第12話:騎士の道
5日間に亘ってのエレノア嬢さんと何度も訓練したりしてから、俺は王立衛兵の訓練場の入り口に立っていた。王都にあるここは、リサンダー伯爵領とは近いところにあり、馬車で移動するとなると半日しか道程のない距離だ。
なので、こんな早朝から訪れるということは、俺とお嬢さんは馬車で一夜を過ごして寝たということになる。貴族さんの馬車もあり、悪くない寝心地だった。運転手さんも気さくな人で、仕事も上手いし。
広大な訓練広場には、鎧を身にまとい剣を振るう志願兵たちで溢れていた。
鋼のぶつかり合う音や、教官たちの号令が飛び交う中、空気は緊張感に包まれていた。
俺が中に入ろうとすると、エレノア嬢さんが俺の袖を引っ張った。
「クロード、本当にこれでいいの?」
と彼女は囁いた。
エレノア嬢さんの心配してる顔にちょっと微笑んで、いう、
「こうするしかない」
彼女もため息をついた。
「わかってるけど……父上の条件は不当よ。もし教官たちがあなたを拒否したらどうするの?」
俺はゆっくりと息を吐き、遠くで騎士たちがスパーリングするのを見つめた。
「それなら別の方法を見つけるよ。でも、これが俺の最善のチャンスだと思う」
エレノア嬢さんは尚も唇を噛んだが、うなずいた。
「わかった。でも、私が見ているってことを忘れないで」
もちろん彼女はそうしてくれるだろう。
お嬢さんは俺と一緒に来ることを主張し、伯爵が俺に一ヶ月間の猶予を与えた以上、お嬢さんには俺が成功することを確かめる権利があった。
背が高く、肩幅の広い男が俺たちに近づいてきた。
その鎧は朝日の中できらめいていた。警備隊長、ベルナール卿だ。
40代に見える彼は厳つい顔つきで、灰色が混じった茶色の髪をしており、無数の戦いを経験してきたような雰囲気を漂わせていた。
彼の鋭い目が俺を見つめ、それからエレノア嬢さんに向けられた。
「エレノア嬢、儂に話があると聞きましたが」
彼女は前に出て、貴族らしい優雅さでお辞儀をしてから顎を上げた。
「はい、ベルナール卿。騎士として訓練を受けたいという者を連れてきました」
ベルナール卿は俺の方に向き直り、あまり感心していないようだった。
「彼は誰だ?」
その声を聴いて直ぐに背筋を伸ばした。
「クロードです。騎士になりたいと思っています」
一応、敬語で話す。気心の知れたエレノアお嬢さんじゃあるまいし。
隊長は眉を上げた。
「クロード……苗字は?」
それを聞いて答えるの逡巡した。
「ここでは何の意味もない苗字です。記憶喪失ですから」
ベルナール卿は俺を厳しく見つめた。
「貴族には見えないな」
「はい」
と俺は認めた。
「そして、見たこともないような肌をしているようだが、どうしてだ?」
白人国家のここは黒人を見たこともないようだから、咄嗟に思いついたその尤もな質問に対する答えを、
「こことは遥か遠い国で漁師をやってたら、嵐に巻き込まれてから見知らぬ海岸に漂流してきて、そして何故か閃光に打たれたと感じたからには気絶した俺をエレノアお嬢さんの屋敷に連れていかれて頂きました」
これは既にお嬢さんと口裏を合わせた返答だ。
「なるほど」
どうやら、納得してくれたみたいで、ほっとする。
「そして、確かに俺は貴族ではないが、祖国では強盗たちと戦った戦闘経験もありますし、ここで自分を証明するつもりです」
半ば嘘をついてしまったことになる。だって、ナイジェリアの俺ん家に侵入された時は本当に強盗に襲われ応戦もしたが、結局は成す術もなく負けちゃったしな。
「ふむ......」
隊長はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。
「『戦闘経験がある』と主張する平民が最初の一週間で脱落するのを、どれだけ見てきたと思う?」
その言葉に対して、固く拳を握った。
「もし自分の実力を疑うのなら、遠慮なく見せてあげます」
ベルナール卿は目を細めた。
