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ep.2-36 分岐点

 

 その日の夕方――

 シオンはみんなを集めて謝罪した後、作戦会議を始めた。


 恐らく創造神はまだ勇者を完全には信じ切っていない。


 それを念頭に、主にキャットとパキラ、そしてカクタスが中心となって意見を出し合い、戦闘時の立ち回りを話し合った。


 創造神を倒す為に用意された神具は3つ――片手剣、鎌、ナイフ。

 主に大剣を得意とするパキラ、そして他の武器に適性のないカクタスはオリビア達のフォローに回る。

 そしてその他の仲間達はスライムの相手――不安要素の一つ。


「卵の中は世界から完全に遮断されてる。内側からは何もできん。戦力は最後に見た時と変わらんだろうが……ホリはバリアもそうだが、隠蔽スキルを持ってる。まだ何か隠してるかもしれん」


 ナスタチウムの言葉に仲間達の顔が強張る。

 創造神もスライムも、戦力はまだ未知数だ。


 これに関しては考え過ぎて悪い事はない。


 多くの資料を広げ、オリビア達はいくつも対策を考えた。


 そして、フォティニアの腹がぐぅっと大きな音を立てると、会議室のひりついた空気が和らいだ。


「もうこんな時間か……」


 会議開始から6時間以上経っている事に気付き、それぞれ顔を見合わせた。


「腹減っちまったか?」


「す、すみません……」


「フォティニアはいびきも腹の音も全部大きいね」


「うるさいですよカランコエ‼︎」


「全部記録したし、今日はここまでにしよう。何かまた思いついたり気付いたことがあったら次の会議の時に教えてね〜」


「アジに声をかけてくる」


 ナスタチウムが壁をすり抜けて部屋の外に出ると、少しして今度はライラックが部屋の中へと入って来た。


「やっと終わったか!チュー達が騒いでうるさかったんだ!」


「なんでパルマエの勇者は会議に参加しないの?」


「魔族達を見張ってないといけなかったからな!なんだ少年、俺とそんなに話したかったのか?」


「うん」


「やっぱり素直でいい子だなぁ!どっかの誰かさんとは大違いだ!」


「うるさいぞライラック!」


 キャットが丸めた紙をライラックに向かって投げると、それはライラックをすり抜けて壁に当たって床に転がった。

「マヌケなキャット」とバカにするライラックにキャットが不満をぶつけに行くと、イベリスはそわそわとしながらキャットを見つめていた。


 オリビアは気まずそうに四葉に視線を向ける。

 彼は口をへの字に曲げてヤキモチをやいている様子だった。


「…………四葉、あれは憧れで恋心じゃ……」

「分かっててもムカつくんです」

「そ、そう……」


 お前はそんな事を言える立場ではないだろう――そう思いながらもオリビアはツッコミはしなかった。


 食事を済ませ少し話した後、仲間達は各自部屋へと戻って行った。

 威嚇するチューを押さえながら、今日もカクタスは部屋に来るのだろうかと考えていると――


「おやすみオリビア、また明日」


「え?あ、おやすみ……」


 カクタスはオリビアに微笑みかけてあっさりと食堂から出て行った。


「オリビア様〜!あたい今日一緒に寝たいな♡」

「さっさと部屋に帰れ」

「そ、そんなぁ……!」


「(チューがいたからかな……)」


 チューを適当にあしらいながら、

 また後で部屋に来るかもしれない――そう考えながらオリビアは自室に移動した。


 しかし、カクタスが部屋を訪れる事はなかった。


 次の日も、その次の日も――

 会議や食事の時に顔を合わせるだけで、彼がオリビアの部屋を訪れる事はなかった。


 避けられているわけではない。

 会えば嬉しそうな表情を浮かべ、話もする。

 以前よりもなんとなく距離は近いように思うし、スキンシップだって――


「(私、何を焦っているんだ……?)」


 依存し過ぎないように気を付けようと思っていたじゃないか。

 今は2人の時間を多く過ごしたらダメだとそう考えていたのに、何を――


「オリビア大丈夫?」

「へ……?」


 心配そうに顔を覗き込むカクタスに思わず間の抜けた声が溢れる。


「ちゃんと寝てる?また隈ができてる……」


 オリビアは慌てて「大丈夫」と伝えると、カクタスは軽く頭を撫でて「無理しないでね」と笑った。


 そして今日も、部屋には来なかった。



 いや、これでいい。

 ――キスを途中で拒んだから?

 これ以上自分の欲望を大きくさせてはならない。

 ――気を遣ってる?

 もしもの時のために、動けるよう身軽でなければ。

 ――誰かに何か言われた?


 しっかりしなきゃ、この戦いが終わるまで――終わるまで……?


