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愛の氷獄  作者: cian
12/12

不思議な出会い

 艶のある髪を片耳の下で一つにまとめ、ふわりと微笑む女性。年の頃は玲佳より少し若いように見えるから、30代後半くらいだろうか。

「大丈夫ですか?」

 女性は、タオル生地のハンカチを日名子に差し出して問う。

 やわらかな笑顔はまるで初めて会った人のように思えないほど親しみに溢れ、声音も温かさに包まれている。気遣わしげな薄茶色の瞳は、どこまでも優しく慈しみに満ちていた。

 何も言えず女性を見つめている日名子に、彼女は再びにこりと笑って、ハンカチで日名子の頬を押さえる。いつの間にか再び溢れていた涙が、彼女のハンカチにやさしくぬぐいとられた。

 その仕種の一つ一つが優しすぎて、日名子はますます涙が止まらなくなる。すると、女性は何も言わず日名子の隣に座って、何も言わずに背中を撫でる。

 彼女が何者であるかも知らないのに、その手の温もりが妙に安心できて、日名子はそのまましばらく泣き続けていたのだった。



「…落ち着いた?」

 やがて涙も尽きた頃、女性は日名子の顔を見ながらそう微笑む。

 子どものように泣いてしまった自分が恥ずかしくて顔を赤くしながら日名子が小さく頷くと、女性はぽんぽんとやさしく背中を叩いて気にする事はないと告げる。それから日名子に荷物を預けると、席を立ちしばらくして缶を二つ持って帰ってきた。

「カフェオレとココア、どっちがいい?」

「え?」

 目をキョトンとさせる日名子に、女性はどちらか選ぶよう再度尋ねる。戸惑いながら日名子がココアを取ると、隣に座りなおして残ったカフェオレの缶を開けて飲み始めた。

「あの…」

「いいからまずは飲みなさいな。糖分と水分補給が最優先よ」

 脱水症状を起こさないようにね、と。

 泣きすぎて脱水状態になるとも思えないが、にっこりと有無を言わさぬ口調で言い渡され、日名子もわけわからぬままココアの缶を開け、口をつける。ほんのりとした甘さと温かさに、疲れた心がほっこりと温かくなった。

「おいしい…」

 自然と漏れた独りごとに、女性が満足したように微笑み返す。

 ココアを飲みきった後でも、女性は何も聞かなかった。空の缶を手に、のんびりと空を見上げている。見知らぬ、しかも泣いている人を慰め、ココアを奢って、何も聞かないその行動の不可解さに、日名子は混乱しながらもありがたく思う。

 じっと見つめていると、女性が日名子の視線に気がついてこちらを向いた。不安な日名子の心情を慮るかのように微笑むと、そっと肩に手を置く。

 先ほどまで母を思い出していたせいだろうか。彼女が亡くなった頃の母と同じ年頃だというせいもあるかもしれない。やさしく微笑む彼女の姿がどうしても母に重なって見えて、日名子はまた目頭が熱くなる。けれど、今度は懸命に泣かないよう我慢した。

「あの…いろいろとありがとうございます」

「お気になさらずに。ごめんなさいね、知らない人に声をかけられるなんてびっくりしたでしょう?でも、なんだか放っておけなかったものだから」

「いえ…助かりました。その、お恥ずかしい話ですが、とても心細かったんです」

 羞恥から顔を赤くしながら日名子が正直に告げると、女性は楽しそうに目を細めた。

 そのやさしげな目元に何故か既視感を覚える。母に似ているせいかと思ったが、どこか違う。もう少し最近、身近な誰かによく似ている。

「もう落ち着いたかしら?」

「あ、はい。ホント、ありがとうございます」

 思考にふけっていたところに声をかけられ、日名子は慌てて頷く。

「さて、じゃあそろそろお暇するわね」

「え?」

 何も聞かずに立ち去ろうとしている女性を見て、日名子は思わず呆けた声を上げた。

「お話を聞いてあげたいのだけれど、この後予定があってね。でも、たくさん泣いたから少しはすっきりしたかしら?」

 何の解決にならなくても、泣いて自分の中にある負の感情を吐き出す事はため込んでいるよりよほどいいのだ、と言って彼女は笑う。恥ずかしげに顔を俯かせる日名子にふわりと笑った。

「それに、なんとなくだけれど、私より貴女に話をしてもらいたがっている人がいるような気がするの」

 その言葉に、瞬間的に魁人や玲佳の顔が浮かぶ。

日名子の表情から、思い当たる人物がいるのだろうと察したのか、女性は目を細める。そして懐から何かを取り出して日名子にみせた。

 雫を逆型にしたような形の水晶に、金のチェーンが付いている。

「これは…?」

「ペンデュラムというの。まあ一種のお守りね」

 怪しいものじゃないから安心しなさい、と告げると、彼女は日名子の髪を軽く撫でる。

「何の解決にならない事でも、時に人は心の中にあるものを解き放ってほしいと思うものよ。でも、自分の心をさらけ出すのはとても怖い事で、わかっていてもそれができない人もいる」

 言いながら、日名子の手をとり、ペンデュラムを彼女の手に落として両手全体でギュッと握らせる。

「あげるわ。貴女が、その心の内を大切な人に明かせるように」

「……なんで、こんなによくしてくれるんですか?」

「言ったでしょう?放っておけなかったの」

 そういう性質なのよ、と彼女は笑う。どうにも解せなかったが、その表情を見る限り嘘を言っている様子はない。

「それに、貴女の事を気に入ったの。今は道に迷っているかもしれないけれど、貴女ならきっと正しい道を選べると思うわ」

 何も言っていないのに、何もかもわかったような口ぶりで告げる。他の誰かに言われたらその思わせぶりな口調に腹が立つだろうに、不思議と日名子は安心してしまった。

 女性は神秘的な薄茶色の瞳で日名子を覗きこむと、まるで占い師のように言葉を紡ぐ。

「貴女は人を守り、愛する事を本分とする人。自分にとって何が一番大切で、何を守りたいのかを明確にすれば自ずと答えは出るはずよ。たとえそれで傷ついても、乗り越えた先に新たな道が開けるはず」

「え……」

「またお会いしましょう、日名子さん」

 ふわりと微笑んで去る背中を茫然と見つめる。自分が一度も名乗っていない事に日名子が気づいたのは、女性の姿が消えた後だった。


 手の中に残るペンデュラムだけが、まるで幻のようだった今の出会いが確かである事を語っていた。







 一方。

 日名子と別れたその女性は、自分の待ち合わせの相手を見つけると、向かい合わせにカフェのテーブルについた。

「日名子さんに会いました」

 単刀直入な言葉に相手はピクリと身体を震わせて彼女を見る。その先を聞こうとするように軽く身を乗り出したのを見て、女性はふっと微笑んだ。

「だいぶ追い詰められているようですよ」

 頼りなさげに座り込んでいた日名子の姿を思い出し、女性はふっと視線を落とす。けれど、去り際の彼女の瞳は戸惑いながらも生来の芯の強さを窺わせるものだった。

 だから、きっと……


 目の前の相手に苦笑しつつ、遠くの日名子の未来を想って、彼女は静かに瞳を閉じた。


更新が遅くなりまして申し訳ありません。

そして何やら自分でもよくわからない事に…(汗)新キャラ名前すら出なかった…

いえ、名前も正体もそのうちハッキリ出ます。出る…までは長いかもしれませんが。


次回、ようやく日名子ちゃん本領発揮?秀史も頑張る…はず!(あくまで予想)

魁人のターンはその次くらいでしょうか。

彼も出番はあるのでお待ちください。

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