61 不可説不可説転
「何言ってんのミクト。やっぱまだ、混乱してる?」
「……そりゃ、混乱してるけど。お前、見えてんだろ? 幽霊」
ミクトが私を見て、言う。
「……ミクトは見えてるの?」
「見えない。聞こえないし触れない。でも、ナツキが、……幽霊退治みたいなことしてたのは、知ってる」
「いつ、どこで」
「近所の、色んな場所で。俺に、父さんと母さんが、色んな身体検査したり、霊媒師呼んで診て貰ったの、知ってんだろ。お前が昔、騒いだからって」
ミクトが、下を向く。
「お前、……車崎さんに、ちゃんとその話、したか? 小学生くらいまで、急に家を飛び出して、ケロッとした顔で帰ってきたり。なのに、怪我してたり。周りの奴ら、そんなお前のこんむ!」
ミクトの口を、手で塞ぎました。強行措置です。
「今は、その話、やめよっか。あとね、見えることとかは、ちゃんと話してるから。OK?」
こっちを睨んでもごもご言うミクトに、強めの口調で言う。
「……ナツキさん」
セイを見れば、なんだか怒っているようで。
「今でなくて良いので、話してくれますか? 周りの奴ら、の、続きを」
怒ってる。怒ってるね。
「うん、話す。ちゃんと。あの話の、補足説明みたいなものだから」
「……分かりました。今は、それで」
「ありがと。で、ていう訳だから、ミクト、離すね」
ミクトの口から、手を離す。
「うぇあ……急に、人の口を、塞ぐな」
はいはい、睨むな睨むな。
「私にもねー、こう、話したい順序があるから」
「へいへい。お前が車崎さんをめっちゃ好きなのは分かった」
「おー、分かっちゃったか」
ミクトは私を睨み、赤くなっているセイをちらっと見て、
「相思相愛で良かったな」
そう言って、べぇ、と、舌を出した。
*
「一件落着だね。セイのおかげだよ」
「……そうですか」
「そうだよ」
セイの頭を撫でながら言う。
「一発入れられなかったのは悔いが残るけど、あの悪魔と、セイの真剣さを見たらね。素人の私は何もしないほうがいい気がしたし」
ミクトと別れて、私の部屋に戻って。
『ナツキさん、ちょっと良いですか』
そこから、座って下さい、抱きしめさせて下さい、の、指示に従って、今は、私の肩に頭を押し付けているセイの、その頭を撫でている、という状況。
子猫たちは、またベッドで塊になって、寝ている。
「明日の仕事、八時からだったよね。今、二時前だけど、どうする?」
「……もう少し、こうしてたいです」
「ん、分かった」
撫でつつ、言う。
「…………めっちゃ好きって、本当ですか」
「……あ、さっきのか。そうだよ? ずっと言ってるよ? 好きだし、愛してる。本当だよ」
「……ナツキさん」
「なに?」
「相思相愛なんですか? 僕たち」
「私はそう思ってるよ? 愛し愛されの関係だって。セイはそう、思ってない?」
「……僕のほうが、絶対、ナツキさんのこと、好きです」
「私はその無量大数倍、好き」
「……その不可説不可説転倍、好きです。もしくはグーゴルプレックスです。グラハム数です」
「……なんだいそれは?」
「数字の最終単位と、数学の証明に使われたものです。これより大きい単位は、ない筈です」
「まじかー」
学校で習ったかな。覚えてないぞ。
「僕の勝ちです」
「んー、せめて両成敗が良いな。私の愛も、負けてないぞ」
セイが、ぎゅう、と、腕に力を込めてくる。
「……ずっと、勝ち続けます」
「ずっと負けない」
「……なら、ずっと一緒に、居てくれますか?」
ずっと一緒、か。
「うん。ずっと一緒。約束」
「言質、取りましたよ」
「それはこっちのセリフだよ」
「……ナツキさん」
セイが体を離したから、私も撫でる手を止めた。
「二日、ちゃんと、ご挨拶に伺います」
真剣な顔をして言うセイに。
「うん、待ってる」
私は微笑んで、もう一度、セイの頭を撫でた。
*
「起きとるやんけ」
朝、着替えて、洗面所に行ったら、ミクトが顔を洗っていた。
「起きてちゃ悪いか」
「今、六時よ? あれから寝ても四時間よ? 寝不足だったミクトくんよ」
「うるせぇな。快眠です。誰かさん方のおかげでな」
「まー、それならまあ、良かった」
朝の支度を終えたミクトと場所を替わり、私も支度を終える。
朝ご飯を母と作って、家族四人で食べて。
大掃除の続きだ。今日はミクトも、家のことをするらしく、私は窓掃除、ミクトは廊下と玄関を任された。
昨日の夜、ミクトと別れる前に、セイが来たことは秘密、と言ってある。ミクトはしっかり、その約束を守ってくれているみたいだ。ブレスレットも着けてるし。
私も、セイの帰り際に、ネックレスお返しします、と渡された。ので、着けている。
子猫たちは、セイと一緒に一度、帰って貰った。セイの周りに、セイを知っている誰かに居て欲しくて。
「新聞紙、マジでガラスをピカピカにしてくれる……」
私は紙の新聞を取ってないので、こういう時とか割れ物を包む時とか、要らなくなった新聞紙が欲しくなる。
あー、でも、セイ、帰っちゃったなー。今日合わせて、二日まで、あと三日。セイは今日、リハーサルと最終確認で、大晦日と元旦は、ショーだ。
「……逆に大丈夫なのか?」
そんな、満身創痍な感じで、二日に来てもらうの。
でも、挨拶に来るって、言われちゃったしな。これからもこまめに連絡取るし。ちょこちょこ様子を聞こう。
などと考えつつ、窓ガラスをピカピカにして、洗って干してあった網戸を嵌めて。
「完了」
んー! と、伸びをする。
網戸、破れてる所がなくて良かった。買いに行く手間がかからなくて良かった。
で、セイにライン。
『窓掃除、終わったよ。これで大体、大掃除は終わりかな。明日はおせちとお雑煮と年越し蕎麦の材料を買いに行くよ!』
YEY! のと、大好き♡、のスタンプを送信。
「……そろそろ、おやつの時間か……」
……深夜にクッキーを食べさせたの、今思えば、初めて会った時みたいな感じで、くすぐったいな。
……だーめだ。セイのことばっか考えてる。
「まあ、惚れてるもんな」
惚れたが負けだ。なんかおやつ、食べに行こ。
*
「おせち……お雑煮……年越し蕎麦……」
夜の休憩時間になり、休憩室でスマホを確認して、そういえば、そんな食べ物があったな、と、セイは思った。
セイは、ナツキが作ってくれた食べ物を、守護霊たちに指示をされ、ナツキのメモを読み解きつつ、朝・昼・晩、と、食べている。
美味しいと思う。美味しいし、愛おしい。
けれど、クリスマスのケーキのように。
その時にしか食べられないものを、ナツキと一緒に食べたいと思う。
「来年……再来年、か」
その時には、二人で。一緒に作って一緒に食べたい。
胸に刻み込んで、スマホを一旦閉じた。




