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家という城の外に私はいる  作者: 園原きょう
3/9

3話


 靴を脱ぎ、玄関を上がったところで立っていると、次に入ってきたであろう(すばる)が、私に声をかける。

「昼までに荷物は届いてるから、美和(みわ)の部屋にあるよ。」

そう言うと、昴は、「こっち」とでもいうように階段を上り始めた。

私はおとなしく、それに着いていくことにした。


 さっきは昴に気をとられていて、気づかなかったが、さすがに大きな家だ。

二階に上ると、そこで昴が立ち止まった。

私の部屋はこの階のようだ。

だが、まだ階段は続いている。

どうやら、三階まで続いているようで、さすが高級車に乗るだけのことはあるな、と思った。


 昴は一度こちらを振り返り、私がついてきていることを再確認すると、また歩き始めた。

「こんなに広い家だと、部屋がすごく余ってたんじゃない?」

純粋な疑問だった。

親が離婚する前、兄弟がいて、その兄弟が母親の方についていった、とかならまだわかる部屋の量。

しかし、父と母と一人の子の、三人だけで暮らすのに、こんなに大きな家は必要ないと思った。

「ああ、確かにすごく余ってた。というか、美和と母さんが引っ越してきた今も余ってるしね。」

もう義母のことを「母さん」と呼んでいるが、昴が言うとナチュラルに聞こえた。

「いなくなった母さんが多才なひとでさ。いろんなことをするから、たくさん部屋を使ってたんだ。」

少し驚いた。

離婚して出ていった母のことを、こうもさらりと話せるものなのかと。

なぜか少し、羨ましかった。それと同時に、嫌悪感を感じた。


 私の前でそんな話ができるということは、この人はたぶん、私と母のことをよく聞いていない。

私のように。

というか、聞かれていたら困る。

せっかく私が男嫌いを悟られぬように行動しているのが、無意味になってしまう。


 「ここだよ、美和の部屋。」

そう言って昴は、突き当たりの部屋のドアを開けた。

案の定、荷物が届いたばかりの部屋は、段ボールだらけだった。

正直、案内されたって、意味があるのは場所がわかったことだけで、部屋の中は見ても意味がないように思える。

ただ、なんにせよ親切に案内をしてもらったのだから、「へえ、ここが私の部屋か。」と、てきとうなことを言っておいた。


 昴は他の部屋も案内しようとしていたようだが、下の階から私と昴を呼ぶ声が聞こえると、「行こう」と言って階段へと戻り始めた。


 片親がいない者同士、私はなんとなく昴に親近感を抱いていたようだが、こんなにも違うものなのか。

やはり、どちらの親も離婚したからといって、私の父のようなことは、なかなかないのだなと思った。

それが、この違いか。

昴の両親が、なぜ離婚したのか、気になったが、聞くのはやめた。

逆に、私の父のことを聞かれるのが嫌だったから。

「…うう」

少し吐き気がしたが、唾を飲み込めば、なんともなくなった。


 そんなことを考えているうちに、時間がたっていたようで、もう昴の姿は見えなかった。

私も一階へ急ぐ。


 二階へ行くときに前を通った部屋がリビングで、そこに三人はいると予想はできていたため、私は迷わずその部屋のドアを開けた。


案の定、そこがリビングで、三人もここにいた。

ただ、一足遅れてそこにきた私がみた三人の様子は、私にとって好ましいものではなかったようで、思わず顔を歪めてしまった。気がする。

そこにいたのは、今日はじめて家族になったくせに、前々からずっと一緒だったように、笑顔で、ぎこちなさを感じさせない人たち。


ここにいる、私を除いて。


昴は母を「母さん」と呼び、母は明るく笑い、義父は昴の背中をかるく叩き。

もう、理想の家族像だった。


私を除いて。


また、唾を飲み込む。

 三人に気づいてもらうために、私はその会話に混ざりにいく。

人間の、空気を読む力、とはすごいもので、四人が空気を読み合えば、私も理想の家族の一員のように見える。

本当は、私だけ置いてきぼりだ。


 「あ、そうだ美和。夏休み開けたら、昴くんと同じ学校に通ってもらうって言ったでしょ?」

「うん?」

その空気のまま、母は私に話題をふる。

「実はもう必要な靴や制服は買っちゃったの!それは、引っ越しの荷物の中じゃなくて、この家に置いてたんだけど…。」

そう言って母は広いリビングの窓際にある大きなソファの方に行く。

そして、なにかを持って、ここへ戻ってきた。

「じゃーん、ほら、これよ。」

持っていたのは、私の通うことになる学校の制服だった。

やはり母はちゃっかりしている。

それを差し出してくるので、私は素直に受け取る。

母はにこにこしている。

「ありが、と…。」

微妙な顔をしてしまったかもしれない。

そう自分で気づき、慌てて笑顔をつくる。


