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第13話:癒し手の光

訓練初日:


額から汗が滴り落ちる中、俺はその朝に、何度目かの木剣を振り下ろした。


ベルナール卿の下での訓練は冗談ではなかった。


騎士見習いたちは厳しい訓練——スパーリング、持久力テスト、武器の練習——を課せられていた。

腕は疲労で燃えるように熱く、足は訓練場を何周も走ったことで痛み、胸は疲れで上下していた。


「ついてこい、クロード!」

ベルナール卿が訓練中に怒鳴った。


「は、はい……」

と俺は息を切らしながら答えた。


他の騎士見習いたち、ほとんどが若い貴族たちは、俺に懐疑的な視線を向けた。

彼らの何人かはすでに、俺が称号も家系もない外国人であることを軽蔑していることを明らかにしていた。

しかし、俺は彼らに感心されるためにここにいるわけではなかった。


自分を証明するためにここにいるのだ。


訓練の一環が終わると、何人かの負傷した見習いが脇に座り、誰かに手当てを受けているのに気づいた。


白と青のローブを着た、修道女のような若い20代前半の女性が彼らの間を優雅に動いていた。


彼女の長い銀髪は日光の下で輝き、彼女の繊細な手は切り傷や打撲の上に置かれると微かに光を放ち、傷は消えていった。


思わず息をのんだ。


それは魔法のようなものだった。


想像していたような攻撃的なもの——火の玉、稲妻、あるいは地球にある日本アニメや故郷のファンタジー映画に出てくるようなもの——ではなく、もっと奇跡的なものだった。


癒しの魔法だ。


その光景から目を離せなかった。


ナイジェリアの病院で医師たちが懸命に働くのを見たことがある。

傷が治るのに数週間かかり、適切な治療がなければ傷は化膿し、薬がなければ人々は苦しむ。


しかし、ここには傷を瞬時に癒す女性がいた。魔法で。


それは……現実離れしているように感じた。


俺の視線を感じたのか、銀髪の女性は俺の方に向き直った。

彼女の優しい青い目が俺の目を見つめ、彼女は小さな、理解のある微笑みを浮かべて近づいてきた。


「貴方は噂の新人ですわね」

と彼女は柔らかく言い、少し首を傾げた。


俺はうなずき、まだ彼女の手を見つめていた。

神聖な光を放つ手に、外科手術の道具を持っているのではないかと半ば期待していた。

「ま、魔法で……彼を癒したの?」

と俺はぼんやりと訊ね、完全に傷が消えた騎士を指さした。


女性はくすくす笑いながら、口を手で覆った。

「これがわたくしの役目ですわよ」


「ほ、本当に、..その、...治療....魔法を使って?」

と俺は半信半疑で尋ねた。


彼女の眉が少し上がった。

「もちろんですわ。他にどうやって傷を癒すと言いますの?」


言葉を探すのに苦労した。

「俺の……故郷では、傷はそんな風に癒えないんだ。医者は薬と手術を使う」


彼女はまばたきし、明らかに困惑していた。

「薬はわかりますわ。でも、手術?」


自分の頭の後ろを掻いた。

「手術……専門外の知識すぎて、説明するの複雑だ。でも、故郷では、誰かがひどい怪我をしたら、そんな風に瞬時に癒されることはないんだ。完全癒えるまでは何日も、時には何週間もかかる」


