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家という城の外に私はいる  作者: 園原きょう
7/9

7話


だめだ。動揺を見せては。

私は(すばる)にわからない程度に深呼吸をする。


「そんなことないと思うけど。」

自分でも自然に言うことができたと思う。

「そう?俺、ていうか、父さんもだけど。避けてなかった?」

すぐに返事を返さなくては。


こういうとき、私の頭はかなりまわる。

そのおかげで、男性恐怖症が周囲に露見するのを免れてきた。

「男嫌いっていうか…。初めて会ったような人と一緒に暮らすのって戸惑うものだと思うけど。まあ、その意味で避けてたっていうのはそうなのかもだけど。」

私の感じ方が正常だ。

大体、昴が初対面の私と普通に接していること自体に違和感がある。

信じられない。

母に至っては、もう完全に打ち解けているように見えた。


それにしても。

私はかなり演技派だと思う。

なにしろ、今まで人に男性恐怖症を悟らせることはなかった。

母にさえ気づかれないのだ。

それなのに、昴には悟られてしまった。

小さな空間で一緒だったのがいけなかったのだろうか。

それは母も義父も同じなのだが。

「…そんな、あからさまに避けてた?」

「んーや、父さんはそんなこと思ってもないと思う。まあ、気まずさくらいは感じてるだろうけど。」

義父が私に気まずさを感じているらしいというのはこの際スルーだ。

つまりは、「俺はあからさまに感じたけど。」ということか。


「じゃあ、電車は全然平気なんだ?」

「もちろん」

…もちろん、平気なわけない。

前に住んでいたところは、学校まで徒歩だった。

田舎より、というだけで、そこまで田舎なわけではなかったので、どこかに遊びに行きたいときは自転車で行けた。

もちろん、決して近くはなかったが。


ただ、それでも年に四、五回くらいは電車に乗った。

とはいえその四、五回は昼間で、車内は人がいなくてすかすかだったが。

それはバスも同様だ。


でも、ここは都会。しかも、今は朝。

夏休み真っ最中とはいえ、車内は通勤や通学の人で溢れかえるはずだ。

そうなれば、男性は必然的に多くなる。


電車には乗りたくない、そう言おうとも思った。

だが結局、夏休みを開ければこの時間帯、しかも、今日より多いであろう電車に乗って通学しなくてはならないのだ。

今のうちに慣れておいて損は無い。

だからやめた。


駅に近づいてきて、人もさっきの住宅街より圧倒的に増えてきた。

顔が熱い。

たぶん、赤面している。

それでも、マスクをしているから、誰も私の赤面に気づかない。

それに、気づいても何も言わない。

そうは分かっていても、私は再びマスクを深くつけ直した。


こんなに人が多いところで、誰ともぶつからずに歩けるのは、昴の後ろをついて行っているから。

身長も歩幅も違うので、昴の方が圧倒的に歩くのが早いはずだ。

それでも同じペースで進んでいるのは、昴が時々、ちらりと私の方を見ているから。

横になって歩いている訳でもないのに、私のペースに合わせてくれている。


そこからチケット売り場まで、実にスムーズに進んだ。

(近鉄…地下鉄…?何が違うんだ。)

こんなことを考える私がスムーズに進むなんて、明らかに昴のおかげだった。

私一人だったら、今頃迷子になっていたところだ。

高校生にもなって、迷()というのもおかしいけれど。


それでももちろん、改札の通り方くらいはわかる。

だから、改札の前で、昴に横目でちらりと見られたのは、少し心外だ。


予想通り、車内はかなり混みあっていた。

満員とまではいかない。

席は全てうまっているけど、歩こうと思えば、普通に歩ける程度。

でも、田舎の、少ない人数しか乗っていない電車しか経験のない私は、内心かなり焦っていた。


赤面はもう元から。

それに加えて、汗が出てきた。

その汗が背中を伝う。

気持ち悪い。


私はマスクの上を手で押さえつけた。

こうでもしないと、朝食が戻ってきてしまいそうだ。

なにしろ、さっき食べたばかりなのだから。

顔を見られたくなくて、私は俯く。


きっと、今の私の顔はすごいことになっている。

赤くなったり、青くなったり。かと思えば白くなったり。

汗が髪の毛の生え際からたれてきた。

私はそれを手で拭う。

汗で濡れて、手が光っているようだった。


「う、わ」

戻しそう。

抑えて、私。

大丈夫、もう、大丈夫。

そう自分に言い聞かせても、流れる汗は止まらない。

変わったことといえば、顔が真っ青になって変わらなくなったことか。


暑苦しかった、ねっとりとした汗は、いつの間にか冷たくなって、私の全身を冷やしていた。

それが頭にまで伝わったのか、私の頭の中まで真っ白だ。

そして、朦朧としてくる。

立て、立てと命令しているのに、足が中々言うことを聞いてくれず、グラついている。

ここまできても乗客に気づかれないのは、マスクで顔が見えないのと、元々電車が揺れているから。


「…わ」

頑張れ、私。

目的の駅までは、あと三十分。

美和(みわ)

