第六話
「あの二人…とは、フローラ様とディアランド王国の王太子殿下のことでしょうか?」
「ええ、二人に何も言わずに先にここに来てしまったから……」
ティアナの懸念を察したのか、エイミーは見る者を安心させるような微笑みを浮かべた。
「御三方は明日から授業が開始するということで、フローラ様はそれまでに休息を取りたいと仰り、既にお部屋の方へ戻っていらっしゃいます。王太子殿下の方は……私は存じえないのですが今頃令嬢達に取り囲まれているところではないでしょうか」
わざと皮肉を含んだ言葉を選ぶエイミーに対し、ティアナはくすりと笑みを漏らした。今のアレクシスの様子であればどんな行動を取るかは未知数ではあるが、ティアナの知る彼ならば間違いなく一人一人の令嬢に紳士に対応していたことだろう。ティアナはよく彼のその姿に嫉妬し、周りを群がる令嬢達を苛めたものだった。
「それにしてもエイミー、フローラと話をしたの? 私はてっきりずっと部屋で支度をしていたものだとばかり思っていたわ」
「いいえ、私はずっと部屋にいましたよ?」
「え? でも……」
「扉越しにフローラ様と使用人らしき方の会話を聞いたのです。半ば盗み聞きをしたような形になってしまって申し訳なかったのですが……」
「そうなの」
表ではそれらしく頷いたものの、ティアナは内心首を傾げた。
(ありったけのお金を積んでつくった部屋の扉が、話し声が聞こえるほど薄いだなんて……)
ただ単純に配慮が足りていないのか、それとも何らかの考えに基づいた上で判断したのか。――それとも。
ティアナはそこまで考えた後、特に疑問を残すことなく思考を切り替えた。だからどうなんだという話だし、今のティアナにはあまり関係ないことだ。それに、ティアナはエイミーに多大な信頼を置いているため、彼女に対して特に何かを疑うことはなかった。
それよりも、とティアナはベッドに腰掛けながら、思考の海に身を委ねる。
これからどうするべきだろうか。フローラとアレクシスに自分が黒幕だと思われないように緻密に計画を練り、あいつらを断罪せねばならない。ジェネットの時より計画的に、そして残忍に凄惨に復讐しなくては。
一気にやるか、それとも一人一人じっくりと追い詰めていくか。
「はぁ……」
悩むあまり思わずため息をつくと、エイミーが心配そうにティアナを見つめた。
「もしや、お薬の影響ですか……?」
予想外の言葉にティアナは目を丸くする。
エイミーはティアナが薬の数を増やしていることに気づいているのだろうか。主人の部屋の管理は専属メイドの役割の一つだから、あり得ない話ではない。それに、今荷物の整理をしているのもエイミーだ。
彼女への配慮が足りていなかった、とティアナは内心後悔する。
心配させてはいけないのに。放ってくれるくらいが丁度いいくらいだ。
「いいえ、そうではないの。ただ、学園に来て少しはしゃぎすぎてしまったみたい」
「そうですか……それならよかったです。もしよろしければ、ちょうど寮のメイドに厨房の使用を許可して頂いたので軽いデザートでも作ってきましょうか?」
「ありがとう。それじゃあカモミールティーもお願いできる?」
「かしこまりました」
……エイミーに心配をかけないためにも、ここは一気に潰した方がいいかもしれない。そしてなるべく早く学園を出て、次の復讐に尽力したほうが無難か。
エイミーが出て行ったあと、ティアナは復讐の計画を立て始めた。
一方―――
扉の向こう側でうつむいていた一人の専属メイドは、誰にも聞こえぬ小さな声でぼそりと呟いた。
「ティアナ様は、本当に嘘が下手ですね」
今でも彼女はエイミーに拒絶の言葉を口にする。急に態度をくるりと変えて、冷たい言葉を吐く。でも違和感がありすぎるのだ。普段からよく言われる感謝の気持ちを筆頭に、言葉の端々に滲み込んでいるエイミーへの愛情が、全てを台無しにしてしまっている。
自分に正直に生きてきた人だから、嘘をつくのが下手なのだ。
だから分かる。ティアナが何か大きなことを、自分に隠しているということも。
(ティアナ様が私の身を案じて遠ざけようとしているのは分かってる。でも……)
でも突き放されたくないのだ。できることなら最期まで寄り添いたい。ティアナこそが、自分の最後の生きる意味なのだから。
しかし、毎日ティアナの様子を見ていくにつれ、日に日に焦燥感が芽生えてくる。手を取るだけじゃ駄目だ。共に歩むだけでは、ティアナ様が先にいなくなってしまう。そんな気がする。
心配事に対して余計に不安になってしまうのは薬を止めた影響かもしれない。でも、そんなことで振り切れるほどの推測ではなかった。そうなってしまった後では遅いのだ。ジェネットの憎悪に、大切な人を奪われるまで気づくことができなかったエイミーは、その教訓をしっかりと心に刻んでいた。
嫌になるほどに、しっかりと。
誰もあの方を救うことはできない。
だから、せめて、
「私が、抗わなくては」




