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ep.2-34 それぞれが望む未来と、その為の選択

 


「カクタス……」


「ダメ……?」


「そんな顔して甘えてもダメよ」


「なんでダメなの?」


「オリーは黙ってて」


 ダメだと念を押したのにも関わらず、カクタスは寝支度をするオリビアの部屋にやってきた。

 眉を下げて顔を覗き込む彼に、オリビアは堪らず視線を逸らした。


『恋人になったとはいえ、節度を持って――』


 シオンの言葉を思い出すと、オリビアは額を押さえた。


「(分かってる……)」


 2人の関係が変わった今、夜を共に過ごすのは危険だ。


 それに――


「あらあら、あたしは退散した方がいいかね?」


「…………」


 いやらしく笑うキューを睨み付けると、オリビアは大きく溜息を吐き出した。


「オリーもいるし、他にもゴーストが部屋にいるから……」


「大丈夫だよ、少し話がしたいだけだから」


「(こ、こいつ……)」


 まるで自分だけがそういう事を考えていたみたいじゃないか。


 オリビアは不貞腐れたようにむっと口を曲げ、渋々カクタスを部屋に入れると、オリーは目を輝かせて彼の近くに飛んで行った。


「えっと……オリーちゃんだったよね」


「そうよ!オリビアの親友でお姉さんだから!泣かせたらただじゃおかないからね!」


「オリー……恥ずかしいからやめて……」


 ――彼は変わらず優しい人だ。

 オリーに穏やかな笑みを見せるカクタス、その横顔にオリビアは安堵するようにふっと息を吐き出した。

 椅子に座るように言って水を注いだコップを手渡すと、カクタスはキョロキョロと辺りを見回した。


「ゴースト……いる?」


「ああ、契約してないから見えないんだったわね……近くにいるわよ、お節介なゴーストが」


「……男の人?」


「ぷっ……ここにいるゴーストは女性よ。男前だけどね」


「オリビア‼︎こんな美人に対してなんて事言うんだい‼︎」


 腹を立てるキューを見て笑うオリビアに、カクタスは釣られて笑みを溢す。

 そして、少しだけ気まずそうに頭を掻きながら水を飲み、静かにオリビアの手に触れた。


「なに?」


「オリビアが今までどう過ごしてたか……聞かせて欲しい」


「面白い話じゃないわよ」


「それでも聞きたいんだ」


 空白、それを埋めたい。


 他が知っていて、自分が知らないオリビアがいる事が嫌だ――カクタスは顔を俯かせて唇を軽く噛んだ。


「……分かった」


 オリビアは少し悩んだ後、カクタスの隣に椅子を持ってきて話を始めた。


 世界の為に魔族と戦い続けてきたオリビアの話は、カクタスの中にある罪悪感と自己嫌悪を強くした。

 様子に気付いたオリビアが軽く肩に触れると、カクタスはその手を握り額に押し当てる。


「……カクタス?」


「辛かったよね」


「平気よ」


 そう言って笑うオリビア。

 ――彼女がそこまでするのは、自分も含めた世界の為。

 彼女の事しか考えていない自分とは違う。


 カクタスはそれに気付くと胸が締め付けられるように痛んだ。


「大丈夫……?」


 自分の境遇に同情しているのだろうと――オリビアは勘違いしているようだった。

 それが分かり余計に胸が痛むと、カクタスは悲しげに笑った。


「……一緒に寝たいって言ったら困る?」


「そう、ね…………」


 オリビアは気まずそうに頬を掻いた。

 照れているのか耳が赤い。


 カクタスは残念そうに「分かった」と答えて椅子から立ち上がると、オリーが不思議そうにこてんと頭を横に倒した。


「ねぇオリビア、なんで一緒に寝たら困るの?」


「オリビアはケダモノだからね〜……」


「ちょっとキュー‼︎なんで私なのよ‼︎」


「…………まためげずに声かけるよ」


「もう……」


 部屋の外に出ると、カクタスは名残惜しそうにオリビアの額に口付けて「おやすみ」と告げ、去って行った。

 オリビアはカクタスの姿が見えなくなるまで手を振り――


「…………」


 ドアノブに手をかけたまま、力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。


「ラブラブで羨ましいわ」

「…………」

「……えっ⁉︎」


 オリーがニヤニヤとしながらオリビアの顔を覗き込むと、彼女の青白くなった顔に驚いて声を上げた。


「ど、どうしたのよ⁉︎」


「…………」


 オリビアは胸を押さえると、湧き上がる不安に息を詰まらせた。


「気分が悪いの……?」


「……嫌な予感がする…………失敗したらどうしよう……」


 自分でも驚く程弱々しい声が出た。


 オリビアが幸せだと感じる時に必ずやって来る不吉な気配。

 虫が背中を這うような不快な感覚――


 それが日に日に強さを増してきている。

 まるで誰かが「望むな」と耳元で囁くように。


 息苦しさに、思わず唇を噛み締める。

 キューはそんなオリビアを見て、カクタスが去って行った方へ視線を向けふっと息を吐くとオリビアの横に腰を下ろした。


「しっかりしな、大丈夫だよ。うまくいってるじゃないか」


 キューの言葉にオリビアはハッとして頭を振った。

 何故だろう、こんな弱音を吐くつもりはなかったのに――


「…………ごめん……しっかりしないとね……」


 “みんな”の為にと思う気持ちに、“自分”が入り込もうとしている。


 自分のことは諦めたはずだったのに、このままこの気持ちが大きくなってしまったら、

