23話 その教室で、私は知ってしまった
この世界に来てから、一ヶ月と二週間が過ぎた。
「よし、完成した!」
自室の壁に、一枚の紙を貼る。
陛下の体重推移をまとめたグラフだ。
毎日の数値を線で結び、増減が一目で分かるようにしてある。
現在、九十八キロ。
最初よりは確実に減っている。
このままいけば、散歩以外の運動も取り入れられるはずだ。
「まぁ、順調、順調……」
「確かに、減っているな」
「え……」
振り返ると、すぐ後ろに陛下がいた。
ここ、私の部屋なんですけど。
ノックしました?
もちろん言えない。
「陛下、おはようございます」
「あぁ」
「何か御用でしょうか?」
「あぁ。この間の件だが……犯人は地下牢で殺された」
「……はい」
「黒幕は分からん。だが、お前は疑われていないから安心しろ」
「ありがとうございます」
それだけ言うと、陛下はポケットから小さな箱を取り出した。
白い皮張りの箱。
「石のキノコ、また食べられるとは思わなかった。味も良かったが……父上との記憶も思い出してな。礼だ」
差し出される。
「い、いえ、そんな……! 勝手に採りに行っただけなので」
「危険な目にあわせた。お前は家臣でもないから金は渡せん。せめてもの礼だ。受け取れ」
「……」
ここまで言われては断れない。
両手で受け取ると、思ったより重かった。
箱を開ける。
中には、サファイアの耳飾りが二つ。
深い蒼が、光を受けて揺れていた。
——これ、もらっていいやつ?
「身につけるなり、売るなり、好きにしろ」
それだけ言うと、陛下は部屋を出ていった。
私はしばらく、その場で固まっていた。
今日はミネル君に会う日だ。
最近学校に通い始めたらしく、授業を見てほしいらしい。
つまり授業参観。異世界でまさかの保護者ポジ。
もちろん外出許可は取ってある。
ただし条件付き。
護衛としてマグシムを同行させること。
そして——マグシムの指示には絶対従うこと。
……守ったことない気がする。
気をつけよう。
商人の格好で城下町へ出る。
王都は今日も賑やかだ。
乗合馬車に乗り、学校へ向かう。
私は知らなかったが、平民向けの学校が数年前に設立されたらしい。
読み書き、計算、歴史、法律。
ただ、教養を重視しない家庭も多く、生徒はそこまで多くないとか。
学校は神殿の敷地内にあった。
白く簡素で、清潔な建物。
「カンナ! こっち!」
「ミネル君!」
手を振るミネル君と合流し、建物に入る。
見学は自由らしい。
後ろの席に座る。
さっそく授業が始まった。
「三百四十五年、我がフィラデル王国は——」
……分からない。
先生の話が速すぎる。
書き取るどころか、理解も追いつかない。
前に座っているミネル君は迷いなく蝋板に書き続けている。
なんでだ。
「では、モントピリ共和国が敗れた原因は?」
「はい」
ミネル君が立ち上がる。
「数年に続く食糧不足と、農民の反乱により内乱が起きた為、戦争に資金と軍を投入出来なかった為です」
「その通り」
すごい。
「では、フィラデル側が勝利した理由は?」
別の子が答える。
他の子も、次々と。
全員、普通に答えている。
「では、最後にカンナさん」
「えぇ!?」
「大飢饉の後、国内で起きたことは?」
ぎゃぁぁぁ! 先生なんでよぉ!
ミネル君は、頑張れとガッツポーズしている。
隣にいるマグシムに助けを求めたが、ニヤニヤと楽しそうに私を見ている。
どうやら助けてはくれないようだ。
「えっと……百姓一揆?」
静かになった。
子供たちの視線が痛い。
大人なのに? って顔してる。
つらい。
耐え難い午前中の授業が終わった。
「カンナ、元気出して」
ミネル君に気を遣われるのが余計堪える。
昼休み。
各自、持参した昼食を食べるらしい。
「私たちはさっき食べたから大丈夫。ミネル君は気にせず食べて」
「うん」
ミネル君は後ろの席まで来て、向かいに座る。
お弁当の包みを広げて、焼き豚を挟んだパンをかじった。
「お肉本当に美味しいよ。カンナ、マグシムさんありがとう!」
ミネル君は少し小声でにっこりとしてお礼を言った。
実は、以前私が迷子になった時に助けてくれたお礼に、マグシムの名で、大量のお肉を送っていた。
喜んでくれて良かった。
ミネル君が美味しそうに食べている姿に癒されていたが、ふと気が付いた事があった。
「あれ、食べてない子もいるの?」
教室には三十人ほどの子供がいたが、ミネル君のようにお昼ごはんを食べている子は半分くらいだった。残りの半分の子は、寝ていたり、おしゃべりをして過ごしている。
「……うん」
「お腹、空かないのかな」
「……ご飯が用意できないからだよ」
「え……」
「それでも、ここに来れるだけマシなんだけどね」
言葉が出ない。
——そうか。
ミネル君が後ろに来たのも。
小声なのも。
全部、気を遣って。
私は何も分かってなかった。
ここには、給食なんてない。
同じ平民でも、食べられる子と、食べられない子がいる。
今更になって、子供達の身体の細さに気づいた。
♢
それから数日が経った。
ずっと、あの教室が頭から離れない。
食べている子と、食べていない子。
同じ空間なのに、当たり前のように分かれていた。
日本には学校給食がある。
この国でもできないだろうか。
そんな考えが頭をよぎるが……
……いや、無理だ。
私はこの世界の人間じゃない。
ただのよそ者だ。
それに今は、自分の命もかかっている。
余計なことに手を出す余裕なんてない。
分かっている。
――なのに。
私は王宮で飢えたことはない。
でも外は違う。
私は知ってしまった――
食べられない現実を。
あの子達に、ご飯を届けたい。
小さな事しか出来なくても助けたい。
私は管理栄養士だ。
……なのに。
安全な場所から見てるだけ?
このまま見て見ぬふり?
そんなの――
私が私を許せない。
息を吐く。
「……やるしかないか」
口に出した瞬間、逃げ道が消えた気がした。
「まずは自分でやってみよう」
……とは言ったものの。
「……資金、どうしよう」
ため息を吐いて、仰向けにベッドにダイブした。
ぼんやりと、窓へ視線を彷徨わせる。
——そこで、視線が止まった。
サファイアの耳飾り。
陛下からもらったものだ。
「そういえば、自分が身に付けるには不相応じゃないかと思って、一度も付けていないんだよね」
こんな夜中でも蒼く光輝いていて、とても美しい。観賞用にはピッタリだ。
慎重に耳飾りを手に取る。ずっしりと重い。
――こんなものを貰う立場じゃない。
でも。
もらってしまった以上、それに見合う人間でいたい。
陛下は優しい人だ。
これからやることも、きっと分かってくれる。
「じゃあ、いっちょ頑張りますか」




