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ep.2-37 自己犠牲のバケモノ

 

 あれからカクタスは毎晩オリビアの部屋を訪れた。


 オリビアはそれを拒まなかった。

 少しでも多く話し、触れ合いたいと思っていたからだ。


 ――しかし、毎晩やって来るのはカクタスだけではなかった。


「今日はデイジーさん達ね……」


「あら!勇者様とは毎晩一緒に寝てるんだからたまにはアタシ達の相手してくれてもいいじゃない!」


 あれから何故か夜になると、部屋にはカクタスだけではなく誰かしらがやって来るようになった。


「なんだ、今日は大人数だな」


「また来た……」


「あたしもいるよ」


 ナスタチウムとキューに関しては毎晩だ。


 呆れるオリビアに構わずナスタチウムは暖炉前に寝そべって煙草を吸い、キューはカクタスの後ろに立ち、睨むように見下ろす。

 その光景も、もう見慣れてしまった。


「オリビア……もしかして今日も例のゴースト、いる?」

「……いる」

「…………」


 キューの姿は見えないはずだが、カクタスは彼女の視線にどこか居心地が悪そうにソワソワとしながら鼻の下を擦っていた。

 最初の頃のカクタスはナスタチウムの姿を見ると牽制するようにオリビアにくっ付いていたが、キューも部屋にいる事を知るとスキンシップが急激に減った。


 監視するようにじとりとカクタスを見るキューに、オリビアは恨めしそうに視線を向ける。


「寝かしつけは必要ないけど?」

「破廉恥な子だよ、我慢しな」

「は、はれ……⁉︎」


「オリビアと勇者様!遅くなったけど恋人になれて本当によかったわね!おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「やっと……!おめでとうございます……!」

