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ep.2-49 紫色の瞳

 


「過去3年分の新聞、取り扱ってない?」


 不意にかかった声に、店主は肩を跳ねさせた。


「……お嬢ちゃん、さすがに残ってないよ」


 ――いつ入って来たんだ?

 扉から垂れ下がるベルを睨み付けながら、店主は無愛想に返した。


「そう……」


 店主の視線が、残念そうに声を漏らす客へと向けられる。


 なぜ3年分もの新聞を?


 不審に思って眉を顰めると、フードの下から覗く紫色の瞳と目が合った。


 その紫を、どこかで見たことがある――


「あー……ひと月分なら残っていると思うが……」


 そう思っているうちに、口は勝手に言葉を続けた。


「ホント?……ならひと月分、一部ずつちょうだい」


「……あいよ、ちょっと待っててくれ」


 店主は店の奥へと向かった。


 新聞の詰められた箱はずしりと重い。

 仕切りはしてあるものの、ひと月分を揃えるのは面倒な作業だ。


 新聞などいくら売っても、魔道具に比べれば大した額にはならない。


 適当に最近の物だけ売ってやればいいものを――


 呆れて溜息が溢れる。

 店主は箱を抱えて、客の女の元へと戻った。


「今纏めるから待っ……っ⁉︎」


 視界に飛び込んできたのは、窓にぴたりと張り付いて外を凝視する客の女の姿。店主は思わず喉を引き攣らせた。


 何かあったのか?

 店主は、新聞を纏めることも忘れて客の女の視線を追った。

 ――しかしその先は、見慣れた街の風景があるだけ。

 特に変わった様子は見られない。


「……なんだ?どうしたんだ?」


「緑髪……緑髪の人がいる……」


 客の女の視線は、窓の外を歩く()()の女性たちに向けられていた。


「……ははっ、今さらそれに驚く人間がいるとはな。あんた、辺境の地にでも住んでたのか?」


 店主は呆れたように笑うと、新聞を取り揃えながら世間知らずの客に話を聞かせてやった。


「去年……いや、一昨年だったか……髪色を変えるイヤリングが商品化されただろ?

