63 歴史
アラーム……スマホ……よし、届いた。
「セイ、朝だよ。起きて」
頭を撫でて、声をかける。
「んん……んぅ……」
だから、そこで声出されると、くすぐったいって。
「セイ、朝だよ。今なら、おにぎりくらいなら、作れるよ」
「食べます……んう……ん?」
あ、起きた。
「おはよう、セイ」
「お、おはようございます……んむ!」
離れかけた頭を抱え込む。
「おはよ、セイ」
「……おはよう、ございます……」
緩んでいた腕が、また、私の背中にくっつく。
「改めて、明けましておめでとう、セイ」
腕を緩めれば、セイは上を向いて、私を、見つめて。
「明けましておめでとうございます、ナツキさん」
赤い顔のまま、ふにゃりと、笑顔を見せてくれた。
おにぎりを二個作ってる間に、セイはベッドを整えてくれて。
「では、その、お邪魔しました……」
玄関先で、赤い顔をして言うセイに、
「来てくれて嬉しかったよ。行ってらっしゃい」
笑顔で言って、頭を撫でる。
「……行ってきます……」
セイは余計顔を赤くして、その場から、消えた。
私は後片付けをして、シャワーを浴びて、着替えて。
朝の支度を終えて、部屋に戻る。
ウチの場合、元旦は、ゆるゆると昼前くらいから動き出すタイプだ。そんでもって、今は、八時前。
「どうしようかね……まだ誰も起きてないっぽいし……」
なので、余った時間で筋トレして、母が起きてきた気配を感じ、台所へ。
明けましておめでとうと、おはようを言って。
ミクトを起こしに行く任務を任され、ミクトの部屋に。
「おっはよう、明けましておめでとう、朝だよー」
コンコンコン、とノックする。
『起きてる。行く』
「オッケー。待ってるよ」
で、台所に戻り、お雑煮の準備。
コタツにお雑煮を並べ、起きてきた父と合わせ、四人で新年の挨拶をして、お雑煮をいただく。
そこから、父の運転で少し遠出して、大きな神社で初詣。が、我が家の新年の過ごし方だ。
「吉でした。ミクトは?」
「……末吉」
おみくじを結びながら、ミクトに、友達との初詣はいいのかと聞けば、
「もうちょい、人が減ったあたりで行く予定。今んところ、五日の予定」
「そっかー」
神社で、甘酒をいただき、お汁粉をいただき、帰りがてら、伯母さんのお見舞いに行くことに。
わー、とうとう来たわー。気を引き締めよう。
久しぶりに会ったケイコ伯母さんは、私にセイのことを色々と聞いてきて。
それに答えて、答えまくって、伯母さんが父に宥められたあたりで終了。帰宅。
やー、元気でしたね。興奮してただけかも知れませんが。明日はどうなることやら。
そしてまた、だらだらとおせちをつまみ、餅を焼いたりして食べ、みかんを食べ。
あ、ちゃんと、セイの分のおせちは、取り分けて、冷蔵庫に入れました。
そして近所をランニングして、夕飯にお餅を食べ、片付けして、寝る支度して。
セイとはちょこちょこやり取りしていたけど、順調なようだ。
『おやすみ。明日、会えるの楽しみにしてるね』
おやすみとハートスタンプを送って、寝た。
*
朝、スマホを確認して。
「おお」
時間通りに行く、との、セイからのメッセージを受け取り、朝の支度を終えた私は、起きてきた家族にそれを伝えた。
セイとは、九時に最寄駅で待ち合わせだ。
お雑煮を軽く食べ、着替えてメイクして、出掛ける支度をして、家を出る。
「おぉいおい……」
念のためと、早く出ていて良かった。現在八時四十分頃ですが、駅の所のバスロータリーのベンチに、セイが座っております。あのイヤホンをしていて、スマホを操作しています。
「アオイくんよ。おはよう。待たせちゃったかな」
「ナツキさん」
ぱっと顔を上げたセイは、緊張しつつも嬉しそうな表情で。
「いえ、それほど時間は経ってませんので」
イヤホンとスマホをカバンに仕舞い、横に置いていた紙袋を持って、立ち上がる。
「何時に来てたの?」
歩き出しながら聞く。
「八時です」
「……一時間待つつもりだった?」
「いえ、もっと早く、とも思ったんですが、御三方に止められまして」
「そっか」
子猫たち、ありがとう。
家に着き、玄関を開けて、「ただいま」と声をかける。
「お邪魔します」
セイ、なんか堂々としてない?
