ep.2-38 ヴァイスの足掻き
『――オリビアは、自分が犠牲になる未来が待っていると……そう信じ込んでいる。
だから最後に、心残りがないように――あたしには、そう考えているように見える』
キューの声が眠るオリビアの耳に届く。
夢なのか、それとも現実なのか――意識がぼんやりとする中、オリビアは瞼の裏に浮かぶ仲間達を見つめた。
『お前は、自分を再びその場所に置く為に、未練を解消しようとしてたんだな…………お前はただの小娘じゃなく、ちゃんと“バケモノ”のままだった』
助けを求めるように手を伸ばすと、仲間達を覆い隠すように黒い布がかかる。
彼らの足元から道が消え、代わりに自分の目の前に道ができると、オリビアは伸ばしていた手を力なく下ろした。
『未練は少しでも少ない方がいい』
――涙を流して笑いかける“私”の姿がまるで他人のように見える。
「なんで私ばっかり――」
そう呟いた瞬間、
オリビアは静かに瞼を開いた。
外はまだ薄暗い。
オリビアは額に滲む汗を拭って体を起こした。
「……オリビア、悪い夢でも見た?」
「ううん……大丈夫よ。起こしちゃったわね、ごめん」
ベッドから足を下ろすと、気付いたカクタスがオリビアを引き止めるように腰に腕を回した。
眠そうに瞬きを繰り返すカクタスに笑みを浮かべながらオリビアは彼の頭を優しく撫でた。
カクタスは心地良さそうに目を細めた後、視線を部屋に巡らせながらオリビアの腰を引き寄せた。
「……今もゴーストいる?」
「…………」
「オリビア?」
「……いるわよ」
「そっか……」
オリビアはコートを手に取ると、カクタスの腕を抜けてベッドから降りた。
「まだ魔族達が来るには時間があるけど……?」
「少しシオンの所に行ってくる。確認したい事があって……」
不服そうにするカクタスにオリビアは軽く口付けると「ごめん」と声をかけて部屋から出て行った。
「はぁ……母さん、頼むから空気読んでよ」
不満を含んで呟かれた言葉は、この部屋にいないキューには届かなかった。
――――
部屋の扉を小さくノックすると、すぐにドアノブが動いた。
「どうした?」
扉を開けて顔を覗かせたシオンはオリビアの姿を確認すると柔らかい笑みを浮かべた。
その笑みにオリビアはホッと胸を撫で下ろすと、指先で頬を掻いた。
「朝早くにごめん……少し話したくて……」
「最近は会議以外であまり話せていなかったからな、嬉しいぞ」
シオンはオリビアを部屋の中に招き入れると、椅子を引いて彼女を座らせた。
落ち着かない様子で部屋を見回すオリビアに、シオンは小首を傾げながら向かいに腰掛けた。
「何か心配事か?」
「…………」
また、背中を這う嫌な感覚――誤魔化すように視線を落とすと、差し出されたお茶に口をつけた。
「……創造神との戦いが近付いてるから、少し緊張してるのかも」
シオンの表情に影が差す。
お茶から立ち上がる湯気に視線を移すと、シオンは静かに息を吐き出してオリビアの頭を軽く撫でた。
「なに?」
「大丈夫じゃ」
「…………」
何が――そう問いかけようとしてオリビアは口を閉じた。
笑みを浮かべて小さく頷くと、心なしか気持ちが軽くなった。そんな時――
「シオン様‼︎大変です‼︎」
「うわっ‼︎な、なんじゃ‼︎」
机の上に置かれたヘリーのぬいぐるみがカッと目を開き、けたたましい声を上げた。
心臓を落ち着けるように胸を押さえる2人に構わず、ヘリーはぴょんぴょんと飛び跳ね慌てた様子で報告を始めた。
「ヴァイスが、シュバルツへの転移を実行しようとしています‼︎」
「なんですって?」
オリビアとシオンは顔を見合わせると、ヘリーに人を集めるように頼んで会議室へと向かった。
――――
「どういう事?」
会議室に人を集め終えると、オリビアは表情を険しくしながらヘリーに説明を求めた。
ヘリーはヴァイス側でも忙しく動いているようで、目を回しながら必死に状況を説明した。
「えーっと……魔法使い達が座標を指定して転移する事のできる魔法陣の開発を進めていたようで…………実験のためにヘリーのスキルのかかったぬいぐるみをシュバルツに転移させようとしているようなんです‼︎」
「今ヴァイスが所有してるシュバルツの地図は、そこのスライムからの情報と過去の資料で作った正確性に欠けるもんだ。
それが座標指定だと?下手したらヘリーが地面に埋まるぞ……よくもそんな――」
