表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家という城の外に私はいる  作者: 園原きょう
6/9

6話


コンコンとドアを叩く音がする。

この防音の部屋に聞こえるくらいなのだから、強く叩きすぎて、手は痛くなるはずだ。


確実に、そこにいるのは(すばる)

私はバッグを手に取り、ドアを開けた。

案の定そこにいたのは昴だった。

予め予想をしていたので、今度は驚かなかった。

例えばそこにいたのが、昴ではなく義父だったりしたら、それはもう驚く。

というかそれどころでは済まない。


だが、そんなことは万が一にもないだろう。

なにしろ、本当の親子ではないのだから。

義父からしてみても、たぶん私は娘なんかではなく、女の子だ。

それが、ただちょっと知り合い、のような。

そんなちょっとした知り合いの女の子の部屋に自ら訪れるなんてこと、私だったらできない。


それに、リビングから出る時にちらっと玄関を見てみたが、昨日の夜にあったはずの母と義父の靴がなかったので、この家にいるのは今、私と昴だけ。


「準備できてる?」

「うん」

私は玄関へ向かうため、階段の方を向いた。が、昴に遮られる。

悟られるようにわざと不機嫌な顔をして、目線だけを昴に向けた。

そんな私の視線に、彼は「ああ」と、なにかに気づいたような声を漏らす。

美和(みわ)は土地勘ないだろうし、もし、はぐれでもしたら大変だから、先に連絡先を交換しようと思って。」

そういって腕を上げた昴の手には、スマホが握られている。

私は大人しく、バッグからスマホを取り出す。


今まで、どちらかといえば田舎よりの、学校に至っては、一学年二クラスしかない小さな学校に通っていた。

そんな、他人との関わりが少ない私は、人と連絡先交換することなんて、なかなかなかった。

だから、連絡先の交換にあたふたしてしまう。

昴は黙って私の手からスマホを抜き取り、器用に二台のスマホを操作して、あまり時間もかからずに私にスマホを返した。


「じゃ、いこっか。」

私の返事も待たずに歩き出す昴に、私は呆気にとられたが、すぐに後を追った。


「あの」

一足先に靴を履き始めていた昴に声をかける。

「あのってなに」

目線は靴から離さずに、クスクスと笑っている。

「他人行儀なのか親しくしたいのか、分からないなあ。」

いきなり笑いを止めて私を見る彼に、私は戸惑った。いや、焦っていたのかもしれない。

いきなり真剣な顔をされれば、どう反応を返せばいいのか分からない。


何かに気づいているのか。

そんなことを訊ける度胸は私にはなく、話を逸らした。

「…どこに、いく…のかと」

そんな私に、昴はまた笑顔を向けた。

「うん、ここは住宅地だし、ショッピングモールなんてないからね。とりあえず電車に乗って建物がいっぱいあるとこに行こうと思って。」

…じゃあ当てはないのか。


私も続けて靴を履いた。

「いってきます」

そう言って家を出る昴に対して、私はなにも言わずに家を出た。

この家からだと、行ってきますと言う気にならないし。

それに、言っていいのか、言った方がいいのかすら、分からなかった。

昴は、何も言わなかった私を、どう感じただろうか。


今朝のリビングくらいの気まずさはなかった。

それも、昴が私に話を振ってくれていたからだ。

「うちの学校って、けっこう進学校だと思うんだけど、頭いいんだね?」

「あ…、まあ、いい方、ではあるのかな。昴の方こそ頭いいんでしょ?」

そんな進学校に通っているくらいだ。

「あー、いや。お恥ずかしながら、学力はそうでもないんだよね。」

「あ、そうなの。」

じゃあ、そんな進学校、ギリギリでなんとか合格したということだろうか。

「…実は推薦なんだよね。」

「推薦?」

驚いた。

この人は、私の思考を読み取ることができるのだろうか。

「うん、スポーツ推薦。」

妙に納得する。

確かに、スポーツが得意そうに見える。


「まあ、ギリギリだったんだけど。」

これは、スポーツが得意そうな人に共通することだが、この人はきっと、学校で人気者なのだと思う。

実際どうなのかは分からないが、この人と話をしていると、妙に納得できた。

笑いを誘われる話し方。

「…」

「ここ、笑うところ。」

「…ん、ああ」


とは言われても、笑う気にはならなかったので、代わりに質問をした。

「何のスポーツ?」

昴は今度、さっきまでとまた違った「へへ」という笑い方をしている。


「…なんだと思う?」

こう、こういうところ。

こういうところが、昴が話し上手だと思わせるところ。

一言。このスポーツだと、そう言えば済む話。

それを、私と会話をするために話を振るのだ。


人間、会話が成り立っていれば、この人とは気が合う、そう感じてしまうものだ。

ならば昴は、きっとどんな人にだって好かれる。

それを、意図してやっているのかは分からないが。

いや、意図してやっていれば、この人は外面によらず、あなどれない。


「…なんか、爽やかなの。」

「ふはっ、なに、爽やかなのって。」

例えば、野球とか、陸上とか、そういう、がっしりとしている競技より、サッカーとか、バスケットだとか。爽やかな…。

いや、これは私の勝手なイメージではある。


「じゃあ、サッカー、とか。」

別に違ってもよかったが、なんとなく間違えることが嫌で、保険をかける。

「とか」という言葉をつけることで、間違えた時に、言い訳ができたり、誤魔化せたりする。