 赤髪の勇者様の気を引きたい女の子達が、亡くなったオリビア様を真似て髪を緑に変えるようになったんだ……今じゃ緑髪はそう珍しくない。

 ほれ、新聞ひと月分」


「……ありがとう」


「ん?あんたエルフか?」


 客の女のフードの隙間に長い耳が見えた店主は、目を丸くした。

 そして、すぐにパッと表情を明るくすると、棚からイヤリングを取り出してカウンターに置いた。


「あんたも緑髪にしたらどうだ?赤髪の勇者様からお声がかかるかもしれないぜ?えーっと、イヤリングの代金は――」


「必要ないわ」


 客の女はそう言ってフードを広げた。

 彼女の耳には、既に髪色を変えるイヤリングがつけられていた。


「……なぁんだ、もう持ってんのか。それなのになんでそんな地味な茶髪……」


「いいでしょ別に。はい、新聞代」


「おい、探したぞ。勝手にどっか行くな」


 ベルの音と共に扉が開かれる。

 どうやら客の女の連れらしい。

 煙草の匂いを纏ったローブ姿の男は店内に足を踏み入れると、カウンターに置かれた新聞の束を見て深い溜息を吐き出した。


「なに無駄遣いしてんだ」


「無駄じゃないわよ。詳しく教えてくれないあんた達が悪いんでしょ。……助かったわ、ありがとう」


 客の女は新聞の束を両手に抱え、店主に向かって柔らかな笑みを浮かべた。


「……仕事だからな」


 店主は気恥ずかしさに頬を掻きながら代金をしまった。


「そういえばこのイヤリング……何が手に入れるのに苦労したよ。どこにでも売ってるじゃない」

「そりゃ初耳だ。ほら行くぞ」

「ちょっと!」


「…………」


 店を出て行く客の女の後ろ姿に、一度だけ見た事のあるオリビアの姿が重なると、店主は地図を手に取り慌てて彼女を追いかけた。



「嬢ちゃん!」


「私?」


「あー……買わせてといてなんだが……カランコエ様の図書館になら、数年分の新聞があるかもしれん。行ってみるといい。

 ほれ、地図」


「……ありがとう。お代は――」


「いらねぇよ、また買いにきてくれ」


 店主は手を振って客の女を見送ると、店に戻ってイヤリングを棚に戻した。


「……まさかな」




 ――――


 カランコエの図書館。

 そこは、多くの書籍や記録が集められた場所。


 汚さない、

 破らない、

 持ち出さない。

 それさえ守っていれば、身分問わず誰でも利用することのできる、人々が平等に知識を得られるよう造られた施設。


 ――と、表向きにはそういうことになっているが、

 元々ここは図書館ではなく、フォティニアがカランコエに贈った専用の書庫だった。


 それがなぜ、図書館として人々が利用するようになったのか――その原因はカランコエにあった。


『じゃーん!どうですどうです?嬉しいでしょ〜?そうでしょ〜?』


『は?』


『は?……なんですかその態度は‼︎ありがとうございますフォティニア様、でしょ‼︎』


『別に頼んでないし』


『はぁ⁉︎そ、そんなこというならあげません‼︎』


『いらないとは言ってない』


『ふーん‼︎しりません‼︎』


 ――結果、

 フォティニアはここを彼専用の書庫ではなく図書館として人々に開放した。


「喜んでるふりでもすればよかった」


 英雄の1人であるカランコエを一目見ようと、図書館には毎日多くの人が訪れる。

 混乱を避けるため、カランコエは専用の部屋でしか読書ができない。

 彼女の怒りを買わなければ、もっと自由に本を読むことができただろうに――


「もうこんな時間か……」


 気付けば、フォティニアが決めた門限を過ぎていた。

 カランコエは大きな溜息を吐き出すと、一冊の本を手に取り出口へと向かった。


「ん……?」


 扉に手をかけた時――

 図書館に人の気配が残っていることに気付く。


「……はぁ……勘弁してよ」


 この時間になれば利用者がいなくなると聞いていたから施錠を引き受けたのに――

 カランコエは眉間に皺を寄せると、その気配のする方へと向かった。



「黒髪の勇者、3人目の世継ぎ……青髪の勇者、恋人と破局、これで12人目……」


「ねぇ、閉めたいんだけど」


 向かった先には、月明かりをライトの代わりに新聞を読むローブ姿の女がいた。

 気怠げに声をかけると、彼女は時計を見て慌てた様子で新聞を片付け始める。


 ――ふと、その女の姿に、覚えのある人物が重なった。


「……なんで新聞読んでたの?」


 気付けば引き止めるように声をかけていた。


「色々と確認したいことがあって」

「……ふーん」


 会話はすぐに終わった。

 カランコエが次にかける言葉を探すように窓の外に視線を投げると――女の声が静かに部屋に響いた。


「まだその本持ってるのね」

「――え?」


 振り返った時には、もうその女の姿はなかった。


