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6話 波紋の一皿

 料理長の協力を得ることができた。

 こんなに心強いことはない。


 いきなり献立を大きく変えるのは難しい。

 まずは数品だけ、私が考えた料理を出してみようという話になった。


 う〜ん、悩むなぁ。


 いつもの食事にも合って、なおかつ健康面を改善できるもの。

 そんな都合のいい料理が、そう簡単にあるだろうか。


 しばらく考え、いくつか思い付いた案を料理長に相談すると、あっさりオッケーをもらえた。

 そのまま試作に入り、二人で味見を繰り返す。


「よし! 明日、お出ししてみよう」

「はい!」


 仕込みは準備万端。

 明日いくつか提供して、その中から陛下が一つでも気に入ってくださったら嬉しい。

 少しワクワクした気持ちで、眠りについた。


 ――が。


 結局、陛下にお出しすることはできなくなってしまった。


 次の日、厨房に行くと、私の仕込み食材だけがゴミ箱に捨てられていたのだ。


 ……なんで?

 誰が、こんなことを。


 私が唖然としている横で、料理長が冷静に口を開いた。


「カンナ。今は犯人探しをしている時間はねぇ。もう陛下には、お前の料理を出すと言ってしまった。今さら取り消せない。急いで、何か考えろ!」


 マジですか……。

 どうしよう。


 陛下には野菜をたくさん食べてほしくて、野菜料理をいくつも準備していたのに。

 保管庫を確認したが、もうほとんど野菜は残っていなかった。


「どうしよう、どうしよう……」


 厨房内の食材を探し回るが、いいものは見つからない。

 その時、ふと一つの料理が脳裏に浮かんだ。


「あ、あれなら……陛下にお出しできる」


 料理長に了承をもらい、急いで準備をする。


 やがて時間になり、侍女がその一品を運んでいくのを、私は流し場で皿を洗いながら見送った。

 緊張する。

 陛下は好き嫌いがないと聞いているが……食べてくれるだろうか。


 三十分後。


 片付けや仕込みでバタバタしていると、厨房の外が妙に騒がしくなった。

 窓から覗くと、厨房の入り口に衛兵たちが立っている。


 ……え、何事?


 そのうちの一人が厨房に入ってきて、中を見回し、声を張り上げた。


「料理長と、カンナという女はいるか? 食事の件で、大臣からお呼び出しだ!」

「えぇ!」


 ……とっても行きたくないんですけど。

 料理長をちらっと見ると、深いため息をついていた。


 絶対、私のせいだ。

 ごめんなさい!!


 私と料理長は、陛下や大臣たちが食事をする大広間へと連れて行かれた。

 到着すると陛下の姿はなく、代わりに顔を真っ赤にして怒鳴りながら近づいてくる中年の男がいた。


「お前だな! こんな貧相な物を出したのは! 我々を馬鹿にしているのか!」


 男は、私が作った一品を指差す。


 ひどいなぁ。

 貧相だなんて。


「それは、ピクルスです」

「……は?」

「ですから、ピクルスです。野菜を酢で漬けたもので、とても身体にいいんですよ」


 にっこり営業スマイルで答えたが、どうやら逆効果だったらしい。


「ふざけるな! 今すぐ破棄しろ! こんな見っともない食べ物、初めて見たわ! 今すぐだ!」

「お言葉ですが大臣。これはカンナが、陛下のお身体を考えてお出ししたものです。陛下もご理解くださるかと」


 料理長がすかさずフォローしてくれる。

 だが大臣の怒りは、まったく収まらない。


 実はこのピクルス、昨日余った野菜を捨てるのがもったいなくて、自分用に作ったものだ。

 まさか陛下にお出しすることになるとは思わなかったけど……味は、ちゃんと美味しいぞ。


 もっとも、そんなことはこの人には関係ない。


 なぜなら、彼らは普段ほとんど野菜を食べない。

 野菜は安くて簡単に手に入る庶民の食べ物。

 貴族は、平民がなかなか手に入れられない肉や魚を食べるのが当たり前――そんな価値観なのだ。


 私にはさっぱり理解できないが、この世界ではそれが常識なのだろう。

 その常識とプライドを、私がぶち壊してしまったから、怒っているのだ。


 ……まぁ、怒るのも無理はない、か。


 私が返答を考えていると、大臣は衛兵たちに向かって叫んだ。


「こいつらを、地下牢に連れていけ!」


 えぇぇぇぇぇ!?

 出た! 地下牢!

 勘弁してくれぇぇ!

 ピクルス出しただけなのに〜!


 衛兵たちも微妙な顔をしていたが、仕事だと割り切ったのか、私たちに近づいてきた。


「何の騒ぎだ」


 遠くから、低く澄んだ声が響いた。

 その一言で、場の空気が一変する。

 扉が開き、陛下と、その後ろにプロン様が姿を現した。


「大臣。これは一体どういうことだ?」

「陛下! この女が、とんでもない物を食事に出してきたのです! ご覧ください!」


 大臣はピクルスの皿を持ち、陛下の前に差し出した。

 陛下は数秒それを凝視し、次に私を見る。


「カンナ、これは何だ?」

「ピクルスです。野菜を酢で漬けたものです。普段のお食事は肉や魚、パンが中心で栄養が偏っておりますので、本日は一品だけ野菜を提供させていただきました」

「……」

「疲労回復や整腸作用、高血圧の予防など、さまざまな効果があります」


 陛下は再び黙ってピクルスを見つめる。

 大臣は「ほら見ろ」という顔をしている。


 私は構わず続けた。


「もちろん、これ一品で健康になれるわけではありません。ですが、少しずつお食事を変えていければと。本日はその第一歩です」

「聞きましたか陛下! とんでもない女ですぞ! 毒かもしれません!」


 あぁもう、大臣、邪魔しないで!!


 ――その時。

 陛下が眉間に皺をよせ呟いた。


「……部屋中、酸っぱい臭いがする」

「……」


 あ……これ、詰んだ?

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