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ep.2-33 遅くなってごめん

 

 ライラックと共に部屋から出ると、横からバタバタと足音が近付いて来た。


「やっぱりフォティニアとカランコエだったのね」


「オリビア!」


 跳ねるように駆け寄って来るフォティニアと怠そうに彼女の後ろに続くカランコエの姿に笑みを溢したオリビアだったが、フォティニアの表情から焦りを感じ取ると眉を寄せて首を傾げた。


「どうしたの?」


「勇者様が……」


 ――すっかり彼と話をするのを忘れていた。


 口の端を引き攣らせているオリビアに、カランコエは不思議そうに頭を横に傾けて顔を覗き込んだ。


「何その顔」


「……か、カクタスがどうしたの……?」


「サキュバスに絡まれてて……」


「ああ、チューじゃないか?彼を探していたみたいだったからな!」


「殺気飛ばし合ってたよ、殺し合いになるかもね」


 血の気が引くのを感じながらオリビアは慌てて駆け出した。




 ――――


「…………」


「…………」


 カクタスとチューは城の食堂にいた。


 2人は殺気を強く放ちながら食堂の中心で睨み合い、パキラや他の仲間達はそれを気まずそうに横目で見ながらアジが用意した食事を口に運んでいる。


「…………あっ!オリビア姐さん‼︎」


 オリビアに気付いたアジが涙を滲ませながら駆け出すと、2人の鋭い視線がアジに向けられる。

 その殺気が強く込められた視線にアジは「ヂュッ⁉︎」と声を上げてその場で跳ねると、オリビアに飛び付く前に体の向きを変えて元の場所へ戻って行った。


「…………2人とも、何してるの」


 気まずそうに頬を掻きながらオリビアが2人に声をかけると、チューは笑みを浮かばせて彼女の腕に抱きついた。


「オリビア様〜!今日()チューと一緒に寝ましょう!」

「は……?最近は一緒に寝てないでしょ……」

「…………()()は?」


 ハッとしてカクタスに視線を向けると、彼は顔を引き攣らせてオリビアを見つめていた。


「いや……事情があって……」


「あたいは生でオリビア様のおっぱい触ったぞ。初めてはお前じゃなく、あたいだ!」


「は…………?」


「ちょっと‼︎それは違くて…………」


「今おっぱいって言ったか⁉︎」


「アニキは黙ってろ‼︎ややこしくなる‼︎」


 ――大罪を犯したような気分だ。


 態と勘違いするような発言をするチューに、オリビアは怒りよりもカクタスの心境を想像し恐怖した。


 好きでいると宣言していたが、まさかこんな恐ろしい方法を取るなんて――


「‼︎」


 強い殺気を感じると、オリビアはそれがカクタスを動かす前に彼の手を掴んだ。

 このままではまずい。カランコエの言う通り、殺し合いに発展してしまう。


「チュー」


 オリビアはカクタスの手を掴んだままチューの頭を軽く叩いた。


「いい加減にしなさい」


「…………」


 チューは不服そうにしつつも大人しく口を閉じた。

 問題は――


 振り返ってカクタスを見ると、彼は不機嫌そうに表情を曇らせ、オリビアの手に視線を落としていた。


「……少し話そう」


「オリビア様‼︎」


「こんな状況作っといて文句は言わせないわよ」


 声を荒げるチューを睨み付け、オリビアはカクタスの手を引き食堂を出た。





「…………」

「…………」


 平然を装っているがオリビアは強い焦燥感に襲われていた。

 どう説明するかずっと考えているが、頭がうまく回らない。


 とりあえず2人で話せる場所に――


 そう考えているとカクタスが立ち止まり、手を引いていたオリビアは遅れて足を止めた。


「オリビア」


「は、はい……」


 思わず畏まってしまう。

 恐る恐る振り返ると、カクタスは眉を下げぐっと口を横に引いてオリビアを見つめていた。

 悲しそうな彼の表情にオリビアは冷や汗を噴き出させた。


「か、カクタス……?」


「オリビアは…………」


 カクタスは言葉に詰まると、ぐっと唇を噛み締め視線を逸らした。

 2人の間に少しの沈黙が流れ、堪らずオリビアが口を開こうとした時――


「騒ぎを起こしてごめん……少し頭を冷やすよ」


 カクタスは苦笑を浮かべてオリビアの手を優しく離して背を向けた。


「ちょ……」


 その背中に、オリビアは強く胸を締め付けられた。


 そして、話す機会は多くあったのに、それを避けてしまった事をひどく後悔した。


 ――このままではダメだ。


 オリビアはぐっと拳を握り締めると、カクタスを追いかけ抱き上げた。


「……⁉︎」


「ごめん、少し我慢して」


 突然抱き上げられ焦るカクタスに構わずオリビアはそのまま自室へと駆け込むと、カクタスをゆっくりと椅子に下ろした。

 そして彼の手を握ると、少しだけ冷静になった頭を働かせ思いを伝えた。


「…………ごめん。改めて考えた時、ちゃんと言葉にしてない事に気付いて……1人だけ舞い上がってたのが恥ずかしくて……どう話を切り出せばいいのか分からなかったの。そのせいでカクタスを不安にさせた……不誠実だったわ」


