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ep.2-48 物語の続きを知らない

 


 基本も分からず書いた小説(それ)は、多くの人の目には駄作として映ったことだろう。


「“リアリティがない”………ふふっ……()()()()()()だもの、当たり前じゃない」


 初めて来た感想はそれだけ。

 閲覧数もほとんど動かない。


 “いつか見た夢”の内容をただ書き留めただけ。

 最後まで読む人はいなかった。


「書き終わるのにすごく時間がかかっちゃった」


 季節は何度も巡った。


 棚の上に飾られた写真立てには母と妹、そして妹の旦那さんに、姪っ子達とその子供達。

 強制的に真ん中に座らされた私は、幸せそうに笑っている。


「私もそろそろ自分の物、片付けていかないとね」


 今、この家には私1人。


 ――私を心配する母の声は、もう聞こえない。



「……ん?」


 タブレットに通知が表示される。


 “感想が書かれました”


「今日はよく読まれる日ね」


 完結したからだろうか?

 そう思いながら赤文字をタップして内容を確認すると、すっと笑みが引いた。


 “これで終わり?続きはないの?”


「この人……最後まで読んだんだ……」


 赤髪の勇者と緑髪のエルフの物語――この物語は、エルフの魂が元の世界に帰って終わる。


 続きはない。だって――


「私は……この物語の続きを知らない……」


 大粒の涙がタブレットに落ちる。


 何故涙が溢れるのか――私には分からなかった。


 涙に反応してタブレットの画面が変わると、映し出されたのは赤髪の勇者と緑髪のエルフの出会いの場面。


 “「私の名前は    です!これからよろしくお願いします!」”

 “「俺の名前は    。よろしくね」”



「うっ……っ……」


 胸を締め付けるようなこの感情の正体は、一体なんだったっけ。






 ――――


 海の中にいるように、揺られる感覚。


 暗い。

 目を開けているのかも、閉じているのかも分からない。


 私は何をしてたんだっけ?


『お姉ちゃん……』

『……ありがとう』


 涙を浮かべる姪っ子や姪孫の顔。

 妹との会話を思い出して、理解した。


 “私、死んだのか……”


 思っていたよりも長生きした。

 そして、思っていたよりも幸せな最期だった。


 ――これから私はどうなるのだろう?



「――こっちよ」



 ゆらゆらと揺られる中、声が聞こえた。



 “なに……?”