昴が私の名前を呼ぶ声で、朦朧としていた意識が、一瞬元に戻される。

「…っ」

返事はできなかった。

口を開けば、吐いてしまいそう。

でも、言葉の代わりに、顔を昴に向けて、返事をする。


昴は、そんな私の目をじっと見た。

「…今から少し移動するから。はぐれないように俺に掴まって。…手が嫌なら、裾でも掴んで。」

その昴の言葉に、男の人が苦手なことは、もうとっくに見抜かれたことを知る。

でも、そんなことより。

男に変わりないこの人に、どうにかしてもらえると安心をしたのも事実だ。

もう、何も考えずに、この人に任せよう。

そこまで考えて、私は昴の服の裾を掴んだ。


昴はそれを確認してからゆっくりと歩き始めた。

そんなに、歩きやすい混み具合ではない。

でも、私が比較的楽に歩けたのは、前を歩く昴がスペースをつくってくれていたからだろう。


昴が立ち止まったのは、扉のすぐ近くの座席。

「すみません、この子、体調が悪いみたいで。席を譲ってもらえませんか。」

そこに座っていた男の人に話しかけた。

その人は、私の方を見て、これはただ事ではないと感じたのか、快く席を譲ってくれた。

その横に座っていた男性も、席を空けてくれた。昴の分だろう。


最初、昴は、自分の分まで空けてもらうのは申し訳ない、と断っていたが、男性もいいから、と譲らなかった。

結局、昴は「ありがとうございます」と言って私の隣に座った。


正直、安心した。

男の、しかも、知らない人と隣同士で座るなんて、今の私の状態では、とても無理だった。

昴も男に違いないが、間違いなく、この車内で一番気を許せたのも、この人なのだ。


「肩、貸すから。寄りかかっていいよ。」

私は、「うん」と言う代わりに、首を縦に振って、昴に寄りかかり、目をつぶった。

自分でもびっくりするくらい安心していた。


いつの間にか、吐き気が収まって、疲れの要因の一つだった、口元を押さえていた手を楽にさせることが出来た。

汗のおかげで、寒さは無くならなかったけれど、緊迫していた体に、ちょいどいい冷たさだった。

ぐわんぐわんと回っていた頭も、ようやく落ち着きを取り戻してきたようだ。

これだと、すぐに眠ってしまいそう。


「美和。次の駅で降りようかと思ったけど、眠たそうだから、予定通りの駅で降りるよ。あと三十分くらいだけど、寝てていいよ。」

今私は、その言葉が一番欲しかった。

もう、頷こうとも思わなかった。

この人なら分かってくれるだろう、という無責任な考え。


不思議な人だ。

人の気持ちに敏感に気づくことが出来る。

人のために行動することができる。

人に優しく接することがてきる。


私はこの人が嫌じゃない。


ゆっくりと、眠りについた。








「美和」

優しく揺らされる肩に、私は目を開ける。

ゆっくりと、寄りかかっていたものから体を起こす。

その、寄りかかっていたものが、昴だと気づいても、さほど驚かなかった。

三十分だけでも、驚くほどよく眠れた。

さっきまでの体の症状がうそみたいに。


「もう目的地。とりあえず降りよう。」

その言葉に頷いた。


車内アナウンスが、私たちの目的駅の名前を告げた。

しばらくして、ゆっくりと電車が止まった。

昴が立ち上がる。

私も、それに引っ張られるように立ち上がった。

(…あ)

歩き出した昴。

(掴んだままだ。)

私は昴の服の裾を掴んだままだった。


離そうとしたとき、ちょうど昴が、その、裾を掴んでいる方の私の腕を掴んだ。

「っ!」

驚きはしたが、不思議と不快感は感じることは無かった。


そのまま昴に引っ張られ、私は無事に電車から出ることが出来た。

この駅は、都会中の都会なだけあって、さっきとは比べ物にならないくらい人が多かった。

だからか、昴は一言も発さずに、とにかく私を引っ張り、改札を目指した。


起きてすぐに電車を出たものだから、切符の用意をしていなくて、改札を出るのにすこし戸惑った。

昴はそんな私を見て、くすりと笑っていた。

そこでやっと手が離れたと思ったが、私も改札を通り抜けると、また腕を昴に掴まれた。

私はそれに抵抗しなかった。


しばらく歩いて、やっとさっきよりは一通りの少ないところまで来た。

そして、カフェに入る。

店員さんとの会話は、早々と昴が済ませた。


私たちが座ったのは、一番奥の、窓側の席。

椅子が二つしかないので、今度は向かいに座った。

ここでやっと、手が離された。


口を開こうとして、店員さんが来た。

「ご注文お決まりになりましたら、お呼びください。」

そう言いながらお水とお手拭きを置いた。

そうしたら、早々と去っていった。


あの店員さんのせいで、完全に、話しかけるタイミングを失ってしまった。

とりあえず、間を作りたくなくて、お手拭きを手に取る。

すると、昴の方が口を開いた。


「やっぱり、男の人、むりなんだね。」

今度は正直に答えた。

「…うん。…さっきはありがとう。」

「いいえ。」


そう言って、私にメニュー表を差し出す昴。


「さて」


「話をしようか。」



美和の都会への心情は、私の経験そのものです。

田舎から都会へ行くと、本当に心細い。

だって、都会って…迷路みたい。

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