「なんで牛の人泣いてるの?」


「あ、ありがとう……」


 キューに文句を言おうとしたタイミングでデイジー達からの祝福の言葉を受けると、オリビアはぎこちなく笑った。


「帰ったらお祝いね!」

「ケーキの約束まだ覚えてます?」

「……えっと」


 ――この戦いが終わったら、彼らはオリビアがヴァイスに帰ると思っている。

 オリビアはそれに気付くと気まずそうにカクタスの方を見た。


「ん?」


「いや……なんでも――」

「オリビアはヴァイスには帰らないぞ」


 ナスタチウムの一言に視線が一斉に集まる。

 視線を泳がせたオリビアに、デイジー達は焦ったように口を開いた。


「どういう事⁉︎」

「あっ‼︎お尋ね者だからですか⁉︎」

「撤回されるはずです‼︎オリビア殿、どうか心配なさらず――」

「ああ、魔王になったからか」


 カランコエの言葉に声はピタリと止んだ。


「…………そうなの?」


 しばらく続いた沈黙を終わらせたのはカクタスだった。

 オリビアは肩を軽く跳ねさせ、気まずさを顔に滲ませながら小さく頷いた。


「うん……シュバルツに残る。でも、まったくヴァイスに戻らないわけじゃなくて……誤解が解けたら、師匠達とも話をしたいし……ケーキだって、食べたい……」


「でも、なかなか会えなくなるわ……それに勇者様は――」


「…………」


 オリビアが恐る恐るカクタスの方を見ると、彼は笑みを浮かべてオリビアを見つめていた。


「オリビアがシュバルツに残るなら、俺もここにいる。一緒にいるよ」


「カクタス……ありがとう」


 ホッと胸を撫で下ろすオリビアに、カクタスはおかしそうに笑った。


「俺が怒ると思ったの?」

「うん……」

「怒らないよ。……でもこれからはちゃんと話してね」

「わかったわ」


「……はぁ」


 やり取りを聞いていたナスタチウムは不機嫌そうに溜息を漏らした。


「あら!魔王様は2人の仲が気に入らないみたいね?」

「修羅場の予感です!」

「おい馬鹿言うな。……オリビア、ケーキを食べたきゃしゃんとしろ」

「分かってるわよ」


「……」


 ナスタチウムは自身に向けられたカクタスの冷たく鋭い視線に気付いた。

 いつもの牽制――そして“余計な事を言うな”とでも言いたげな目。

 ナスタチウムは鼻を鳴らして煽るようにべっと舌を出すと、カクタスは顔を引き攣らせた。




「また明日ね〜!」

「おやすみなさ〜い!」

「おいカランコエ!お前も部屋に戻るんだ!」

「フォティニアのいびきうるさいし、ここの方があったかい……」

「うるさいですよ‼︎」


「おやすみ…………あんた達も出て行きなさいよ」


 デイジー達が部屋へ戻った後も、キューとナスタチウムは部屋から出て行かなかった。

 意地の悪いゴースト2人にオリビアは文句を言ったが――


「文句があるなら言えってカクタスに伝えな」


 このキューの言葉を聞いて、カクタスは顔を青くして首を振った。

 触れ合える時間は増えたが、彼らのおかげで進展はなし――オリビアは不服そうにしながらカクタスと共に眠りについた。




 ――――


「やっと寝たか」


 カクタスも眠りについたのを確認すると、ナスタチウムはキューに視線を向ける。


「お前は俺に協力的なんだな」


「……勘違いするんじゃないよ」


「勘違い?」


 キューはカクタスの寝顔を見下ろし溜息を漏らして髪に指を伸ばした。


「……この間、オリビアが嫌な予感がするって言ってたんだ」


「なんだと?」


 オリビアの勘はよく当たる――ナスタチウムは煙草から口を離して顔を顰めた。


「カクタスに依存して身動きが取れなくなってしまう事を、あの時は怖がっているようだった」


「はっ、それがこのザマか…………自分の欲に負けやがって……どうやら俺はこいつに期待し過ぎていたようだな」


「あの時は、ね」


「…………なに?」


 キューはナスタチウムの煙草を指差し眉を寄せた。


「あんた、禁煙できるかい?」


「は?……別に、やろうと思えば……」


「なら1時になったら禁煙」


「おいちょっと待て、話が見えん……なんなんだ急に――」


「あと3分もないね」


 ナスタチウムは時計を見た後、吸い終わりそうな煙草を見て慌てて新しい物に火をつけると、どうしたものかと頭を掻いた。


「……それだよ」


「あ?」


「やめる前に、最後に一本だけ――それと同じだ」


 キューはナスタチウムから煙草を取り上げるとその火をじっと見つめて眉を寄せた。


「――オリビアは、自分が犠牲になる未来が待っていると……そう信じ込んでいる。

 だから最後に、心残りがないように――あたしには、そう考えているように見える」


 キューは火を消した煙草を投げると、それはナスタチウムに当たって床に落ち靄となって消えた。

 悲しげに目を伏せ、キューは拳を握った。


「オリビアはあの時とは違った目をしてる。……覚悟を決めてしまったんだ。だからあたしは――」


「――っはは」


 ナスタチウムの口から漏れ出たのは、喜びの滲んだ短い笑い声だった。


「そうだった……ああ、そうだったな」


 湧き上がる感情に、堪らず口角が上がる。


「そうでなくちゃな」


 喜びに歪んだ笑みを浮かべてオリビアを見つめるナスタチウムに、キューはギョッとして体を震わせた。


「あんた……!」


「安心しろよ、こいつが犠牲になる事はない。……そうはさせない」


 静かに寝息を立てるオリビアの額に指先を這わせながらナスタチウムは目を細めた。


「お前は、自分を再びその場所に置く為に、未練を解消しようとしてたんだな…………お前はただの小娘じゃなく、ちゃんと“バケモノ”のままだった」


 膝をついてオリビアの指先に額を軽く寄せると、ナスタチウムは静かに目を伏せた。


「お前はいつまでも俺の主だ」


 ナスタチウムはそう口にすると、霧となって消えた。





「…………何がバケモノだ」


 静かな部屋に響くキューの声には強い怒りが滲んでいた。

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