 その声は、

 いつも心の奥底にあった理由の分からない寂しさを呼び覚ました。


 私はこの感情を、

 何に対して、

 誰に対して――


「ちょっと‼︎」


 何かが触れたような気がした。


「ねぇ聞いてるの⁉︎」


 声と共に、それは何度も私に触れた。


 突然はっきりと聞こえるようになった覚えのある声、これは誰のものだったか――



「こっちよこっち‼︎あーもう‼︎私釣りは得意じゃないのよ‼︎シオンがやってよ‼︎」


「お前がやると言い出したんじゃろうが‼︎」



 何かに引かれて体が浮かび上がる。

 先程までなかった体の感覚――それに気付くと、私は薄く目を開いた。



「長生きしたわね‼︎」



 眩しさに何度も瞬きを繰り返していると、後ろから元気な少女の声が聞こえた。


 ゆっくりと視線を移すと、そこには緑髪の少女と、茶髪の青年が立っていた。


「えっと――」

「会いたかった‼︎あんたもそうでしょ⁉︎」


 涙を浮かばせながら笑う緑髪の少女。

 長い耳に奇抜な髪色――だが違和感がない。何故か懐かしさを感じる。


 戸惑っていると、茶髪の青年は緩く首を振って話を続ける緑髪の少女を止めた。


「オリー、驚いているじゃろ。少し待つんじゃ」


「オリー……?」


「……ちょっと⁉︎もしかして私を忘れたの⁉︎」


 緑髪の少女は私の反応を見た途端、怒りに顔を真っ赤にしてポカポカと私を叩き始めた。


「わっ!なに!」


「薄情者‼︎」


「待て、今はまだ――」


「シオンは黙ってて‼︎何十年待ったと思ってるのよ‼︎」


「いたっ」


「馬鹿‼︎このっ‼︎このっ‼︎」


「ちょ……ちょっと‼︎いい加減にしなさいよ()()()‼︎」


 無意識に放った言葉に驚いて口を押さえると、口に触れた手の感触にもう一度驚いた。


 皺だらけだった手はまるで若い頃のように水々しい。


 そして、その手の甲には宝石のような輝きを放つオレンジがかった黄色い八芒星の形をした石が、その存在を強く主張していた。



「これ……」


「約束を果たしに来たぞ」


 茶髪の青年は驚く私に向かって柔らかな笑みを浮かべると、唇をゆっくりと開いた。



「『オリビア』」



 ――その名を聞いて、視界はすぐに涙で覆われた。


「えっ……なんで……」


 何度拭っても涙が止まる様子はない。


『オリビア』


『オリビアさん!』


『オリビアちゃん』


 混乱する私の頭の中に、いくつもの声が、その名前を呼ぶ。


 その度に、薄まってしまった記憶が色を取り戻して――


『オリビア』


「――!」



 ()の声に、一瞬だけ涙が止まった。




「オリビア……?」


「オリー……シオン……‼︎」


 夢だと思っていた物語は、思い出となって私の元に戻ってきた。


 私は目の前にいる存在を、確かめるように強く抱き締めた。


「まったく‼︎やっと思い出したの⁉︎」

「ごめん……‼︎」

「も〜〜‼︎バカぁ‼︎」


 緑髪の少女――オリーは私を抱き返すと鼻水を垂らしながら声を上げて泣いた。

 ――暖かい森林の香りは、間違いなく彼女のものだ。


「……お前は夢だと忘れても、魂は覚えていた。この世界に、戻ってきてくれた」


 私の頬に触れる茶髪の青年――シオンの指先は少しだけ震えていた。


「シオ――」


「ああダメじゃ‼︎我慢できん‼︎オリビアが戻ってきてくれてよかった‼︎本当によがっだ‼︎」


 シオンは私をきつく抱き締めると、引き締めていた顔をぐしゃりと崩した。


「うぅっ‼︎幸ぜに過ごしていだのば見ていだがらわがる‼︎ぞれは本当によがっだ‼︎じゃが、戻っで来てくれないかもじれないど‼︎あぢらの世界で新たな生を受げでじまうがもじれないど‼︎じゃがら本当に――」