家に上げて、アリバイ的に、間取りの説明をしていると、母が来た。
セイは、母に折り目正しく挨拶して、手土産だという紙袋を渡す。そこに、ミクトも参加。
「はじめまして。車崎アオイと言います」
爽やかなセイに、ミクトは若干面食らいながら、
「……どうも、はじめまして。神永ミクトです」
と、会釈した。
そのまま父も合流して、挨拶して、居間に移動。仏壇に線香を上げてもらって、セイがお土産で持ってきたお高めのお菓子をみんなで食べ、母が台所に行くと言うので、セイに一声かけて、ついて行く。
お茶のおかわりとお汁粉を用意して、母と居間に戻ったら、
「こういう感じですね」
セイが、父とミクトにマジックを見せていた。
「おまたせー。お茶とお汁粉でーす」
「ありがとうございます」
セイが、手のひらに光の玉を浮かべつつ、お礼を言ってくれた。
「本職の人はすごいなぁ」とか言ってる父と、まあまあ驚いてるミクトを横目に、ものを並べていく。
「あと幾つか出しましょうか。そのまま浮かべられます」
セイは、大小合わせて7つの光の玉を出し、コタツの上に浮かべる。
みんなでお汁粉を食べつつ、セイのマジックは続く。お雑煮とおせちを追加で持ってきて、お茶のおかわりとビール──セイが酒呑みだと知って、父が一緒に呑みたがった──を用意し、それらをツマミに、マジックショーは続いていく。
「アジュールみてぇ」
ミクト、知ってたんかい。
「そうですか? なら、嬉しいです」
セイ、さらっと流すなぁ。
で、マジックの合間合間で、セイはお雑煮を食べきり、おせちも全種食べ、ビールは一缶でやめたけど、父はビールを呑みまくり、呑まれ、感動の涙を流していた。……父よ。どこまで泣き上戸なのかね。
昼近くまで、そんな感じでいて。
「ちょっとそろそろ、アオイと出かけたいんだけど、良い?」
酔っぱらった父と、その世話を焼く母と、どうすっかなみたいな顔でそれを見ていたミクトに言えば。
「ああうん、行ってらっしゃい。こっちは俺がなんとかしとく」
どこに行くか伝わったらしいミクトのサポートもあり、軽く片付けして、お墓参りへ。
お寺に着いて、挨拶して、ご先祖さまのお墓の前で。
「……ここが、ナツキさんのお家の、歴史ですか」
「そうだね、歴史かな。……セイのお墓って、どうなってるの?」
この前しっかり綺麗にしたから、そんなに汚れてないけども。でも、二人で軽く掃除をしながら、聞いてみる。
「一応、あります。あまり足を向けないので、こんなに綺麗なお墓ではありませんが」
セイが苦笑する。
「じゃあ次は、私の番だね。お墓参り、させてね」
「……はい。ナツキさんが、良ければ」
お墓を綺麗にして、お仏花その他をセット。
お数珠を持って、新年のご挨拶。
「……」
目を開けて、横を見れば、セイはまだ目を瞑っていた。私は静かにそれを待つ。
セイは目を開けると、私へ顔を向け、
「おまたせしました」
と、穏やかに笑った。
お墓参りの帰りに、
「ミクトにさ、聞かれたんだよね。墓場って沢山幽霊が居るもんじゃないのかって。あそこ、いつもぽつぽつとしか居ないけど、実際どうなの?」
と、聞いてみた。
「そうですね。お墓とか、亡くなった方を供養する場所は、大抵の場合、その想いが場に染み込みます。なので、想いの種類や数の多さ、重さなどの関係で、引き寄せられたり、弾かれたり、留まったり、また、成仏したりします。あの場所は、とても穏やかだったので、穏やかな方々が居たんでしょう」
「ほぉう……」
あとでミクトに伝えよう。
帰りの電車の中で、そのミクトから連絡が来た。
『ケイコ伯母さん特攻。居座る気満々』
来たか。
私は、了解のスタンプを送り、セイに顔を向ける。
「ケイコ伯母さん、あの、見合いのね、が、家に居るって。どうする?」
「ご挨拶したいので、お会いしても良いですか?」
「分かった。マシンガントークを覚悟してね」
「はい、分かりました」
で、帰宅と同時に、待ってましたとばかりに、伯母さんが玄関でマシンガントークを開始。
母には、あのあと完全に酔い潰れたらしい父を見ててもらうようお願いし、私とミクトとセイで対応という名の気を鎮める対策をしながら、居間へ。
ミクトにサポートをお願いして、私は伯母さんとセイのやり取りを、伯母さんを時々宥めつつ、見守る。
「それでね、車崎さん」
お茶を一口飲んだ伯母さんが、居住まいを正す。さて、何を言うか。
「いつ結婚するのかしら」
伯母さんよ。
「ナツキさんさえ良ければ、今すぐにでも」
うん、そう言うとは思ったよ、セイ。爽やかさが満点だね。
「自分はそう思っていますが、まだ、ナツキさんのご家族にも、今日お会いしたばかりなので。自分の思いも含め、その話はきちんと、ご家族にもお伝えしたいと思っています」
「そう。ナツキちゃんは?」
横からの攻撃。よっしゃ、覚悟を決めろ。
「私もね、同じ思い。アオイとずっと一緒に居たいし、お父さんにもお母さんにもミクトにも、それを祝福して欲しい。そういう考えです」
「そうなのね。分かったわ」
伯母さんはゆっくりと頷いた。お? 終わるか?
「なら!」
伯母さんが、柏手でも打つように、パァン! と手を叩いた。
「今からその話、纒めちゃいましょう!」
伯母さんよ。
「伯母さん、父さん寝てるよ」
ミクトが言う。
「そうだったわね。起こしてきて貰えないかしら」
「伯母さん待って。ちょっと落ち着いて。そもそも病み上がりでしょ? しかも完全回復してないでしょ?」
そんなの知ったことかという勢いの伯母さんを、また三人で宥めつつ、なんとかご帰宅いただいた。
そのあと、一息つこう、と、母も呼んで、お茶を飲んで。
「あの……車崎さんは、夜、ホテルに泊まるんですよね……?」
母が、聞いてきた。
「はい。その予定です。朝になったら帰ろうかと」
「でしたら……お夕飯、ウチで食べていきませんか? 夫もまた、起きてくるでしょうし……晩酌のようなものに、お付き合い……いただけませんか……?」
「そう言って下さって、ありがとうございます。ですけど、急に一人分増えるのは、大変では?」
母が、私へ目を向ける。SOSだ。
「アオイ。気にしないで。そのくらい訳ないから。お夕飯はね、お母さんと私で作るの」
「……そうなんですね。では、お言葉に甘えさせていただきます」
爽やかの中に、いつもの笑顔が見えた。