「所詮ヘリーはぬいぐるみですからね、人命に比べたら……」
ヘリーは悲しげに呟くと尾を垂らした。
「魔法陣から座標の位置を特定する事はできる?」
「いえ……魔法陣は専門外で…………何度か転移を試して座標を調整し、シュバルツに兵を送り込むつもりのようですが…………どうしましょう?」
「まさかそんな強行手段に出るとはね……すぐに位置が特定できればいいんだけど……」
「シュバルツに転移できた時点でもう手遅れだ。大量の兵士が送り込まれれば面倒どころの騒ぎじゃないぞ」
「今日の夕刻に一度目の転移テストが行われます……」
会議室を沈黙が包み込む。
創造神が復活するのも2週間とない。
全員の顔に焦りの感情が滲む。
「……探知のできる人を集める。ヘリーのぬいぐるみが転移してきたらすぐに分かるように」
「その後はどうする?」
「ヘリーはやられたフリをして意識を切り離して、転移先が危険だと分かればすぐに兵士を送る事はないはず。それでなんとか時間を稼ぐ」
「ヘリーは演技が下手です‼︎本当に破壊して機能を停止してください‼︎」
「ダメよ、肉体的ダメージはなくても精神的なダメージが大きいでしょ」
「ヘリーは覚悟してここに来たんです‼︎お役に立ちたいんです‼︎」
「……夕刻まで少し考えさせて」
オリビアは眉間を押さえて苦渋の表情を浮かべると、コートを手に取った。
「とりあえず探知スキルを持ってる魔族を集めて来る。ナチ、ライラックにも頼んでおいて」
「分かった」
「探知範囲は人によって違う。集め終わったら配置を決めましょう」
「りょーかい」
オリビアは窓を開けてそのまま外へと飛び去って行った。
「俺達の方はもう少しその後の事とか話し合おうか」
「…………」
カクタスはオリビアの飛んでいった方向を見つめて静かに眉を顰めた。
――――
探知スキルを持っているのは蜘蛛の魔族と鼠の魔族、そして一部のサキュバス達――オリビアは人数を確認してどこに配置するかを考えた。
座標が分からない為なるべく隅々まで探知の範囲を広げたい。
しかし、この人数では難しそうだ。
「(流石に創造神が復活するまでずっと探知スキルを使うわけにもいかない、夜はゴースト達にも頼んで――)」
「オリビアちゃんお疲れ様、配置決めしながら話し合いで出た内容共有しておくね」
「分かった」
「せっかく少しはゆっくりできると思ったのにー……」
「四葉ってば緊張感なさ過ぎるよぉ〜」
「お前が言うなー四葉私頑張るからご褒美くれー」
わちゃわちゃと戯れている四葉達を責める者はいなかったが、若干呆れたように苦笑が漏れた。
「オリビアちゃんも探知に?」
「ええ、私もスキルじゃないけど一応加護を使って探知する事ができるから」
「あの植物張るやつ?あれ水でもできないかな、そしたら俺も手伝えるよ」
「試してみましょう」
オリビア達は配置と対処法を話し合い、
シュバルツ各地に移動して転移実験の時を待った。
「……本当に大丈夫?マナの消費が激しいんじゃ――」
「心配しないで、私がマナエルフなの忘れたの?」
探知役にはそれぞれ何かあった時の為に何人か同行する事になった。
心配そうにするカクタスの背中を軽く叩くと、オリビアは地面に手をついて植物の根を伸ばす。
蠍の魔族を探知した時は初めての試みで、多くのマナを消費していたが、今のオリビアは必要最低限のマナの量を把握している。
探知範囲は他の者達よりも広いが問題ない。
“「オリビアちゃん、失敗したようです」”
ヘリーから伝えられていた時間を過ぎると、脳内にクロッカスの声が響く。
今回の実験による転移先は、シュバルツから大きく外れた海の底だった。
その後、実験は3回行われた。
転移先は全て海。
しかし、徐々に陸へと近付いて来ている。
最後はシュバルツ最南端の浅瀬。
「慎重ね…………」
「今日は座標というより高度を調べてるのかもね。明日からは本格的にシュバルツのあちこちに転移してくるかも」
「ふぅ……」
「大丈夫?マナ使い過ぎたんじゃ――」
「まさか、気が抜けただけよ」
オリビアは手を軽く握っては開いてを繰り返し、笑みを浮かべて返事をした。
次の実験時間は朝。
スロウスが迎えにやって来ると城へと戻り、再び対策を話し合う。
――もうゆっくりとできる時間はなくなってしまった。
「なんで……」
そんな中、忙しなくするオリビアの“異変”に気付き、オリーは一人困惑に顔を顰めた。




