第五話
「え……?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、一瞬呆けた様子を見せるエリーザに、ティアナは再び微笑みかけた。
「いきなり無粋なお願いをしてしまってごめんなさい。でも、見た限り貴女が一番頼りになりそうだから」
ティアナがそう言うと、エリーザは嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。
「は、はい! 精一杯、務めさせていただきますわ」
メイベル・コームが男達を侍らせるようになってから、エリーザはあまり光の目を見られずにいたと聞いている。普通ならばこのような役目を次期王妃であるエリーザが担うのは当たり前だが、大切な人々に蔑ろにされ、メイベルが常に優先されていたのだろう。
久々の重役に瞳を輝かせるエリーザに、ティアナは思わず心を温めた。
(エリーザがこんなに喜んでくれるのなら、彼女の社交界での立場を確たるものとする為に、もう少し距離を近づけても……)
そう思った時、ティアナは我に返った。
処刑の際に自己を犠牲にしてまでティアナを助けた、良心的で温かい心を持つエリーザと仲良くなってしまえば、ティアナが死んだときにエリーザはその心を痛めてしまうのではないだろうか?
(……やはり、適切な距離を保ったほうがいいわね)
しかし自分が死にこの王国が滅んだ後も、エリーザが幸せに暮らしていけるように裏は回しておこう、と、そう心に決めたティアナであった。
ティアナとエリーザは世間話をしてからしばらくして、寮の前に辿り着いた。
「へえ、ここが寮なの……随分と豪華な造りになっているわね」
「ええ。毎年生徒が払う学費の余った部分は、ほぼ全て建物に充てていると聞いています。貴族は皆贅沢好きですから……」
そう言うと、エリーザはハッと口をつぐみ、「申し訳ございません。つい失言を……」と頭を下げた。ティアナはそれに対し、寛容に物を言う。
「貴女の気持ちは分かるわ。貴族が多く居るとはいえ、ここは学園。勉学に励むところだもの。ここに来てまで豪勢な暮らしをするのは良いとは言えないわよね」
「お、お分かり頂けるのですか?」
「ええ、それにここは恋愛を嗜むところでもないしね」
それがメイベルにあてた言葉だと気づいたのか、エリーザはくすりと小さく笑った。
「そうですね。――それでは、そろそろ寮の中へ入りましょうか」
「そうね」
相槌を返しながら、ティアナは先ほどのエリーザの言葉を思い出し、心の中でぼそりと呟いた。
(『と聞いています』、ねえ……)
恐らくそれは正しい情報ではないのだろう。ティアナの予想では、学費の余りは全て王室に行っているはずだ。
アースの過去から鑑みて、この国の王は間違いなく腹に一物抱えている人物に違いない。それが明らかになっているからには、国が運営しているこの学園にも目を向けなければならない。それがエリーザの救済に繋がるのならば――。
そんなことを考えているうちに、自分の部屋へ着いたようで、ティアナはやけに豪華な部屋の中で「ティアナ様!」と自分を呼んでいるメイドに目を留めた。
「エイミー、部屋の準備をありがとう」
「メイドにお礼を言うのはティアナ様くらいですよ……でも、ありがとうございます」
照れたように目を伏せるエイミーが愛おしくて、ティアナは思わず笑顔になった。すると、二人の光景を見ていたエリーザが感動に目を輝かせていた。
「王女様は、本当に素晴らしいお方ですね」
その言葉に、ティアナは罪悪感を感じた。
「そんなことは、」
――別に自分は、素晴らしくも何ともない。それは、時間が戻る前のティアナの素行が物語っていることだ。
すると、
「いいえ、何気ない会話にも、優しさが滲んでいますもの」
その言葉に、ティアナは驚きのあまり固まった。
(優しさが滲んでいる……? この私に?)
大切な人々を殺めた者達へ復讐を決めた元我儘姫。そんな自分に、優しさなど、果たしてあるのだろうか。
そんな動揺も束の間、エリーザは続ける。
「――そういえば、私は一度もメイドに『ありがとう』と言ったことはありませんでしたわ。目下の者への配慮が足りていなかったのですね…お恥ずかしいことですわ」
しかしティアナは、王妃教育の過程で「目下の者に気を使ったり、ましてや感謝を伝えてはいけない。お前は配慮されて当然なのだ」と父から彼女が教わっていることを聞いたことがあった。もしそれを破ったりでもしたら、エリーザは叱られ非難されることになるだろう。そんなことを考え、ティアナは慌ててこう付け加えた。
「お互い立場もあることだし、必ずしもメイドに感謝を伝えればいけないということはないのよ。そういう時は、言葉ではなく態度で示せばいいわ。もし、どうしても言葉にしたいのなら、例えば、舞踏会の支度をして貰った時、何気ない会話の中にさり気なく『この髪のこんなところが褒められた』だとか、『この日にこのドレスを選んだのは正解ね、と言われた』だとか、そういうことを挟みこめば、少なくとも相手は嬉しい気持ちになるはずよ」
「王女様……」
アドバイスが刺さったのか、エリーザは潤んだ瞳でティアナを見つめる。気が付けばエイミーまでもが「ティアナ様……!」と感極まった様子だった。
それに気づかないまま、ティアナはほっと息をつく。
(これで、エリーザがメイドに「ありがとう」と言うことはないはず)
というか、ありがとう云々はともかく、エイミーに感謝を伝えるのは当然だ。エイミーには、何度「ありがとう」と言っても足りないくらいの恩があるのだから。
しかし、エリーザもまたそれに当てはまるということは、本人はおろか世界中の誰もが知らないことだった。
「それでは王女様、私は下の階に部屋がありますので、何かあればすぐにお越しください」
尊敬の念を含んだ眼差しで、エリーザは礼をし、その場を去った。ティアナは名残惜しそうに手を振り、彼女を見送った。
そして、今ふと思い出したことを、エイミーに尋ねる。
「そういえば、あの二人は今どこにいるのかしら?」
長い間更新が滞っており申し訳ありません。ようやく再開すると言った活動報告からも一ヶ月が経過してしまいました。理由としましては、当方しばらく体調がすぐれず病院のお世話になっており、なかなか執筆する気力が戻らなかったところにあります。
これは言い訳に過ぎないことだと自負しておりますので、今後は一週間に一回ペースで更新を続けることを誓わせていただきます。少なくとも四回分はストックを用意していますので、何卒、これからもよろしくお願いします。