銀髪女性の表情は好奇心で和らいだ。

「それなら、貴方の国の人々はとても苦しんでいるのでしょうね。病気や怪我を助ける魔法がない世界なんて、想像できませんわね」


俺なら間違いなく想像できた。


それを実際に見てきたから。


それ以上話す前に、彼女は胸に手を当てて温かく微笑んだ。

「失礼しました、まだ自己紹介をしていませんでしたわね。わたくしはシスター・オフィーリアと言います。こことイセリア大聖堂で癒し手として仕えていますわ」


彼女の神聖に聞こえちゃいそうな清涼な声は旋律的で、静かな礼拝堂で歌われる優しい賛美歌のようだった。


「イセリアの……大聖堂?」

と俺は疑問点を頭に浮かべたがごとく繰り返した。


銀髪女性はうなずいた。

「はい、わたくし達の信仰の中心である大聖堂ですわよ。つまり、敬虔な神の使いであるわたくし達は女神イセリア様を崇拝しているという事ですわね」


その言葉を聞いてから立ち止まり、興味をそそられた。

「女神?」


オフィーリアは手を合わせた。

「わたくし達全員を見守ってくださる大いなる神ですわよ。イセリア様の神聖な光がわたくし達に癒しと奇跡をもたらしますの」


頭の中で何かがはまった。


礼拝の場所、神聖な存在、修道女……それはキリスト教を思い起こさせた。


俺はためらってから言った。

「それは興味深いな。俺の故郷のナイジェリアでは、多くの人がキリスト教徒だ」

尤も、イスラム教徒のナイジェリア人もいるけど。


オフィーリアの穏やかな表情が少し崩れた。

「キリスト教徒?それは何を意味しますの?」


女神官らしき癒し手の銀髪女性ことオフィーリアはその言葉をゆっくりと繰り返し、まるで初めて口にするかのようだった。


彼女のそういう質問に対して、すぐさまうなずいた。

「ああ。彼らは神——えっと、神聖な守護者、救世主——を信じているんだ」


オフィーリアは首を傾げて困惑した。

「そのような信仰は聞いたことがありませんわ」


またも眉をひそめた俺。

「まったくない、というのか?」


彼女は俺のいった言葉を肯定するために首を縦に振った。


「わたくし達は多くの教えを学びましたが、『キリスト教』という教義はこの世界には存在しませんわね。イセリア様への信仰がここでのすべての教会の基盤ですの」


胸に奇妙な感覚が広がった。


俺は最初から別の世界に飛ばされたことを知っていたが、キリスト教さえここには存在しないと聞いて、自分がどれほど故郷から遠く離れているかを実感した。前は宗教に関する情報は手に入れられなかったが、こうして具体的な話を聞かされたり、実際に魔法らしき奇跡を目の前にしたら、もはやこれはアニメ世界とか過去の地球の現実ではなく、本当に異世界にいたんだっていう強い実感を得た。


キリスト教のような信仰が、異世界にはなくて、代わりに教会らしき『形だけ似ているものの、中身はまったく違う』という現象は見ていて興味深いと思う。


やっぱり、この異世界の神々についてはイセリアしかいないようだ(今学んだばかりの情報によると)。


「……なるほど」

と、やっとつぶやいた俺。


オフィーリアは静かな好奇心で俺のことを見つめた。

「こういう常識が貴方には初めて耳にしますの?新入りの騎士見習いさん......そういえば、お肌もとても濃い褐色をしていますし、見たこともないそれは、どこか遠い田舎からの旅人でしたの?お名前は?」


小さな笑みを浮かべて、いう、

「あ、ああ......そんなところだ。俺はクロードといって、遠い国からやってきた旅人だ。尤も、望んだからここにいるのではなく、色々あって、漁師だった自分がこの国で気絶することになって、リサンダー家のエレノアお嬢さんに拾ってもらったんだ」


肌色と出自について上手く誤魔化せた俺。本当のことは言えないしな。

ナイジェリアという祖国のことは今のところ、関係のない人間に聞かせても意味ないし。


俺の自己紹介を聞いてから頷いた彼女は優しい視線を向けてきて、それからしばらくの間、俺に好奇心一杯視線を注ぎながら、意味深なことを口にする、

「信仰は個人的な旅ですから。きっとイセリア様が貴方をわたくし達の元に導く事でしょう」


俺はそれを信じているかどうかわからなかった。

しかし、少なくともオフィーリアさんと出会ったことで、考えるべきことがさらに増えた。


新たなつながりもゲットしたって感じだな。


その日の訓練が終わると、オフィーリアさんは見習いたちの残った傷を手当てしながら残っていた。


俺が立ち去る前に、彼女は再び俺に近づいてきた。


「いつか大聖堂を訪れてください」

と彼女は微笑みながら言った。

「あなたの故郷についてもっと聞きたいですわ、クロードさん」


俺はその提案を聞いてまばたきした。

「俺の……故郷について聞きたいのか?」


彼女はうなずいた。

「ええ。貴方から学べることがたくさんあると感じましたから」


俺はふふふと笑った。

「わかった。考えておく」


エレノア嬢さんは遠くから見守っていたが、オフィーリアさんが遠ざかっていくとすぐさま俺の側へと優雅に歩んできた。


彼女はからかうような視線を俺に向けた。

「もう美しい修道女と友達になったの?」


お嬢さんの揶揄いに対して眉を上げた。心なしか、表情こそいつものニコニコ顔だけれど、頬が少し膨らんでいるっぽい。

「嫉妬してるの?」


彼女はふんっと息を吐き、金色のカールをひるがえした。

「まさか!ただ、あなたがイセリア様の敬虔なシスターであるオフィーリア神官とそんなに仲良くしているのを見て驚いただけよ」

お嬢さんは笑みを浮かべて自分の思ったままの事を述べた。


「まあ、俺は人と仲良くなるのが得意なんだろう」


エレノアさんは目を丸くしたが、微笑んだ。

「さあ、戻りましょう。あの訓練の後は休む必要があるわ」


屋敷に戻る道中、俺の頭の中はオフィーリアさんのこと、彼女の魔法、イセリアへの信仰でいっぱいだった。


そして、この世界ではイエス・キリストという名前が一度も口にされたことがないという事実も。教会があるのに不思議な感覚だ、ナイジェリア人として。


「.....」


まあ、深く考えても意味ないだろう。


俺は本当に別の世界にいるのだ。


だから、形こそ同じだけれど、中身が違いすぎて違和感を覚えるのは普通なことだから。異世界だからな!


そして、この異世界にはまだ学ぶべきことがたくさんあるということも。

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