60 混合種と絶滅種
『ミクトさんの部屋に、直接現れるようです。確実に仕留めるために、完全に現れてから部屋に転移したいと考えています。良ければ首を縦に、駄目ならば横に、振って下さい』
縦に振った。文字が変わる。
『分かりました。恐らく、あと五分もせず、完全に姿を現します。先に、手を繋いでも良いですか?』
縦に振って、そばに寄り、右手を差し出す。セイは右利きらしいから、右手を自由にしておいて欲しい。
文字を消したセイも頷いて、私の手に指を絡め、握る。
セイの顔が、険しくなっていく。悪魔が出現中ということか。
あとどのくらいかと、思っていたら。
「来ました。転移します」
抱きしめられて、景色が変わる。ミクトの部屋だ、薄暗い。そう思った時。
「は? なに?」
知らない高い声に、反射的に振り向いて、目を見開いた。
カラスとコウモリが混濁したような黒い翼が背中から、曲がりくねった黒い角が頭の左右から生えていて、長く黒い……尻尾? を持った、長髪の美しい女性が、裸で、ベッドの上のミクトにのしかかっていた。
──これが、悪魔?
「こんばんは」
私と悪魔が呆気に取られている、その一瞬の間に、セイが右手を悪魔に向ける。そしたら、細かい模様の付いた幅広の包帯のようなものが現れ、悪魔はまた一瞬にして、ミイラみたいにぐるぐる巻きの形で拘束された。
「んん?!」
口も覆われた悪魔は、驚いた顔をして、くぐもった声を出す。
「喋って、大丈夫です」
セイに顔を向けられ、言われ、我に返り。
「ミクトは?!」
「無事です。悪魔、混合種でした。ナイトメアとサキュバスですね。あの悪魔の能力で、催眠術のようなものにかかっています。引き寄せますか?」
「お願いします!」
ベッドの上空で悪魔がもがいている中、ゆっくり体を起こし始めたミクトが、浮かぶ。
「え?」
驚いた顔のミクトは、そのままこっちへ。
「ミクト! ──っ!」
「いだっ?!」
セイから手を解き、ミクトを抱き留めようとして、弾かれた。
「今なら、ネックレスを外しても大丈夫です。ミクトさんに触れられます」
「オッケーありがとう! 恩に着る!」
素早くネックレスを外して、
「預かります」
「マジ助かる!」
差し出されたセイの手に乗せ、「は? 何? 夢?」と、催眠が解けたのかなんなのか分からないけど、床の上に座り、驚いた顔で私たちを見てるミクトに、抱きついた。
「ミクト! 無事?!」
「は?! 何が?!」
「そのままの姿勢でいて下さい」
悪魔へ顔を向けているセイの声に、「分かった」と言う。
「お二人を、……結界のようなもので覆います。音は聞こえなくなりますが、視界はそれなりに良好ですので、ご安心を」
セイの言葉が終わると、私とミクトは、透明のドームの中に。ドームの表面には、漢字のような、英字のような、そんな文字や模様が、びっしりで。
「何? マジで何? ドッキリ?」
混乱して固まっているミクトに、静かに声をかける。
「現実だよ。頭、回る? 自分の名前、言える?」
「……言えるわ。神永ミクトですが?」
「よーしオッケー。私の名前は?」
「……ナツキ」
「フルネームで」
「神永ナツキ」
「よし、大丈夫そうだね。周りの状況、説明出来る?」
ミクトは辺りを見回し、
「俺の? 部屋で? ……なんかキラキラしたもんに囲われてて? ナツキがギッチリ締め付けてくるから、動けねぇ」
「うん、合ってる」
「動きたいんだけど?」
「今はダメ。ベッドのほう、見える? ミイラみたいなの」
ミクトは首を回し、
「……見えるけど……なん、なんあれ……?」
「ミクトの体調不良の原因」
悪魔は、口の布を外されていて、怒り顔でなにか叫んでいる、らしい。本当に何も聞こえない。
「あれが……? あれ、なん?」
「……悪魔だってさ」
「はあ?」
ミクトが盛大に顔をしかめ、訳が分からない、そんな声を出す。
「アオイがね、あとから説明してくれるって。だから今は、状況把握に努めて」
「い……み、分かんねぇ……」
「だよね。混乱するの、分かる」
悪魔の口はまた布で塞がれ、もがく悪魔の後ろに、両開きの、重厚そうな扉が現れる。
扉は勢いよく開き、悪魔は、真っ暗なその中に吸い込まれ、扉が閉まる。