 「じゃ、私、自分の荷物整理してくる。」

この場に居たくなくなった。

義父は、「そうか?」と言って、母の方をみる。

「そうね、じゃあわたしも整理し始めようかな。」

そうしてリビングのから出ていく母を、義父は追いかけようとする。

「あ、じゃあ美和ちゃんのことは昴、手伝ってやれ。」

昴に有無も言わさずに、彼もリビングから出ていった。


 二人が出ていったリビングには、沈黙が流れた。

どのくらいそのままだったか、私は、目を合わせないようにしながらも、昴の方をみる。

昴も私を見ていたようだ。

そうすれば、ようやくたがが外れたように、昴が口を開けた。

「じゃあ、僕たちも行く?」

冗談じゃない。

こんなに広い部屋ならともかく、あんな小さな部屋で、男と二人になるのは無理だ。

しかも、荷物を全て片付けるとなると、かなりの時間がかかるだろう。

そんな長時間、男と二人でいるのは無理だ。

笑顔をつくれない。

それどころか、恐怖の形相がでてしまう。


それに、一人になりたくて部屋に戻るのに、そんなことになれば、まるで逆ではないか。

やんわりと断ろう。

「いいよ、一人で。私の下着でも見るつもり?」

これならば、相手は断る他ない。

「いや、そんなつもりは。…じゃあ、男手が必要になったら呼んで。僕の部屋隣だから。」

昴の部屋は隣だったのか。


「ん、まあ、大きな家具はもう設置されてるみたいだし、呼ぶことはないと思うけど。」

私はそう言いながらリビングのドアを開け、境界を引くように、ドアを閉めた。


 パタパタと、階段を上る。

ゆっくり上がって、後ろから来るかもしれない昴に追い付かれないように。

そして、新しい私の部屋に入った。


 たった何段かの階段を早く上がった、ただそれだけのはずなのに、息が切れていた。

運動による息切れじゃない。


 この家ではもう、私の安心できる場所はこの部屋だけだと確信した。

だからなのかもしれない、やっとここで安心したようだ。

自分さえ騙していた心が、急に恐怖を感じはじめた。

「はあ、はあ」

胸を押さえる。

唾を飲み込む。

目を瞑る。


落ち着こう。


 少したてば、もう息切れは止まっていた。

ガサ、と音がする。

母から受け取った制服だった。

新品らしくビニール袋のなかに入れられている。


 その制服の胸元の刺繍には、名字が縫い込まれている。

私はもう一度、それをみた。


園田(そのだ)


望月(もちづき、)』ではなく、『園田』。

名字が変わるのは、前の父と、母が離婚した際に一度経験したが、慣れるものではなかった。

むしろ、清々しくすら感じた前の改姓より、今回の改姓は、ただ気持ち悪くしかなかった。


 唾を飲み込む。

こんなこと、母には言えない。

もちろん、義弟と義父にも。

誰かに助けてほしかった。


 改姓を実際に深く感じたことで、『他人』の称号が、『偽りの家族』に昇格した。


 さっきまでの声、隣の部屋に聞こえていなかっただろうか。

けっこう大きな息切れだった。

まあ、少しの間この部屋にいたが、外の音なんて聞こえていない。

窓の外を見れば、車はある程度通っているから、普通は車の音が聞こえたっておかしくない。

が、それでも聞こえていないということは、大方、防音でもされているのだろう。

大きく立派なこの家を思い出せば、自分のその予想は、妙に説得力があった。

大丈夫、聞こえていない。


 さあ、荷ほどきをはじめよう。

少ないとは言わないが、今日荷ほどきをして、終わらないほどの量ではない。

荷物の整理をしている間は、きっとこの空間で、なにも考える必要もなく、安心できるはずだ。


 荷ほどきに、整理に、愛由(あゆ)への連絡。

今はまだ、この部屋でできることだってたくさん見つかる。


 この家の敷地内に、やっと私は一歩を踏み出した。



 恐怖症の定義が未だによくわかっていません。

んー、なんとなくでいいのか?



 私も名字が変わったことがありますが、幼い頃だったもので、それが何を意味するかは分かっていませんでした。

ただ、改姓にあたって、幼いときのことながらも覚えていることがあります。


 私のいまの名字は、それは珍しく、がっつりしたかわいさの欠片もないものだったために、幼い頃の私は、この名前かわいくないから「いや!名前変えない!」と、駄々をこねていました。

親からすれば、私が幼いながらも『離婚』の意味がわかっているのだ、と思われていたのでしょうが、全くそんなことはなく。

親が『離婚』するとも知らずに、ただただその名字のごつさに駄々をこねていただけでした。


 今ではそのごつい名字も気に入ってたりします。

本当に珍しいもので。

珍しいものって魅力を感じます。

そのお陰で、期間限定だとか、限定物には目がありません。


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