 カランコエは手に持っていた本に視線を移す。

 本の表紙には兎の獣人と少女が寄り添う絵が描かれていた。





 ――――


 ――創造神との戦いから、3年の時が経った。


「おっ!赤髪!なかなか様になってんじゃねぇか!」


「パキラさんが……ちゃんと、服を着てる……」


「おい‼︎黒髪とおんなじ事言うな‼︎さすがにこういう場では着るわ‼︎」


 セコイアの王城の周りには花冠を被った人々が集まっていた。

 他の国からの観光客も多く見られる。


「まるで花畑みたいですね」


 城下町まで続く人の波を、窓から覗き込んで感嘆の声をあげるのは、勇者3人とその仲間達だった。


「ねぇ‼︎アタシ変じゃない⁉︎」

「変じゃ――」

「変なわけないわよね、アタシは何着てても美しい」

「なんで聞いたんですか⁉︎」

「ねぇ、俺も出なきゃダメ?」

「ダメに決まってるだろ‼︎しゃんとしろ‼︎」

「ラーク、白似合わないね」

「お前に言われたくない‼︎」


 カクタスは騒ぐ仲間達に苦笑を浮かべると、()()の髪と同じ、緑色のカフスをつけた。


 今日は終戦と、シュバルツとの和睦を記念する祭典がセコイアで行われる。


 用意してもらった正装は、少しだけ息苦しかった。



「えっ⁉︎パキラさんもう使い切っちゃったんですか⁉︎」

「まだ国からもらった金は残ってる‼︎」


 パキラは(シオン)に、

 魅了(チャーム)のスキルが強請ったが、何度頼んでも却下され――結局、金塊や宝石を願った。

 しかし、山のようにあった金塊や宝石は、連日の宴や恋人に注ぎ込み、3年で殆どを使い切ってしまったらしい。


 四葉はこの戦争で傷付いた多くの人々を治して欲しいことと、恋人達が病気にならないことを願った。

 リリー達は喜んで、彼女達も四葉に関係するものを願っていた。


 報酬はあの場にいた全員が受け取った。


 もちろん、カクタスも。



「よぉ、久しぶりだな」


 ナスタチウムが現れると、カクタス達はその姿に大きく目を開いた。

 正装を纏った彼はどこか気品があり、まるで別人のようだった。


「わー……誰かと思った……」

「どういう意味だ。……ったく」


 ナスタチウムが煙草に火をつけると、後ろにいたウイキョウが腕を掴み、アジが煙草を取り上げ、チューが火を消した。


「おい‼︎どこでも構わず煙草吸うな‼︎」

「ふざけんな禁煙のマークないだろ」

「なくても場所を選んでくださいよ‼︎」

「我慢しろ‼︎」

「口煩いな……誰に似たんだか……」


 ナスタチウムは不服そうに下唇を突き出すし彼らを睨み付ける。


 今日は魔族の3人も正装だ。

 普段の粗暴さが消え、雰囲気が違って見える。


「何ジロジロ見てんだムッツリスケベ」

「……はぁ、相変わらずだな」

「あぁん⁉︎」


 相変わらず2人の仲は悪い。

 しかし昔に比べ、カクタスの言葉には棘もなければ勢いもない。


 アジは複雑そうな表情を浮かばせると、声を抑えてチューに話しかけた。


「姐さんに嘘の時間伝えちゃってよかったんですかねぇ……」

「いいに決まってる」

「そうだそうだ」

「バレたら殺されません?」

「おいお前ら静かにしろ」


 ナスタチウムに叩かれた頭を摩りながら、チューとウイキョウはちらりとカクタスを見る。

 そして目が合うとわざとらしくつーんと顔を背けた。


 カクタスは彼らの様子に目を細めた。

 何か企んでいるのか――不審に思っていると、コンコンと扉を叩く音に意識がそれた。


「お時間です」

「……はい」


 祭典が始まる。

 カクタスは視線をカフスに落とした。


 この平和は、彼女から与えられたものだ。


 それなのに、彼女だけがこの場にいない。


「……まだ、3年だ」

 

 ぽつりと言葉を呟くと、カクタスはゆっくりと扉に向かった。


 その時――


「ん?なんだ?」

「この音って――」


「シオンのやつ、余計な真似を……」


 セコイアに、鐘の音が大きく響き渡った。





 ――――


「……鐘の音?」


「お客様、祭典を見に行かなくてよろしいのですか?」


「え……?まだ時間には余裕があるはずじゃ――」


「いいえ?もう始まっている頃かと……」


「…………あいつら……!」


「片付けておきますので、どうぞ行ってください」


「ありがとうございます!」


 彼女の背中を見送ると、図書館の管理者はクスリと笑って新聞を手に取った。


「明日の新聞の一面は決まったね〜」


「お父様、我々も向かいましょう」


「このままじゃ近くで見れんぞ」


「やっきとりも買わなきゃ!」


「分かった分かった!」


 新聞を元の場所に戻すと、彼らは書庫を後にした。


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