そして、手を振って後ろの訓練場を指さした。
「よかろう。もし入りたいなら、試練に合格しなければならない」
エレノア嬢さんが俺の側で身を固くした。
「試練?」
ベルナール卿の笑みはほとんど面白がっているようだった。
「もし彼が儂の下で訓練を受けたいなら、儂の最も優秀な騎士の一人とスパーリングしなければならない。もし一分以上耐えられたら、考慮しよう」
彼の提案に対して軽くうなずいた。
「構いません」
エレノア嬢さんは俺の手首をつかみ、脇に引っ張った。
「クロード、あなた正気なの?私との訓練を5日間始めたばかりじゃない!しかも、上達したのはいいけれど、私との勝負記録はまだ15敗5勝の中で、私よりも強いここの騎士さんをどうやってー」
「それで?」
と、気安く遮った俺。
そしてお嬢さんの心配してる声を聞いても微笑んでいるだけの俺。
確かに5回しかお嬢さんに勝っていないけど、コツを掴めてきたのはつい2日前で、お嬢さんをあまり傷つけないように敢えて自分から手加減したことをまだお嬢さんに告白していないままだ。
そんな余裕綽々な態度を見せた俺に、彼女は苛立ちを込めて息を吐いた。
「それで、あなたは粉々にされるわよ!」
肩をすくめて、
「多分ね」
彼女の目に心配が浮かんだ。
「クロード……」
俺は彼女を安心させるように自分の手を彼女のそれに置いた。
「大丈夫だよ」
彼女は長い間俺を見つめ、それからため息をついた。
「とにかく……死なないでよね、わかった?」
その要望を聞いて少しだけ微笑む。
「頑張るよ!」
...........
俺との模擬試合をするために選ばれた騎士は、短く刈り込んだブロンドの髪と自信に満ちた笑みを浮かべた大男だった。ヴィルヘルム卿だ。
「悪く思うな」
と彼はストレッチをしながら言った。
「すぐに終わらせてやる」
俺は木の訓練用の剣をしっかりと握った。
「そうなるかどうかはわからないよ」
ベルナール卿が手を上げた。
「始めー!」
合図が始まって間もなく、ヴィルヘルムは直ぐに突進してきた。
反応する間もなく、彼の剣が振り下ろされた。
咄嗟に横に避けたが、それでも彼は速かった。
彼の二撃目はほとんど即座に来て、俺はそれを防御することを余儀なくされた。
「くっー!」
その衝撃で腕が震えた。
宣言した通り彼は本当に強かった。経験も豊富みたい。
「おらおらおらー!どうした!貴様の実力はその程度だけかー!」
カ――ン!コ―――ン!カ――ン!コ―――ン!
「ぐっ~!」「がっー!」
彼からの攻撃の嵐は俺を数歩後ろまで後退させた。
他の騎士たちの囁きが聞こえた——ほとんどが俺は30秒も持たないと賭けているようだった。
エレノア嬢さんはドレスの裾を握りしめ、心配そうな表情を浮かべているのがこちらからでも見えている。
ヴィルヘルムは笑みを浮かべた。
「これが本当に貴様の全力かー?だったらガッカリだぜ!」
俺は顎を固くした。何かをしなければならない。
後退する代わりに、今度は突然前に出た。
ヴィルヘルムの目が少し見開かれた——彼は俺が距離を詰めることを予想していなかったからだ。
俺は彼の脇腹に向かって剣を振り下ろした。
「はあー!」
カ―ン!
「ぬっー!?」
彼はブロックしたが、俺はその衝撃を利用して回転し、彼の足を狙っての下段切りを振り下ろした。
「なー!?」
回避するため彼は素早くブロックした状態のまま後退したが、その見慣れない急な動きでよろめきながら驚きの声を漏らした。
周囲からも感嘆とした声が上がった。
それでも俺は攻撃を緩めなかった。
前に出て、彼の強力な攻撃をかわし、力ではなくスピードを使おうとした。
かつて、お嬢さんが俺に見せてくれた戦い方のように。
30秒が経過した。
「わあー!」「こ、これは勝てますな、団長!」
囁きは控えめな叫び声に変わった。
ヴィルヘルムは歯を食いしばった。
「くっ......、悪くないな、貴様!」
そして、次に彼は全力を出した。
「はあー!」
ガチャ―ン!