「えっと……?」


「だからちゃんと伝える。……私の恋人に、なって欲しい。遅くなってごめん」


 とにかく伝えなければ――そう思って絞り出した言葉は、ぎこちなかった。


 今更なんだと思っているかもしれない。

 もっと慎重に言葉を選んだ方がよかったかもしれない。

 オリビアは手元に視線を落とすと、不安に鼓動を速くさせながらカクタスの反応を待った。


「……オリビア」


「はい……」


 声からは感情が窺えない。

 オリビアが恐る恐る顔を上げると、カクタスは表情を隠すようにオリビアの肩に顔を埋めた。


「ごめん……」


「…………えっ⁉︎」


 拒絶の言葉と勘違いしたオリビアが声を上げると、カクタスはそれを否定するように首を振って、途切れ途切れに話し始めた。


「……こんな大変な時に、自分がした事は……オリビアにとって迷惑だったんじゃないかって……独りよがりだったんじゃないかって……」


 そこで一度言葉を切ると、カクタスは小さく息を吐き出した。


「そう思ったら、急に怖くなって……逃げ出そうとしてごめん」


「そんな……私がちゃんと話をしていれば……」


「ううん……本当だったら俺が伝えなきゃいけなかったのに、ごめん……」



 カクタスは顔を上げて深呼吸すると、オリビアを抱き上げて膝に座らせた。


「……俺が恋人になる事、迷惑じゃない?」


「迷惑なんて思わない。今は寂しい思いをさせるかもしれないけど……」


「……全て終わったら、思い切り甘えさせて欲しい」


「うんと甘やかすわ」


 可愛らしいお願いにオリビアは笑みを溢すと、カクタスを包み込むように抱き締めた。

 カクタスは胸元に顔を埋めてほっと息を吐くと、ふとチューの言葉を思い出して眉を寄せた。


「…………聞いてもいい?」


「なにを?」


「俺より前に、恋人はいた?」


「いないわよ」


「あのサキュバスの言ってた事……あれホント?」


 口調は穏やかだが、チューに対して腹を立てているのか顔は険しかった。

 じっと見つめるカクタスにオリビアは苦笑して、これ以上拗ねてしまわないように慎重に言葉を選びながら事情を話したが、彼の表情は曇ったままだった。


 どうすれば機嫌を直してくれるだろうか――オリビアが頬を掻いて悩んでいると、カクタスはそれに気付いて眉を下げた。


「ヤキモチ焼きでごめんね」


「いや……私も同じだから…………リリー達がカクタスの部屋にいるって聞いて拗ねちゃったし」


「ああ……オリビアの事でアドバイスというか……励ましに来てくれて…………ごめん……」


 まるで学生の恋愛のようだ。

 オリビアは気恥ずかしさにカクタスの膝から降りると苦笑を浮かべながら声をかけた。


「ご飯は食べた?」


「まだだよ」


「なら食べに行きましょう」


「…………少し後でもいい?」


 カクタスはまだ2人でいたいようだったが――


「おいオリビア、アジが飯用意して待ってるぞ」


「……分かった」


 ナスタチウムが珍しく部屋の外から声をかけてくると、オリビアは溜息を吐き出した後、短く返事をした。


 やっと訪れた2人の時間は思っていたよりも短かった。

 カクタスはそれに不満そうに口を尖らせている。


「カクタス機嫌なおして、また話しましょう」


「また寝る時来てもいい?」


「…………エッチ」


「…………」


 揶揄っただけ、しかしカクタスはそれを否定せずにっこりと笑った。

 オリビアは思わぬ反応に一瞬硬直し、すぐに顔を赤くしてカクタスの背中を叩くと「ダメだからね!」と念を押して部屋から出た。




「ダメか……」


 カクタスは残念そうに呟くと部屋に視線を向けた。

 自分達と離れて、彼女が過ごした部屋。


 一度手を離れた事で失う恐怖はより強くなった。


 “恋人”という立場を手に入れても、またいなくなるかもしれないという不安は拭えなかった。


 言葉だけではダメだ。

 恋人になっても、それは彼女を縛る鎖にはならない。


「…………体を重ねても、足りないだろうな……」


 彼女の行く先に、必ず自分がいなければならない。



「お前は行かないのか?」


 ナスタチウムの声に、カクタスはゆっくりと振り返る。


 また離れてしまうかもしれない不安を抱える自分とは違い、契約によって彼女の側から決して離れる事のない彼の存在は、カクタスにとって非常に不愉快なものだった。


 カクタスは笑顔を貼り付けてナスタチウムの前を通り過ぎた。


 ――羨ましい。


 掌に食い込む爪は、軋んだ音を立てていた。

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