46 クッキー
家に戻って、セイに一連の報告をしてから、花瓶探しを再開。なんか、安いヤツのほうがシンプルで、趣味に合うなぁ、と思ってしまう。
これにすっか、と、花瓶を二つカゴに入れ、セイのプレゼントを物色。これかな、という数個の候補をマークして、スマホを閉じる。
「お休み中かね?」
ソファの上で丸くなっていたシロに、そっと声をかける。尻尾を振ってくれた。
帰って来ても、三匹ともに、いつも通りで。なら、少し安心かな、と、ホッとしながら、それもセイに報告したのだ。
「私も少し、休もっかな……」
寝室に行って、念のため、アラームをかけて。
ベッドに横になり、目を閉じる。
身分証です、と、セイに運転免許証を見せられた時のことを、思い出す。その、生年月日の欄。
「誕生日、祝いたいなぁ」
来年だけど。来年の五月だけど。
あと、セイのお師匠さんについて、いつか、聞ければ良いな。
そんなことを取り止めなく考えていたら、スマホに通知が来た。セイからだった。
『連絡、ありがとうございます。幽霊の件については、守護霊である御三方の様子に変わりがない、ということなら、今すぐの危険はないと思います。けれど、念のため、今日はもう、近くにいかないようにしていただけると助かります。僕も、現場検証をしますので、詳細が分かり次第、お伝えします』
と、いうのと。
『サンドイッチ、今食べています。美味しいです。ごちそうさまです』
の、二通が来ていた。
『分かった。ありがとう。公園の近くには、行かないようにするね。現場検証、嬉しいけど、お仕事を優先してね? それと、サンドイッチ、お口に合って良かったよ。また作ろうね』
で、ありがとうのスタンプを送った。
アラームもそろそろなので、鳴る前に切る。
「……昼までまだ、時間あるなぁ……あ」
明日は出社だし、セイのこともあるし。
「クッキーでも、作るか」
思い立ったら即行動。家の材料を確認して、足りないものをスーパーで買って。
「よし」
作るのは、アイスボックスクッキーだ。午後のおやつにしようと思う。あと、会社のみんなに配るのと、セイに食べてもらいたいし。
プレーン、チョコ、抹茶。生地が出来上がったら、冷蔵庫へ。一旦、諸々を片付けて。
「そろそろお昼だし、食べるか」
お弁当を食べ、お茶を飲み、
「ごちそうさま」
片付けして、食休みだ。ソファに座ってぼーっとしながら、子猫たちが戯れるのを動画に撮ったり、眺めたり。
「平和だなぁ……っと」
そろそろ生地、馴染んだかな。うん、大丈夫。
一部を取り出して、渦巻きを作る。で、また冷蔵庫。ぱぱっと片付け、オーブンレンジの周りを空けて、クッキーを乗せる天板、その上にクッキングシート、と網と、大皿を出しておく。馴染むまでまた、アジュールの動画を見て、そろそろかなと、クッキー生地を確かめ、
「うん。いいね」
オーブンの予熱開始。クッキーの輪切りも開始。クッキーの種類は五種類。三色そのままと、プレーン&チョコの渦巻き、プレーン&抹茶の渦巻きだ。で、一部を天板に並べ、予熱が終わったオーブンへ。
数が多いのでね、分けて焼きます。
焼きムラに気を付けつつ、焼けたらそのまま少し置いて、クッキングシートを乗せた網に、クッキーを置いていく。で、また焼いて、網の上のは粗熱が取れたら、大皿に。
「味見」
と、プレーンのクッキーを一枚。うむ、我ながら美味い。
それを五回くらい繰り返して、終了。
「終わったー」
クッキーが完全に冷めるまで、埃よけのネットを被せ、片付け。オーブンと天板は熱いから、そのまま。
会社の人に、一人各一種、計五枚、行き渡る数だ。それプラス、おやつ用とセイに食べてもらう用と。
