21話 もう、逃げ場はない
「おい! カンナ、しっかりしろ!」
「う……」
意識が戻った瞬間、喉の奥に溜まっていた水を一気に吐き出した。
空気を求めて、何度も荒く息を吸う。胸が焼けるように苦しい。
――私、生きてる……?
ゆっくり目を開けると、視界いっぱいに広がる星空と、焦った表情のマグシムが見えた。
「よし。意識が戻ったな」
「マグ……シム」
「まだ話さなくていい。とりあえず、助かってよかった」
私は言葉を返せず、ただ呼吸を整える。
「もう夜だ。これ以上ここに留まるのは危険だ」
マグシムは私の手首の紐を手早く解きながら、周囲に鋭い視線を走らせた。
「お前を池に落とした犯人が、まだ近くにいるかもしれない。至急戻るぞ」
そう言うと彼は自分のマントを脱ぎ、私の体を包むように巻きつけた。
そのまま、お姫様抱っこの体勢で抱き上げられる。
この状態はかなり恥ずかしい。でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「マグシム……ごめん」
「これが仕事だ。気にするな。それより――誰にやられた」
「分からない。目隠しされてた。でも……たぶん二人」
「……そうか」
どうして、私を殺そうとしたんだろう。
思い当たる顔は、一つしかない。
「ねぇ……コバト大臣、かな」
「……どうだろうな。お前を嫌ってはいるが」
「どういう意味?」
見上げると、マグシムは一瞬だけ視線を逸らした。
そのグレーの瞳に、わずかな迷いが浮かぶ。
「……言うか迷ったが」
「な、何?」
「お前が狙われるのは、これで終わりじゃない」
「……え」
背筋が冷えた。
「お前を邪魔だと思う奴は、大臣だけじゃない」
「私、何もしてないのに……」
「してるさ。目立ちすぎた」
マグシムは淡々と言った。
「それに、お前は陛下のお気に入りだ」
――お気に入り。
「宮廷は、陰謀が渦巻く戦場だ。――お前はもう、その中にいる」
言葉が出なかった。
なんで、こんな目に遭わなきゃいけないの。
帰りたい。元の世界に。
私が黙ると、マグシムがようやくこちらを見た。
「だから陛下は、俺を付けてる。信用できる人間としてな」
「……うん」
「だが、あの方は王だ」
低い声で続ける。
「お前がどれだけ気に入られてても、国より優先はしない」
その言葉は、静かに重かった。
「価値があれば使う。なければ切る」
「……うん」
「要は、自分の身は自分で守れってことだ」
「……分かった」
「この国のことを知れ。宮廷を学べ。そして――味方を増やせ」
「……うん」
不安げな私を見て、マグシムがふっと笑った。
「ま、できる範囲で助けてやるよ。頼まれてるしな」
「うん……ありがとう」
私は、縄の跡が残る手首をそっと撫でた。
――助かったはずなのに。
あのとき聞いた言葉だけが、頭から離れない。
『始末する』
その声が、何度も何度も蘇った。