 いざという時に自分を犠牲にするという選択肢が取れないかもしれない。


 彼と再会した事で作り上げた魔王の仮面がボロボロに崩れかけている事に気付いたオリビアは、眉を寄せドアノブを握る手に力を込めた。



「カクタスに依存し過ぎないようにしなきゃ……」


「なんで……?」


「!」


 後ろからかけられた声に驚いて顔を上げると、視界の端に赤い髪が見えた。


「カクタス……」


 ドアノブを握る手にカクタスの手が重ねられるのを見て、オリビアは情けなく頭を項垂れた。


「オリビア、大丈夫?」


「……うん……少し目眩がして……」


 情けないところを見られた。

 オリビアが慌てて取り繕うと、カクタスは彼女を抱き上げて再び部屋の中へと入った。


「カクタス、大丈夫だから……」


「うん」


 カクタスは返事をしつつもそのままオリビアをベッドまで運び、隣に腰を下ろした。

 心配そうな表情、しかしどこか嬉しそうにも見える――


「(気のせい……?)」


「体調が悪いのに付き合わせてごめんね」


「ううん……」


 カクタスの指先が顔にかかった髪を除けるように優しく額を撫でる。

 顔に似合わず角張った手、掌にある豆を見ながらオリビアは目を細めた。


「何もしないから、オリビアが眠るまで横にいてもいい?」


「気にしないで……」


「心配なんだ」


「……ごめん」


 オリーは2人の姿に笑みを浮かべ、「ゆっくり休むのよ!おやすみ!」と声をかけてオリビアの中に入っていき、キューはどこか心配そうに2人を見た後、部屋から出て行った。


 彼女達に気を使わせてしまった事に申し訳なく思いつつ、オリビアはゆっくりと目を閉じた。


 ――ああ、ダメだ。


 ヴァイスの人達、シュバルツの魔族達、仲間や、カクタス――彼らの為に、自分の欲を少しでも小さく保たなきゃいけないのに、

 カクタスに触れる度に欲望が大きくなる。


 どうかこの嫌な予感が気のせいで、自分を犠牲にするような事が起こりませんように――


 オリビアはカクタスの手の温もりに心地良さを感じて、そのまま眠りに落ちた。




「…………」


 ――少しだけ露出した彼女の肩には小さな傷痕が多くある。

 きっと、もっと多くの傷がこの体に刻まれている。


「そのまま、依存してくれていいよ」


 カクタスはそれに指を這わせると静かに目を細めた。


「オリビアが犠牲にならなきゃ救われないのなら、世界の未来なんて必要ない。…………まずは、“ソレ”を壊さないといけないね、オリビア」


 ぽつりと呟いたカクタスの言葉は眠ってしまったオリビアには届かない。







 ――――



 暗い部屋の中、暖炉の火だけがシオンを照らす。

 その表情はひどく険しかった。


 シオンは椅子に凭れ掛かり、シャナ達との会話を思い出して目を伏せた。



『……何故僕の能力の影響を受けない』


『今はそんな事どうでも良いのでは?……シャナさん、お先にどうぞ』


『は、はい……時の神よ、無礼を承知で……聞いていただきたいことがございます……』


 シャナは祈るように手を組みシオンを見つめ、涙を滲ませながら話を始めた。


『私は3年前……創造神の声を聞き、喜んで体を預けました。力のない私が、神のお役に立てる事をただただ嬉しく思い……そして、後悔しました――』


 創造神(アカネ)が憑依した事で、シャナは彼の心に触れた。


 アカネの心は、誰よりも深い闇に包まれていた。


 怒りや悲しみ、不安や恐れ――それらが常に纏わりつき、まるで底なしの沼に沈められたような感覚。

 そして――信仰していた神の、世界への歪んだ愛情を知って強い恐怖心を抱いた。


『人の生は、舗装された道をただ進む事ではありません。自身で道を切り拓き、歩んでいくものです。

 最初は何度も訴えかけました。しかし、私の声が届く事はありませんでした』


 シャナは何もできず、大きな罪を犯したような気持ちを抱えて、心の更に奥深くへと落とされた。


 ――そんな時、シオンの話を耳にしたアカネの心に、ぼんやりと光が浮かび上がった。


 ここに来て初めて見る光。

 息を吹きかければ消えてしまいそうなほど弱々しい光。

 恐る恐る近付くと、そこにはひとりの少年が立っていた。


 体中に痣のある、目つきの鋭い少年――彼はその光を手に、涙を流していた。


『どうして……どうしよう……どうしたら……』


 か細い声で何度も繰り返す。

 手を伸ばすと、創造神とは別の、彼の記憶――そして感情が自身に流れ込んできた。


 シャナは堪らず、彼を抱き締めた。


『シオン……撫子……俺達の子供たち……ごめん……ごめんな…………』


 最後に聞いた彼の謝罪の言葉は、まるで救いを求めているように感じた。



『お願いします……創造神を…………彼をどうかお救いください……!』


 暖炉の薪がパキリと乾いた音を立てると、シオンはハッとして立ち上がる。


「アカネ……」


 ぽつりと呟いた言葉、それに反応するように薪が爆ぜると、シオンは両手で顔を覆って椅子に腰を下ろした。


『殺す方がとても簡単です。しかし、救いたいというのならご連絡ください』


 シャナの言葉が、護衛の男の言葉が――アカネの顔が頭から離れない。



「…………」


「あの……お呼びでしょうか……?」


「…………呼び出してすまない。あの男に連絡して欲しい」


 シオンは男から渡された銃を撫でて、静かに目を伏せた。

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