「隙ありだぜ‼︎」


「っ⁉︎」


 ウイキョウの爪がオリビアの腕を掠った。


「よそ見してんじゃねぇ‼︎」


「……くっ……」


 戦いの最中にぼんやりとしてしまった。

 幸い傷は深くない――オリビアはウイキョウの頭を掴むと地面に叩きつける。


「(しまった――やり過ぎた)」


 オリビアが慌てて手を離すと、ウイキョウは頭を押さえて転げ回った。

 軽傷な事に安堵するとオリビアは魔族達を一気に片付け、滲む血を隠すように腕を押さえて部屋へと戻った。



「珍しい……怪我したのか?」


「…………ちょっと油断した」


 途中ナスタチウムに遭遇し怪我を指摘されると、オリビアはバツの悪い顔をして逃げるように部屋の中へと駆け込んだ。


 そんなオリビアに構わずナスタチウムは壁をすり抜けて部屋の中に入って来ると、彼女はむっと口を尖らせた。


「ちょっと……着替えるから出てってよ変態」


「俺の事をすぐ変態って言うのやめろ。何故油断した?」


「…………神との戦いが近付いてきたから、それを……」


 ナスタチウムは顔を険しくしてオリビアを見下ろす。

 理由は他にあるだろう――まるでそう言っているような目。

 オリビアは顔を背けると、服を脱いだ。


「おい‼︎何してんだバカ‼︎」


「着替えるから出てってって言ったはずよ」


 ナスタチウムは何か言いたげだったが、オリビアがインナーに手をかけると慌てて部屋から出て行った。

 ホッと胸を撫で下ろすと腕の傷を手当てする。

 また一つ傷が増えてしまった。


 オリビアは鏡に映る傷痕の多く残る体を見て眉を寄せた。


「会いたい…………」


 ぽつりと呟いた言葉に、何かがボロボロと崩れ落ちる感覚――そして、強い渇望がオリビアを襲った。


 やっと会えたのに。

 やっと恋人になれたのに。

 何故我慢しないといけないのか。

 何故自分が犠牲になる事ばかり考えてる。

 そうならなければいい。

 そうならないよう動けばいい。

 そうだ問題ない。


「オリビア……?」


「!」


 オリーが心配そうに顔を覗き込んで来ると、オリビアを支配していた渇望が罪悪感へと変わった。


 今自分は何を考えていた?

 世界の為に戦うと決めて、自分を犠牲にしてでも必ず皆の未来を守ると心に誓った。

 それなのに、今自分の欲望を優先しようとして、

 そうならなければいいと、その選択肢を排除しようとしたのか?


 オリビアは震える手を握り締めた。


「…………なんでもないわ、ちょっと疲れたみたい」


「会議会議で大変なのに魔族ってば関係なく来るんだもん!しばらく動けないようにコテンパンにしてやったら?」


「そうね……次はそうするわ。少し休むから、何かあったら起こして」


「分かったわ!」


 そうならなければいい。だけど、もしもの時の為に今は我慢するべきだ。

 意識したらダメだ。

 しっかりしろ。

 今はただのオリビアじゃない、世界の為に戦う魔王(ゆうしゃ)なのだから。


 オリビアは崩れかけた仮面を掻き集めて再び形を整える。それは形を取り戻したように見えたが――


「オリビア」


「…………」


 ノック音。

 そして、自分が強く待ち望んでいた彼の声。


「ごめん、今いい?迷惑かなって思ったんだけど…………」


「カクタスったらタイミングが悪いわね!オリビアどうする?出直すよう言ってこようか?」


「…………いいえ」


 オリビアは服を着ると扉に向かった。

 まだ迷いのある手でドアノブを引いて扉を開けると、カクタスは少し驚いた顔でオリビアを見た後、どこか嬉しそうに笑みを浮かべてオリビアを優しく抱き締めた。


「よかった、我慢した甲斐があった」


 小さく呟かれたカクタスの言葉、オリビアには聞き取れなかった。

 しかし、問いかける余裕はなかった。

 久しぶりに包まれるカクタスの温もりは改めて固め直した覚悟をじわりと溶かしていく――そして、それは新たな形を得てオリビアの中に根付いた。


『――――』


 ――ああ、()()()()()()()


 頭の中に響いた声。

 常に付き纏っていたソレは、そこへと導く為にずっとそこにいたのか。


 肩の力がすっと抜けると、

 カクタスの血が滲んだ唇に視線を向ける。

 オリビアは悲しげに笑うと、そこにそっと口付けた。





「ほらみろ、面倒な事になった」


 影から見ていたナスタチウムは小さく呟くと、煙草を取り出し火をつけた。

 その横で同じく彼らを見ていたキャットは唸りながら頬を掻いた。


「別に問題ないと思うけどな〜…………ていうか、オリビアちゃんの中で、自分を犠牲にするって選択肢が常にある事がおかしいんだよ」


 キャットの言葉にナスタチウムはツノを掻きながら煙を吐き出す。


 世界の為に自分を犠牲にする。

 その選択肢を迷わず取れるはずの彼女の軸に、揺らぎが生まれた。

 不満げに眉を寄せるナスタチウムにキャットは肩を竦めた。


「ナッチは何を心配してんの?」


「…………オリビアが犠牲になる事を望んでるわけじゃない。ただ――あれの強さはそこにあった。それが別のものに変わった事で戦いに迷いが出るかもしれない」


「うーん……別にオリビアちゃん一人で戦うわけじゃないし…………そこは俺達でフォローしてやればいいんじゃない?それに、恋とか愛とかって力をくれるって言うじゃん。うまく転がるかもよ?」


「俺にはあいつを弱くしているようにしか見えん」



 ナスタチウムはオリビアを脆く危うい存在に堕とそうとするカクタスに眉を寄せた。

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