そして、私たちを覆っていたドームが消えた。
*
「何してくれてんだ?! 獲物を! 横取りする気か?!」
悪魔が叫ぶ。
「横取りではありません。さっきの質問にさっさと答えて下さい。なぜ、狙いましたか?」
セイは、淡々と言う。
「俺の勝手だろ?! 旨そうな奴が居たからだ! 劣等感と庇護欲が存分に膨らんだご馳走だ! お前にも分かんだろ?! 絶滅種!」
「絶滅種、ですか。自分の立場も良くお分かりのようで。混合種」
「それを口にすんじゃねぇ! ぶち犯してぶっ殺す!」
「そーいうの、大嫌いなんですよ」
セイが呆れたように言う。
「それで、行き先はどうします? このまま消滅か、地獄戻りか」
「ふっざけんな!! 俺は俺の好きに生きるんだよ!」
「では、故郷へ帰しますね」
「はっ?! まっ、やめ──んんん!!」
悪魔封じの布で、口を塞ぐ。命乞いされてはたまらない。
セイは、簡易の地獄門を召喚し、門を開け、悪魔を故郷へ吹っ飛ばす。
「今度は、静かに暮らすと良いと、思いますよ」
セイは言って、門を閉じ、地獄との繋がりを絶ち、部屋に満ちている悪魔の気配を浄化し、ナツキとミクトを覆っている、悪魔からの影響を受けない簡易聖域の壁を、消した。
*
「終了です。もう危険はありません」
セイがこっちへ体を向け、無に近い表情で、言う。
「危険はありませんが、ミクトさん。出来ればこれを、身に付けておいて下さい」
セイは、スラックスのポケットから石を取り出すと、私たちのそばまで来て、跪くように目線を合わせる。
「なん……ですか、これ」
セイが差し出した石に目を向け、なんとかそれだけ言ったミクトに、
「悪魔祓いと悪魔除け、あと、悪霊祓いと悪霊除けの効果を持った石です。ナツキさんも、同じ効能のものを身に着けています。ミクトさんが、また、同じ危険に遭わないためにも、身に着けて欲しいのですが、どう身に着けますか?」
黒・青・緑・薄茶・透明が混ざり合った親指サイズで平たい、四角い石を見せて、セイが言う。
「ど、どうって……」
「ミクト、私はネックレスにしてる。あと、ブレスレットとか、バッグチャームとかでも良いみたい。だよね? アオイ」
「そうですね。今この場で、どのようにも加工できますよ。ナツキさんのは、その場でネックレスのチェーンを構築しました」
「……マジック?」
「魔法です」
セイの言葉に、聞いてはいたけど、マジで言うんか。と、思ってしまった。
「僕は、マジシャンとして働いていますが、ほぼ全て、タネは魔法なんです。さっきまでの一連のも、全て魔法です。魔法で悪魔を故郷へ帰しました」
「は、はあ……」
ぽかんとしているミクトに、セイは苦笑して。
「これ、秘密でお願いします。師匠に怒られてしまうので。それで、この石、どのように身に着けますか?」
「えー、あー、えー……ブレスレット、で」
「分かりました」
セイは頷くと、四角い石を左手で抓み、その対角線の角二つに、右手の親指と人差し指を当てる。
「では、構築しますね」
セイが、親指と人差し指を石から離すと、石から指へ、二本の光の線が伸びる。
「このくらい、ですかね」
セイは言い、伸びた光の線の先、親指と人差し指を合わせ、離す。
光の線は光の輪になり、銀色のチェーンに変わった。
「チタンにしました。ナツキさんのはプラチナです。長さ、確かめてみて下さい」
セイはそれを、出来たばかりのブレスレットを、ミクトに差し出す。
「ど、どうも……」
ミクトはそれを受け取り、試す眇めつして、左の手首に嵌める。
「デザインが気になるなら、仰って下さい。作り直しますので」
「いや、いいです……一個、いいですか」
ブレスレットを見ていたミクトが、セイへと顔を向ける。
「なんでしょう?」
「悪魔って、さっきのですよね。けどこれ、悪霊にも対応してる。……悪霊……幽霊って、本当に居るんですか。……あなたは、見えますか」
何を言ってるんだミクトよ。
「見えますよ。触れられますし、話せます。……ナツキさんからは、悪魔の話しか聞いてませんが……幽霊に、困りごとが?」
ミクトは、下を向き、私を見て、セイに顔を戻し、
「ナツキ、姉が、見えるの、知ってますか」
そんなことを、口にした。