が、この質問にこの答えでは、特に言い訳をする必要なんてないか。


結局、その答えはハズれていたようだった。

「残念。テニスなんだな。」

サッカーというのはハズれていたものの、爽やかなの、というのは正解だ。

なぜなら、テニスという競技は、…私の中では、かなり爽やかな部類に入る。

「へえ、すっごく爽やか。じゃあ私、正解だったね。」

昴は、顔だけ苦笑いをさせ、でも、すごく明るい声で笑う。

「まあ、サッカーはハズレだけどね。」


テニス…。

外でするスポーツをするにしては、やけに色白だな、と思った。

「じゃあ、昴の学校にはテニス部があるんだ?」

「うん。入ってる」

それなら、夏休みにも部活があったりするのではないだろうか。

今日は火曜日、平日だし、あってもおかしくないと思う。

「今日は部活ないの?」

「ああ、火曜は顧問もコーチも都合が悪いみたいで、毎週休みなんだよね。いつもなら、自主的に練習してるんだけど。」

目線だけを私に送る昴。

「今日は美和と親交を深めるために特別。」

整った顔の彼にこんなことを言われれば、きっとどんな女の子も赤面し、勘違いをしてしまうだろう。

それを私はスルーする。


「ていうか、いいの?こんなふうに遊んでて。私は転入する前だからいいけど、昴には課題とか、ないの?」

いわゆる、宿題というやつだ。

中学校に上がってから、やたらと周りの人達が宿題のことを課題と呼ぶようになったものだから、私も変えた。

自分でも思うけど、宿題っていう言葉は、なんだか幼稚に感じる。

ここが都会だから尚更だ。


「あー……。」

(にが)そうな顔をして私から目をそらす昴。

「ほら、さっきも言った通り、推薦なのにギリギリ合格なんだ。そのくらい…頭はよくない。」

だからもう、これで察してくれ、とでも言うようだった。

「それで、課題は?」

それでも察してくれない私に、昴が諦めたように口を開いた。

「そりゃもう、…いっぱいある。けど、難しくて進まないんだよね。 」

進学校と自分で言っているくらいだし、本当に難しいのだろう。

季節ごとにある休みのうち、一番長い夏休みに、一番多いはずの課題がない私は、ちょっとした優越感を感じた。


そういえば、田舎と都会の勉強ってどんなふうに違うのだろう。

進み具合?難しさも、やはり違うのだろうか。とすれば。

…私は確かに、あの田舎では頭のいい方だった。

でも、ここにくると、頭が悪いと自負している昴と、同じくらいだったりしないだろうか。


そう考えてみれば。

私の世界は、なんて小さい。

私の考えは、そこらじゅうにいる人たちにとって、本当にどうでも良くて。

なんて虚しい。

「美和は部活してた?」

「うん…」

課題がないからって、夏休みにダラダラと過ごしていれば、このよくも知らない場所で、私は孤立してしまうかもしれない。

「何の部活?」

「うん…」

知らない場所で、信頼できる人もなく、落ち着ける場所もない。

それはとても苦しいこと。

「文化系とか?」

「うん…」

「………」

私はとりあえず、この夏休みに、この未知の場所でやっていけるように、準備を整えて行く必要がある。

例えばそれは、勉強であったり、運動。

「美和、一緒に勉強しない?」

「うん…」

そうだ、今までは、小さな学校で…。

極力男の人と接しないように注意すれば、特には、男性への恐怖心を悟られることは無かった。

でも、都会の大きな学校であれば、あるいはー。


「いいんだっ!?」

「!?」

いきなり脳内へ入り込んできたその大きな声に、私はハッと顔を上げた。

「えっと…?」

どうしよう、全く聞いていなかった。

自分の思考に夢中になると、まわりの声を遮断…いや、通り抜けさせてしまう癖をどうにかしなくては。

「一緒に勉強、してくれるんだよね。うんって言ってくれたし。」

どうやら私には、思考に夢中になると話が聞こえないだけでなく、勝手に返事までしてしまう癖があるらしかった。

「もしかして、聞いてなくて、てきとうに相槌売ってただけだったりする…?」

図星だ。

「えっと、うん。だから、その話はなしに…。」

「なしになんてしないよね?だって、うんって言ったし…。」

「う、うう」

私が渋っていれば、昴はずっと「言ったよね?」を繰り返す。

私はそれに、おれた。

「わかった…。」

その言葉に、昴はニヤリと笑った。

まるで、計画通り、とでも言うように。


…もしかして。

この人は、私のこの癖を分かっていて、あえて勉強をしようと、誘っていたのでは。

この、不敵な笑みを浮かべる彼なら、ありえる話なのではないかとも思えた。


「で、もう一つ言いたいことがあるんだけど。」

その詳しい日程について話してこないことに安心した。


この人は、実はとてつもなくあなどれない。

こう見えて実は、鋭い人なのかもしれない。

「なに?」


「美和ってさ、人が…。いや、というより、男が苦手みたいなんだけど。電車、大丈夫なの?」


昴の放った言葉、そしてその、不敵な笑みが…。

鋭い人なのかも、を、鋭い人なのだと、断定させることになった。


そして私は、凍りつく。



新しい場所で不安になってしまうこと。

それは、どんな境遇におかれているひとであっても、経験のあることではないでしょうか。

例えばそれは、小学校へ入学するとき、あるいは高校、社会。

そんな未知の場所でどうしていけばいいのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