会社には、以前にも何回かこうしてお菓子を渡したことがある。毎回皆さん、受け取ってくださるので、今回も、まあ大丈夫だろう。
まだ、三時まで少しあるな、と、スマホを見れば。
セイからと、ユイちゃんから。
まずは、セイのを見る。
『すぐに返信出来ずにすみません。ちゃんと仕事に取り組みます。お弁当も美味しかったです。また、出来る限りですが、一緒に作りたいです』
「真面目な……そういうとこが好きなんだけども」
私は言ってから、返信。
『すぐ、とか、気にしなくて良いよ。返事くれただけでも嬉しいから。お弁当のも良かった。一緒に作ろうね』
で、気楽に行こうぜ! スタンプを送信。
「……あ」
追加で、『クッキー焼いたからさ、近いうちに食べに来てね』と送った。
で、ユイちゃんだ。
『お休みの日にすみません。これ、見てもらえませんか? 仕事関連ではないんですが』
と、いう文と、URL。
開けば、それはチューブの、しかもアジュールの動画。
クリスマスショー、生LIVE! の宣伝動画だった。有料配信サービスで、アジュールのクリスマスショーを当日、全て配信するらしい。
セイさん? セイくん? 大丈夫かい? これ、確か、夜の六時半から九時半まで演るんじゃなかった? それを生ライブって、まあ、集客が見込めるからなんだろうけど。
私はユイちゃんに、『見たよ。生ライブってすごいね。ユイちゃん、観るの?』と送った。
で、おやつタイム。五種類を一枚ずつお皿に取り、紅茶を用意して、ローテーブルへ。
「いただきます」
サクサク。うん、美味い。紅茶が沁みる。
「ごちそうさま」
後片付けして、天板とオーブンも冷めていたので、片付け。オーブンの周りを戻す。
さて、どうしようかな。……って、通知。ユイちゃんからだ。
『確認して下さってありがとうございます。観たいんです、生ライブ。ショーのチケット、売り切れてて。あの、一緒に観ませんか? 前に皆さんで集まったみたいにして』
おう。ユイちゃん、完全にアジュールのファンだ。
いいよと言いたいけど、終わったあとに時間あるから、セイを家に呼ぶかも知れんし……。
『みんなで一緒に観るの、私はOKだよ。でさ、場所だけど。今度は、別の人の家に集まるのはどう?』
『ありがとうございます。場所、了解です。私から皆さんにお声がけしますので、決まったらまた、連絡します』
ありがとうございます、のスタンプが送られ、私はそれに、OK! の、スタンプを返した。
*
二度ほど軽くリハをして、今は、夜の休憩時間。
セイは、空になった水筒の中を眺め、空であることを確認──もう三度目──して、水筒の蓋を閉める。
先ほど、ナツキからの通知を開いて。おにぎりの礼とともに、どんなクッキーですか? 今日、食べに行って良いですか? と、送ってしまった。
けれど、仕事は順調に終わっても、午後の十時だ。慌てて今日は遅いので、と送ろうとしたら。
『来て大丈夫だよ。クッキーはこんなの』
と、三色のクッキーの画像と共に、そんなメッセージが送られてきた。
『セイ、遅くなるかもでしょ? 何時になるか分かったら連絡欲しいけど、私、寝てるかもしれないからさ。私から連絡無かったら、そのまま家に入ってきていいよ』
なんとか、心を宥めて。お言葉に甘えさせていただきます、と送ったのだ。だが、宥めても、心の波は治まらず。残り少なくなった水筒のお茶を、全て飲みきってしまったという、それが今の、セイの状態だ。
セイは水筒を仕舞い、なんとか思考を切り替える。
これから、通しでのリハだ。明日の本番に向けての、最後の調整に入る。気を引き締めてかかれ。本番のつもりで取り組め。──終わったら。
終わったら、ナツキのクッキーが、食べられるのだ。




