でその自信が揺らいだ。


 もう少し長く彼が戦う姿を見てみたい。


 対照的な二人だが、同じ事を考えながら広場を後にした。





 ――――


「たのもー‼︎‼︎」


「‼︎」


 オリビアは大きな声に驚いて飛び起きると、慌てて辺りを見回す。

 あの後、オリビアとカクタスは寝落ちるまでパルマエの話題で盛り上がった。

 床では同じく声に驚いて目を覚ましたカクタスがボサボサの頭で辺りを見回し目をパチクリとさせていた。


「やっと起きた?」

「っ⁉︎あんたが何でここに……ぎゃぁっ!」


 オリビアがベッドから落ち床に頭をぶつけると、打ったところを手で押さえながら慌てて起き上がり、窓枠に座って本を読む“彼”を睨み付ける。

 彼は大袈裟に溜息を吐いて読んでいた本を閉じると頭を振った。


「覚えてないの?勇者がここにいるって聞いて来たら、酔っ払ったアンタ達に付き合わされたんだけど」


「そう……だったわね……」


 そこにいたのはパルマエで戦ったスライムだった。

 捕虜としてセコイアに連れて来られたスライム――カランコエは誓約にあった通り情報を提供し、王城でしばらく暮らす事になった。

 動ける範囲は決まっているが見張りをつけた状態でならある程度自由に過ごす事も許されたらしい。

 魔族の為、最初は一方的に攻撃されたり怖がられていたが今は何故か城の人達から可愛がられているようだった。


「か、カランコエ……その書庫は立ち入り禁止……むにゃむにゃ……」


 ソファーで悪夢でも見ているのかうんうんと唸り酒瓶を握りしめながら眠っているのはオリビアの友人であるメイドのフォティニアだった。

 彼女が昨夜の見張り役だったらしく、彼女も寝落ちるまでオリビアたちに付き合わされたようだった。――勤務中なのにも関わらず。



 オリビアがやらかしてしまったと頭を抱えると、カランコエは髪を直すカクタスの方に歩み寄り、向かいに座って観察するようにじーっと顔を眺め始めた。


「人間もスライムみたいになるんだね」

「へ?」

「酒を飲むと顔が赤くなって舌が回らなくなるっていうのは本でもよく見るけど、顔のパーツがおかしくなるなんて書いてなかったから不思議でさ」

「顔のパーツがおかしくなる……」

「一つ勉強になったよ。……顔が赤いけど、それはまだ酒が影響してるの?それとも羞恥心から?」


 カクタスが顔を赤くするとカランコエが人間って不思議だなと呟いてカクタスに一枚の紙を渡した。そこにはふにゃふにゃになったカクタスであろう人物が描かれていた。


「それ勇者にあげるよ」

「……ありがとう」


「あ、そうだ。カトレアが今日の午後時間を空けといてってさ。パルマエの事で伝えたい事があるんだぅて。フォティニアいい加減起きて」

「ハッ!カランコエまた立ち入り禁止区域に入って!……あれ、夢?」

「おはよう。カトレアからの伝言伝えちゃったからね」

「……わっ!大変!また侍女長に怒られちゃう……!」


 カランコエは頭を抱えるフォティニアを横目にソファーから立ち上がり、持って来ていた本を回収して扉の方に向かった。


「フォティニア、書庫行きたい」

「立ち入り禁止区域の書庫じゃないですよね?」

「ダメなの?じゃあ別の書庫に連れて行くか、何か本持って来てよ」

「恋愛小説なら私の部屋にあるのですぐ用意できますよ!」

「ああ……交尾に至るまでの過程が書かれた本?」

「なんて事を言うんですか‼︎人間の感情が知りたいなら読むべきです‼︎」

「ふーん」


 カランコエが興味なさげに言うとフォティニアはぷりぷりと怒りながら彼の背中を押して部屋から出て行った。


 カクタスは部屋に散らかった酒瓶などを片付けると、オリビアの方を向いた。


「飲みすぎちゃったね……俺は部屋に戻ってちょっと水浴びてくるよ」

「私もそうするわ……」


 オリビアがごめんねと謝ると、カクタスは笑みを浮かべ「また後で」と言い残し部屋から出ていった。


「パルマエに責任を取らせるって言ってたしその事かな……」


 ぐっと背伸びをすると、オリビアは酔い覚ましも兼ねて浴室へと向かった。





 ――――


「俺が先だ‼︎」

「馬鹿言わないでちょうだい‼︎アタシが先よ‼︎」

「こっちは王命だぞ‼︎」

「そんなの知らないわよ‼︎こっちはすぐにでもお会いしなきゃいけないの‼︎」



 玉座の間――そこでは野太い声が二つ、勢いよく飛び交っていた。


「コラコラ君たち……!」

「私の前でも臆する事なく言い合いができるとは……中々に肝が座っているな」


「陛下、勇者様方をお連れしました」


少し改稿しました。

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