ep.2-35 魔王の目に映る魔族と人間
「……結局部屋に戻らなかったのね」
オリビアは目の前で眠るカクタスに驚き、そして半分呆れたように苦笑を浮かべた。
「……ん……おはよ……オリビア」
ベッドから降りようと足を下ろすと、目を覚ましたカクタスに腕を掴まれ、オリビアはベッドに引き戻された。
「カクタス……私もう起きるから」
「いやだ」
「…………」
そろそろ魔族達がいつものようにやって来る――オリビアが時計を確認して唸ると、カクタスは少しだけ拗ねた表情を浮かべた。
「予定があるの?」
「……少しね。もう少し寝てく?」
「いや、起きるよ……」
オリビアは渋々起き上がるカクタスに笑みを浮かべると、朝の支度を始めた。
――こんな時間を共有するのは本当に久しぶりだ。
「(浮かれてる……しっかりしなきゃ……)」
オリビアは昨日の事を思い出して少しだけ表情を引き締めるとドアノブに手をかけた。
「あっ、会議いつ再開するかシオンに――」
「オリビア」
カクタスはオリビアを止めるように手を重ね、もう片方の腕で腰を引き寄せると、軽く頭をくっ付けた。
「オリーちゃんまだ寝てる?」
「寝てるけど……」
「よかった、5分だけでいいから時間くれない?」
「5分?いいけど、どうしたの?」
――何か話があるのだろうか?
そう思って振り返った瞬間、カクタスはオリビアに軽く口付けた。
驚いて硬直するオリビアにカクタスはそのまま何度も口付け、舌先が触れかけたその時――
「ちょ、ちょっと待って……!」
オリビアは思わず口元を押さえて顔を背けた。
気を悪くしたかもしれない――
沈黙にゴクリと喉を鳴らして恐る恐る視線を向けると、カクタスはどこか嬉しそうに目を細めて笑っていた。
「えっ……な、なに……」
「ごめんね」
カクタスは困惑するオリビアの代わりに扉を開いて「また後で」と声をかけ部屋から出て行った。
――――
「……なんだったんだろ」
「ぐぅ……ちくしょぉ……」
やって来た魔族達の相手をしながら、カクタスが何故あんなに機嫌が良さそうだったのか考えたが、結論には至らなかった。
「今日もご苦労様、はい傷薬」
「やいオリビア!神とはいつ戦うんだよ!」
「また声かけるわよ。ほら、ナチが来る前に片付けて」
他に娯楽を教えてやった方がいいかもしれない。
そう思いながら魔族達に荒れた広間を片付けるように言うと、リリーとイベリスがこちらを覗いているのに気付いた。
「……何してるの?」
「いや、こっちのセリフなんだけど……毎日こんな事してんの?」
「まぁね」
威嚇する魔族を睨み付けながらオリビアが2人の元に歩み寄ると、彼女達はオリビアを挟んでコソコソと話し始めた。
「赤髪の勇者とは仲直りした?」
「いや……ケンカしたわけじゃないし……」
「部屋に帰って来なかったと聞きましたが?」
「あんた達が喜ぶようなことは何もなかったわよ」
「なぁんだ〜!でもキスぐらいはしたんでしょ?」
この2人も相変わらずだ。
誰も変わっていない。
自分だけが変わってしまったように感じて胸が痛い――オリビアは苦笑を浮かべて詮索する2人にチョップした。
「いったーい!」
「もうご飯は済ませた?」
「まだ!一緒に食べに行こ!アジアンタムだっけ?あの魔族いいやつだね〜!うちらにもご飯作ってくれんの!」
「褒めると嬉しそうに鼻をヒクヒクさせて可愛いですよね!」
アジは見た目が可愛らしいのもあってか、女性陣にはウケがいいようだ。
繰り返される可愛いの言葉に笑いながら食堂に向かう途中――
「オリビア、おはよう」
シオンの姿を見つけると、オリビアは慌てて駆け寄った。
彼はあまり眠れなかったのか瞼が少し重たそうだ。
「大丈夫?」
「ああ、心配をかけたな……すまない」
「…………シャナさんと何を……」
そこまで言いかけて、リリー達がいる事を思い出して口を閉じた。
シオンはそれに苦笑を浮かべるとオリビアの肩を軽く叩いた。
「また話す。会議も早く時間を決めなくてはな…………リリーとイベリス、じゃったか……お前達もすまなかった」
「神様ってちゃんとごめんなさいできるんだね〜」
「どういう認識を持っとるんじゃ‼︎」