「ちょっと落ち着いて……これじゃあ私が泣けないわよ……」


 子供のようにわんわんと泣きながら、嗚咽混じりに言葉を続けるシオンに、私もオリーも涙が引っ込んでしまった。

 それでも構わず泣き続けるシオンに、私とオリーは顔を見合わせると、堪らず笑みを溢れさせた。


「ひっどい顔……」


「おい‼︎言い過ぎじゃ‼︎」


「……あーはいはい!シオン早く泣き止んでよ!オリビアを早く送り出さなきゃ!」


「嫌じゃー!オリビアもオリーもここで一緒に暮らそう!」


「ちょっと‼︎馬鹿なこと言わないで‼︎私も早く転生したいんだから‼︎」


「転生……?」


「……オリビア」


 固まる私の手を、オリーは静かに握った。


「なんて顔してるのよ」


「もう会えないの……?」


 その問いかけに、オリーは堪えるように口を横に引くと、すぐにぎこちなく笑った。


「そうよ、ここでお別れ!」


「……」


「次は長生きするわ!素敵な恋人も作って――」


 私は思わず俯いてしまった。

 オリーは呆れたように溜息を吐き出して、私の肩を強く叩いた。


「もう!分かってたことでしょ!」


「……」


「……私、あんたと出会えてよかった」


「私も……私もよ……」


「生まれ変わっても、あんたは私の……大切な家族よっ」


 オリーは声を上擦らせながら、押し付けるように私の肩に顔を埋める。

 止まっていたはずの涙が再び溢れると、オリーはぱっと離れて笑った。


「私のこと、もう忘れないでよね!……ほらシオン早く早く!」

「嫌じゃ〜‼︎」

「まだ言うか‼︎神様なんだからしっかりしなさいよ‼︎」


「待って‼︎」


 突然飛び込んできた声に驚いて肩が跳ねた。


 視線をそちらに向けると、そこには黒髪の少女と白髪の少年の姿。

 彼らはオリーよりも小さい。


 白髪の少年は恐る恐るこちらに向かって歩いて来た。



「シオン……この子達は――」

「……アカネと撫子じゃ」

「‼︎」


 その名前を聞いた時、私は思わず身構えた。


「アカネ」


 撫子は俯くアカネの手を取り、強く握り締めた。

 彼は不安そうな表情を浮かべたまま顔を上げると、静かに口を開いた。


「……ごめんなさい」


 彼の震える唇から伝えられたのは謝罪の言葉だった。


「……お、俺……」


「私はあなたを許さない」


 言葉が続けられる前に、私はそれを拒絶した。


「ヴァイスの人達も、シュバルツの人達も、あなたを許せないと思う」


 シオンは私の言葉を止めなかった。

 アカネは小さく頷いて、再び視線を下に落とした。


「……()()

「!」


「――償い続けて」


 こんな事を言いつつ、彼を許せる時が来るかどうかは分からなかった。


 それは世界も同じ。


 でも――



「……はい……ッ」


 アカネは小さく頷いて涙を拭った。

 見守っていたシオンと撫子が背中を撫でると、彼は顔を引き締めた。


 今の彼なら、彼らならきっと――



「シオン、そろそろ……」


「……ああ」


 撫子に促され、シオンは寂しげに目を細める。


「……シオンとも、もう会えないの?」


 オリーだけじゃない。

 察した瞬間、胸が強く締め付けられた。


「……ああ、僕はもう……世界に干渉しない。これが最後じゃ」


 シオンは私の手を握って笑みを浮かべた。


「それでもずっと……お前を見守っている。

 寂しくなったらいつでも空を見ろ。僕が虹をかけてやる!オーロラでもいいぞ!」


「ふふっ……分かった。……シオン、今までありがとう」


「ううっ……」


 シオンは唸り声を上げると、地面に転がって手足をばたつかせ始めた。


「嫌じゃ〜‼︎オリビアここに残れ〜‼︎」


「シオンいい加減にしなさいよ‼︎オリビア全然戻れないじゃない‼︎」


「もう少しここにおったって問題ない‼︎それに、僕が神じゃと忘れたか?何百年とここに留まったって――」


「シーオーン!」


「……そうじゃな」


 パチンと乾いた音が響き渡る。


 私の体を包み込むように光が集まると、シオンは寂しさを滲ませながら笑みを浮かべた。


「……まだまだ一緒にいたかったが、これ以上引き止めれば本当に離れられなくなる」


「シオン……」


「オリビア、この世界でも幸せになれ」


「あっ!待って!この世界ってどれぐらい時間が経ってるの⁉︎」

「おい‼︎もう少し別れを惜しめ‼︎」


 シオンは怒って腕を振り回すと、少しして悪戯っぽく笑った。


「それは自分で確かめろ」


「オリビア!」


「オリー!」


「大好き!」


「私も……私もよ‼︎シオンもオリーも大好き‼︎ありがとう‼︎また……またいつか……‼︎」


「……うわぁぁ‼︎僕も大好きじゃ〜‼︎やっぱり行くな〜‼︎」

「いい加減にしなさいって事‼︎」


 遠くなっていく彼らの声に笑みが溢れると、次の瞬間――景色が大きく変わった。



「…………シオン……一体どこに私を移動させたのよ……」


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