彼の次の攻撃で俺の剣が手から飛んだ。
反応する前に、彼の刃が私の喉元に迫っていた。
沈黙。
ベルナール卿がうなずいた。
「時間は?」
一人の騎士が答えた。
「1分17秒です」
俺は鋭く息を吐いた。
「ふうぅー」
やった。
ヴィルヘルムは笑みを浮かべ、武器を下ろした。
「悪くないな、き、...いや、新人。口だけじゃないようだな!がはは!」
彼の笑い声につられて俺までも笑いながら、痛む腕をさすった。
「ありがとうな。...多分(自分でもあれほどついてこれるとは思わなかったから)」
どうやら、やれば出来る男らしい。俺の剣士見習いとしての腕は。
ベルナール卿は腕を組んだ。
「儂が予想していたよりも長く持ったな。無謀だったが、効果的だ」
エレノア嬢さんは俺の側に駆け寄った。
「クロード、大丈夫なのー?」
お嬢さんの心配した声に応じるように疲れた笑みを浮かべてから、
「平気だよ」
ベルナール卿はため息をついた。
「私の下で訓練することを許可しよう。だが、特別扱いは期待するな」
それについてはお安い御用なので、少し頭を下げてから答える、
「わかりました」
エレノア嬢さんも俺の隣でにっこり笑った。
「クロード、やったわね!」
俺も彼女の喜んでいる顔を見てほっこりとした気分になった。
「ああ。一歩前進だね!」
これで、異世界転移してきた俺も、日本アニメの主人公みたいに活躍できる!
たとえ、それらのアニメのような特別なチート能力を女神様から貰わなくてもー!
.................
プライベートな祝い:
その夜、屋敷に戻り、エレノアお嬢さんと俺は月明かりの下で庭に座っていた。
小さなテーブルには夜食が並んでいた。
彼女は俺のカップにお茶を注いだ。
「あなたが勝ったなんて、まだ信じられないわ」
一口飲んだ。
「勝ったんじゃない、生き残ったんだよ」
彼女は俺の言葉を聞いてくすくす笑った。
「でも、私はあなたがすごいと思っているわ」
彼女のそんな優しい誉め言葉を受け、少し首筋に熱を感じた。
「ありがとう。これもお嬢さんとの訓練の成果だね」
「どういたしまして。私も自分の教えたことでクロードの力になれたのが嬉しいわ、ふふふ...」
彼女は手に頬杖をつき、柔らかな笑みで俺を見つめた。
「でも、あなたならできるって最初からわかってたわよ?何となくそう感じたの」
その親切な心を見せる彼女の顔を見つめ、月明かりが彼女の紫がかった瞳に反射したのを見た。
彼女はいつもそうやって部外者であり外国人である俺を信じてくれていた。
多分、この中世風な世界のどこかに行っても、エレノアお嬢さん程の心優しき貴族令嬢はどこにもいないだろう......
「エレノアお嬢さんがいなければ、さっきの試合は始まる前から負けたんだったよ」
と素直に事実を認めた。
彼女はまばたきした。
それから、小さなからかいの笑みを浮かべて尋ねた。
「それで……いつまた私に料理を振る舞ってくれるの?祖国ナイ..ジェリアの」
お嬢さんの要望に対して少し微笑んだ。
「すぐに。今度はもっと美味しいものを作るね?」
「まあ~!」
彼女の笑みが広がった。
「それを楽しみにしているわ、クロード」
「うん!」
俺たちがそこに座り、静かな瞬間を共有している。
だから、俺はこれまで以上に決意を固めた。
俺には一ヶ月間の猶予がある。
なので、一瞬たりとも無駄にしないつもりだ。絶対に伯爵さんに自分の事を認めさせ、立派な一人前の騎士になってみせるんだ!