「(よかった……もう大丈夫そう)」
シオンの拗ねた顔を見て少しだけ安堵する。
4人で食堂に行くと、シオンはキャットを見つけてそちらに向かった。
腹を立てていたキャットだったが、時間を置いたからか少し話をしてすぐに笑みを見せていた。
「アジ!俺達にもメシ寄越せ!」
「はぁ⁉︎なんでお前らの分まで‼︎材料費払えっすよ‼︎」
「おいヴァイスの奴ら俺らに席譲れよ‼︎」
「勝手について来て何偉そうな事言ってんのよ……てか片付け終わったの?」
「うるせぇ‼︎文句あるならかかってこい‼︎」
「はぁ?まだ足りないわけ?」
「おい‼︎誰だ広間の装飾壊したのは‼︎」
「うわっ‼︎」
勝手に振る舞う魔族達はまるで子供だ。
食事を邪魔されないようにオリビアが彼らを相手にすると、何故かパキラ達も参戦して食堂は大混乱となった。
最終的に全ての魔族達を床に転がせて終演。
朝からとんだ災難だ。
「もう城の中で戦闘禁止‼︎」
「知るか‼︎」
「命令よバカ‼︎」
「くそーっ‼︎」
床でジタバタと暴れる魔族にオリビアの頬が緩む。
――昨日はたぶん疲れていたからあんな気持ちになったんだ。もう大丈夫。
オリビアは短く息を吐き、カクタスの方へ視線を向ける。
「(……あれ……?)」
カクタスは目が合うとにっこり笑ってオリビアに手を振り、すぐにラークと会話を再開した。
なんだか素っ気ないような――
「オリビア〜!久しぶりなんだしアタシ達とご飯食べましょうよ!」
デイジーは魔族を端に転がしてオリビアの元に駆け寄ると、そのまま腕を捕まえてカクタスの横に座らせた。
「でも……」
「一緒に食べよう」
「(気のせい、か……)」
カクタスが嬉しそうに笑みを浮かべると、オリビアはほっと胸を撫で下ろした。
「赤髪の勇者パーティー揃ってご飯は久しぶりね!またアンタと一緒にいられて嬉しいわ!」
「カランコエも寂しそうにしてましたよ!」
「その嘘になにか得はあるの?」
「ううっ……!オリビア殿本当によかった……!」
「ちょっと泣かないでよ!ご飯がしょっぱくなっちゃうでしょ!」
「はははっ」
楽しそうに笑うカクタスに、荒れていた姿を見て来た仲間達は嬉しそうに顔を綻ばせて笑った。
まるで離れていた時間が嘘のように会話が弾むと、不機嫌そうなビンカが横から会話に割り込み、パキラや四葉、そして他の仲間達も会話に参加してきた。
「おいオリビア、装飾どうしてくれるんだ」
「私じゃなくてあいつらに言ってよ」
そこに不貞腐れたナスタチウムが割って入って来ると、早々に復活した魔族達もオリビアに文句をつけ始める。
チクチクと皮肉や嫌味を飛ばし合っていたが、気付けばビンカを中心にオリビアへの不満が彼らの壁を取り払った。
「こいつはアホだ」
「いやバカだろ!」
本人を前によくもそんな口が聞けるな――
オリビアは苛立ちを感じつつも、人間と魔族が話す姿に少しだけ胸が暖かくなるのを感じた。
昨日まで抱えていた不安が晴れていく――しかし、それを見るカクタスの瞳は薄暗かった。
それに気付いたナスタチウムは静かにオリビアの耳元に口を寄せた。
「シオン達の所に行け」
「なんで?」
「会議いつするか聞いて来い」
「自分で行けばいいじゃない……ヤキモチやいてんの?」
「バカ言ってないでさっさと行け」
オリビアが渋々シオンの方へ向かうと、ナスタチウムはカクタスに視線を向けた。
「もう少し隠したらどうだ?」
「あら!勇者様ったらヤキモチ?」
「……そんな所です」
揶揄われて困ったような顔をするカクタスを見てナスタチウムは眉を寄せた。
恋愛に関しては専門外。
しかし、あれが嫉妬の目ではないことだけは分かった。
「(オリビア、悪く思うなよ)」
ナスタチウムは少なくなってしまった黒いマナを掻き集めカフスボタンのように形成すると、カクタスの視界を遮るように煙草の煙を吐き出してオリビアの服の袖に着けた。
オリビアの判断を鈍らせるのなら、忠告しなければ――彼女がここまで築き上げたモノを壊されては堪らない。
「(もっとオリビアに付き纏うかと思っていたが……そうでもないのがまた不気味だ)」
シオンと話すオリビアに視線を向けてナスタチウムは大きく溜息を吐き出した。




